いきあたりばったり人生
一週間後に仕事を終えて玄関を開けると二度と逢わないはずの人が居たので心臓が飛び出るかと思った。
「な」
「甘く見るなよ」
どうやって入ったのか。尋ねてみたらどうも縁を切った筈の実家の方から手を回して親戚だという事にして管理人に開けてもらったらしい。そんな事が可能なのかと思ったら戸籍謄本と両親の実印の入った委任状まで取り出したので、ストーカーと罵ることができなくなってしまった。
「心配してたぞ、ご両親」
「他人の家族の事に口を出さないでいただけますか」
「事実だから仕方ねえだろう。でももう大丈夫だ、話は通してきた」
幼馴染は百年前から住んでいた部屋のように、ソファへ腰掛けた。
「おまえの詭弁でおれを煙に巻けると思うなよ」
豪快に笑いながら書類と鞄を投げ出して手招きをする。
「たとえば、おれがこのままおまえを一生忘れられなくて、女だろうが男だろうが誰一人近づける気にならなかったら、もっとヒデエじゃねえか」
「ありえませんよ……」
「ありえるかありえないか、おまえがきめるな」
……駄目だ。
流されては、駄目だ。
「一人になる覚悟はできてんだよな。なら、もう何も怖えものなんかねえだろう」
知っているよりずっとがっしりした体が、固まった私を抱きすくめる。
「い、いやだ……」
「やってみなきゃわかんねえ、人生なんか」
おずおずと唇が触れる。高校生の頃のままのキスだ。
「手ぐらいはつないだことあるけどな」
いい大人が、酒の入っていたときよりもずっと赤い顔で呟いた。
「悪いけど、これ以上進んだ事が無いんだよ、誰ともさ」
作品名:いきあたりばったり人生 作家名:藻塩