もう少しだけ
【もう少しだけ】
しとしとと、冷たい霧雨が降る。
アムロは一人、公園のなかにある東屋で雨宿りをしながらその雨を眺めていた。
東屋まで真っ直ぐに伸びる小道に人影は無く、待ち人は未だ来ないようだ。
いつもなら鳥のさえずりが聞こえてくるこの場所も、今は雨音しか聞こえない。
静寂がアムロの周囲を包んでいる。
最初は寒さも気にならず、割と平気だったのだが、流石に指先が冷たくなってきたので、息を吹きかけつつ手を擦り合わせる。
すると、傘も差さずに走って来る人影に気付き、手を振った。
「っはぁ・・はぁ、すまない。待たせてしまったな」
「僕なら平気ですよ。シャアさんこそ、遅れるって連絡くれたんですから、そんなに慌てなくても良かったのに」
「私が・・君を待たせたくなかったんだよ」
息を弾ませながらも笑ってそう答えたシャアは、かなり急いで走って来たのだろう。膝に手を置き、肩で息をしている。
「だからと言って、傘も差さないで走ってくるなんて――」
「なに、撥水加工だからな。ホラ、手で払えば大丈夫だ」
シャアが手で服を軽く払うだけで、パラパラと水が弾け飛んだ。
心配無用とニッコリと笑ったシャアに対し、頬をちょっと膨らませたアムロは
「服はよくても、頭はダメじゃないですか。こんなに濡れてますよ」
ショルダーバッグからタオルを取り出すと、シャアの頭に被せる。わしゃわしゃとかき混ぜる様に髪を拭いていると、その手をシャアに掴まれた。
「君は平気か?」
「何がです?」
唐突に問われてもアムロには何の事か分からず、同じ様に質問を返すと、シャアは片手で自分の髪を拭きながらもう一度聞いた。
「君は濡れなかったのか?」
「僕なら雨が降り出す前にここに着いてましたからね。あ!このタオルならまだ使ってないから気にしないでください」
「ははっ、そんな事は心配はしていないよ」
アムロの身を心配して聞いたつもりだったのに、当の本人に違う意味に取られてしまい、つい笑いが零れた。
シャアはタオルを髪からはずすと首に掛けた。雨でしっとり濡れていた髪は乾いたらしく、いつもの様にふわりと柔らかい質感に戻っていた。
「・・・だからか」
「?」
「こんなに手が冷たい」
シャアは掴んだままでいたアムロの手を自分の頬、というよりも首筋に当てた。ヒヤリと冷たいアムロの指先を、肩を少し上げて挟みこむ様にする。じんわりとシャアの温もりがアムロの手に伝わる。
「ちょっと冷えただけですよ」
「やはり、暖かい場所で待っていてもらえば良かったな」
「だから大丈夫ですってば」
辺りには誰も居ないのだが、ちょっと気恥ずかしいシチュエーションに頬を染めたアムロが可愛らしくて、もう片方の手も同じ様にして自分の身体で温める。
「こんなに冷えていては風邪を引いてしまう。しっかり温めないと」
「そんなことしてたらシャアさんの方が風邪ひきますよ!」
「私は走って来たばかりだから熱いくらいだ。むしろアムロの手が冷たくて心地好いよ」
アムロの掌を自分の頬に当てさせて、擦り合わせるように動かすと、すごく満足げな表情を向けた。もぅ何を言っても無駄だと悟ったアムロは、溜め息を一つ落としてシャアのやりたいようにさせていた。
少し経った頃、シャアが腕時計に目を配る。
「おっと、そろそろ行かないと開演時間に間に合わなくなるな」
名残惜しげにアムロの手を離すと、自分のハーフコートのポケットから黒っぽい布を取り出し、おもむろにアムロの頭に被せた。
スッポリと顔が出たソレは、ネックウォーマーだったようで、ふわふわの毛並みがアムロの頬を温める。
アムロの周りにほんのりと嗅ぎ慣れた香りがして、一体何だろう?と、鼻をきかせると、それはシャアの付けているコロンの香りだと気付く。
「私のモノだが寒いよりはましだろう?残念ながら未使用ではないがな」
先程、アムロが貸したタオルに引っ掛けて言った言葉だと分かり、からかわれた気分になったアムロは、ちょっと膨れっ面になったが、直ぐに気になった事を問いかける。
「でも、シャアさんが寒いんじゃないですか?」
「大丈夫さ。私にはコレがあるからな」
「あはっ。そんなの付けてたら、可笑しいですよ」
肩に掛けていたタオルの裾を持ったシャアがウィンク付きで言ったが、アムロはその姿のギャップに思わず笑ってしまった。
ひと目見てタオルだと分かるソレを、まるでマフラーのように首に巻いていようとしたのだ。
「僕もマフラーは持ってるんですよ。ほら」
ショルダーバックから今度は白いマフラーを取り出し、シャアに見せる。
「だから、コレはシャアさんが付けてください」
