としのはじめの
「・・・今から、いっしょに、正月しようよ・・。迎えにくるの、おそくなって、ごめん・・・」
その眼をみていられなくてうつむいて誘えば、ながい指がのびてこちらの頬をつついた。
「―― もしかして、ウチが泣かした?」
「ちがうよ。・・ちがう・・」
つい、と長く器用な指先が顎にそえられた。
片手で倒されたからだを支えるこの男は、案外体力があるのかもしれない。
押し倒すようにまたがったままだったこちらの顔を、片手でゆっくりとなぞる。
「アケマシテオメデトウ」
「あ、おめでと」
「年が明けて早々に会えるなんて、・・・うれしいな」
「・・・す・・ぱ・・っうう、う、」
ほんとごめん!!
情けない声で抱きついた相手の唇が、こちらの額に触れていたが、気にならなかった。
だきついた相手が石鹸のいい香りをさせているが、今はそれが気恥ずかしいのを越え、嬉しい。冷たい床に、スーパーの袋に入れられたセントウの道具がみえる。
いつのまにか、しっかり抱きこまれた身体をもちあげられる。
あがりがまちにスパナを押し倒し、膝立ちでだきついたこちらの顔が、相手と同じ高さになった。
すぐそこに、いつもの、少しけだるげな、静かな顔がある。
ほんと、ごめん。
うまく言葉にできないこちらの顔に、その顔がよせられて、微笑まれた。
相手の高い鼻があたり、これって近すぎ、と思ったら、頬と、眼の下にキスされた。
なだめるようなそれに、よけいに涙がでる。
額と額があわされ、困ったような相手の声。
「ツナヨシ、どうした?なんで泣き止まない?」
「なんで、って・・・おれだって好きで泣いてるんじゃ・・」
「ああ。生理的に止まらないのか。―― それなら、いい方法を知ってる」
いい方法って?
思ったら、唇にキスされた。
ちゅ、と。
子どもがするみたいな。
「よかった。止まったな」
「―――― びっくりだ・・・」
男にされたというよりも、この、スパナにされたという事実が・・。
「まえ、ショウイチに教えてもらった。おどろかすと止まるって」
「・・・それ、しゃっくりだろ?」
「・・・そうだっけ?」
「そうだよ。・・だいいち、こういうおどろかしかたって・・どうなの?」
たしかに、涙は止まったけれど・・。
「コトシモヨロシク」
「・・・あ、うん。・・えっと、・・ヨロシク・・・」
至近距離で見合って、なんとなく急に恥ずかしくなり、唇を意識してしまう。
がちゃりと突然ドアがあき、ショウイチがびっくりした顔でたちつくした。
「・・・なにやってんの?」
そりゃそうだろ。こんなとこで男同士抱き合ってれば。
「ツナと年始の挨拶を、今、したところ。ショウイチもオメデト」
スパナのそれに、珍しく友人が顔をしかめて、ため息をこぼした。
「―― オメデトウ。まったく、なんていうか・・・。とにかく、うちで、ホラー映画を観るぞ」
引き剥がされるように腕をとられて、雑に立たされた。
――― ※※ ―――
母親に持たされた『おせち』に感嘆の声をあげた留学生が、普段の食の細さにみあわないほどそれを片付け、すぐそばの実家から餅をもらったショウイチが、それでお雑煮をつくってくれた。
その手際と味付けに感動したのはスパナもおれも同じで、そろって口にした「嫁にこい」というほめ言葉は、心から嫌そうな「遠慮する」という断りを受けた。
「あ〜あ。延長払うか」
DVDはまだ観終えていない。壁の時計を確認したショウイチがあきらめたように立ち上がり、隣の部屋へとスマートフォンを手に消えた。もしかしたら