「いや、君はそのままでいなさい。私がこちらを借りよう」
ネックウォーマーを外そうとしたアムロをシャアが止め、アムロが持っていたマフラーとタオルを勝手に交換して首に巻きつけた時、シャアの動きが一瞬止まった。
マフラーに鼻を当て、クンと鼻を鳴らすように嗅ぐと、とても嬉しそうに笑った。
「君の香りがするな」
「えっ!!僕、そんなに汗かいてたかな?・・・やっぱり代えましょうよ」
「いいや、このままで」
「どうして?」
「君を抱きしめている気分になれるからさ」
シャアはマフラーを鼻先にまでかけて大きく息を吸い込こんだ。
マフラーに残るほのかな香りが鼻腔をくすぐり、アムロの物だと確信させる。
つい目を細めて喜んでいると、困惑した表情を浮かべているアムロの姿が目に止まり、悪戯心を刺激された。
「まぁ、今なら君の残り香などを求めなくとも、こうして抱きしめてしまえば済む事だが」
「ちょ、ちょっとシャアさんっ!?」
シャアは話しながら手をアムロへと伸ばし、向かい合うように抱きしめると、彼の背に手を回して逃がさない様に捕まえる。
口元にあったマフラーをずり下げたら、ネックウォーマーの隙間に鼻先を押し込んで匂いを嗅ぐ。
二週間ぶりの逢瀬だった。
アムロのテスト期間中は勉強に集中できるようにと、ほぼ毎日、下校時刻には学校へと押し掛けて来ていたシャアが会いに行かなかったのである。
シャアの友人であるガルマには「三日と持たないさ」と言われていたのに。
これはとても快挙な事である。
それもその筈、前回のテスト中にあまりにもアムロに構い過ぎて、当のアムロにひどく怒られたからだ。
久しぶりのアムロの香りを堪能すべく、もっと彼の身体に近付こうと鼻を寄せた瞬間
「ひゃあっ!!」
シャアの冷たい鼻先がアムロの首筋に当たり、思わず悲鳴が上がる。
「おっと、すまない。悪ふざけが過ぎたかな?許しておくれ」
「あっ!いえ。僕の方こそ、つい声がでちゃって――」
一応、謝罪の言葉を言い合う二人だが、シャアの腕がアムロの身体を離す事は無く、がっちりとホールドされたままである。確かにアムロの皮膚には触れないギリギリの所で止まっているが、息はたまに吹きかかる。アムロはそれが少しこそばゆくて、身を捩ろうとしたのだが、もちろん動ける筈が無い。
「・・・あの・・シャアさん」
「もう少しこのままで」
しとしとと、冷たい霧雨が降る。
アムロは一人、公園のなかにある東屋で雨宿りをしながらその雨を眺めていた。
東屋まで真っ直ぐに伸びる小道に人影は無く、待ち人は未だ来ないようだ。
いつもなら鳥のさえずりが聞こえてくるこの場所も、今は雨音しか聞こえない。
静寂がアムロの周囲を包んでいる。
最初は寒さも気にならず、割と平気だったのだが、流石に指先が冷たくなってきたので、息を吹きかけつつ手を擦り合わせる。
すると、傘も差さずに走って来る人影に気付き、手を振った。
「っはぁ・・はぁ、すまない。待たせてしまったな」
「僕なら平気ですよ。シャアさんこそ、遅れるって連絡くれたんですから、そんなに慌てなくても良かったのに」
「私が・・君を待たせたくなかったんだよ」
息を弾ませながらも笑ってそう答えたシャアは、かなり急いで走って来たのだろう。膝に手を置き、肩で息をしている。
「だからと言って、傘も差さないで走ってくるなんて――」
「なに、撥水加工だからな。ホラ、手で払えば大丈夫だ」
シャアが手で服を軽く払うだけで、パラパラと水が弾け飛んだ。
心配無用とニッコリと笑ったシャアに対し、頬をちょっと膨らませたアムロは
「服はよくても、頭はダメじゃないですか。こんなに濡れてますよ」
ショルダーバッグからタオルを取り出すと、シャアの頭に被せる。わしゃわしゃとかき混ぜる様に髪を拭いていると、その手をシャアに掴まれた。
「君は平気か?」
「何がです?」
唐突に問われてもアムロには何の事か分からず、同じ様に質問を返すと、シャアは片手で自分の髪を拭きながらもう一度聞いた。
「君は濡れなかったのか?」
「僕なら雨が降り出す前にここに着いてましたからね。あ!このタオルならまだ使ってないから気にしないでください」
「ははっ、そんな事は心配はしていないよ」
アムロの身を心配して聞いたつもりだったのに、当の本人に違う意味に取られてしまい、つい笑いが零れた。
シャアはタオルを髪からはずすと首に掛けた。雨でしっとり濡れていた髪は乾いたらしく、いつもの様にふわりと柔らかい質感に戻っていた。
「・・・だからか」
「?」
「こんなに手が冷たい」
シャアは掴んだままでいたアムロの手を自分の頬、というよりも首筋に当てた。ヒヤリと冷たいアムロの指先を、肩を少し上げて挟みこむ様にする。じんわりとシャアの温もりがアムロの手に伝わる。
「ちょっと冷えただけですよ」
「やはり、暖かい場所で待っていてもらえば良かったな」
「だから大丈夫ですってば」
辺りには誰も居ないのだが、ちょっと気恥ずかしいシチュエーションに頬を染めたアムロが可愛らしくて、もう片方の手も同じ様にして自分の身体で温める。
「こんなに冷えていては風邪を引いてしまう。しっかり温めないと」
「そんなことしてたらシャアさんの方が風邪ひきますよ!」
「私は走って来たばかりだから熱いくらいだ。むしろアムロの手が冷たくて心地好いよ」
アムロの掌を自分の頬に当てさせて、擦り合わせるように動かすと、すごく満足げな表情を向けた。もぅ何を言っても無駄だと悟ったアムロは、溜め息を一つ落としてシャアのやりたいようにさせていた。
少し経った頃、シャアが腕時計に目を配る。
「おっと、そろそろ行かないと開演時間に間に合わなくなるな」
名残惜しげにアムロの手を離すと、自分のハーフコートのポケットから黒っぽい布を取り出し、おもむろにアムロの頭に被せた。
スッポリと顔が出たソレは、ネックウォーマーだったようで、ふわふわの毛並みがアムロの頬を温める。
アムロの周りにほんのりと嗅ぎ慣れた香りがして、一体何だろう?と、鼻をきかせると、それはシャアの付けているコロンの香りだと気付く。
「私のモノだが寒いよりはましだろう?残念ながら未使用ではないがな」
先程、アムロが貸したタオルに引っ掛けて言った言葉だと分かり、からかわれた気分になったアムロは、ちょっと膨れっ面になったが、直ぐに気になった事を問いかける。
「でも、シャアさんが寒いんじゃないですか?」
「大丈夫さ。私にはコレがあるからな」
「あはっ。そんなの付けてたら、可笑しいですよ」
肩に掛けていたタオルの裾を持ったシャアがウィンク付きで言ったが、アムロはその姿のギャップに思わず笑ってしまった。
ひと目見てタオルだと分かるソレを、まるでマフラーのように首に巻いていようとしたのだ。
「僕もマフラーは持ってるんですよ。ほら」
ショルダーバックから今度は白いマフラーを取り出し、シャアに見せる。
「だから、コレはシャアさんが付けてください」
「いや、君はそのままでいなさい。私がこちらを借りよう」
ネックウォーマーを外そうとしたアムロをシャアが止め、アムロが持っていたマフラーとタオルを勝手に交換して首に巻きつけた時、シャアの動きが一瞬止まった。
マフラーに鼻を当て、クンと鼻を鳴らすように嗅ぐと、とても嬉しそうに笑った。
「君の香りがするな」
「えっ!!僕、そんなに汗かいてたかな?・・・やっぱり代えましょうよ」
「いいや、このままで」
「どうして?」
「君を抱きしめている気分になれるからさ」
シャアはマフラーを鼻先にまでかけて大きく息を吸い込こんだ。
マフラーに残るほのかな香りが鼻腔をくすぐり、アムロの物だと確信させる。
つい目を細めて喜んでいると、困惑した表情を浮かべているアムロの姿が目に止まり、悪戯心を刺激された。
「まぁ、今なら君の残り香などを求めなくとも、こうして抱きしめてしまえば済む事だが」
「ちょ、ちょっとシャアさんっ!?」
シャアは話しながら手をアムロへと伸ばし、向かい合うように抱きしめると、彼の背に手を回して逃がさない様に捕まえる。
口元にあったマフラーをずり下げたら、ネックウォーマーの隙間に鼻先を押し込んで匂いを嗅ぐ。
二週間ぶりの逢瀬だった。
アムロのテスト期間中は勉強に集中できるようにと、ほぼ毎日、下校時刻には学校へと押し掛けて来ていたシャアが会いに行かなかったのである。
シャアの友人であるガルマには「三日と持たないさ」と言われていたのに。
これはとても快挙な事である。
それもその筈、前回のテスト中にあまりにもアムロに構い過ぎて、当のアムロにひどく怒られたからだ。
久しぶりのアムロの香りを堪能すべく、もっと彼の身体に近付こうと鼻を寄せた瞬間
「ひゃあっ!!」
シャアの冷たい鼻先がアムロの首筋に当たり、思わず悲鳴が上がる。
「おっと、すまない。悪ふざけが過ぎたかな?許しておくれ」
「あっ!いえ。僕の方こそ、つい声がでちゃって――」
一応、謝罪の言葉を言い合う二人だが、シャアの腕がアムロの身体を離す事は無く、がっちりとホールドされたままである。確かにアムロの皮膚には触れないギリギリの所で止まっているが、息はたまに吹きかかる。アムロはそれが少しこそばゆくて、身を捩ろうとしたのだが、もちろん動ける筈が無い。
「・・・あの・・シャアさん」
「もう少しこのままで」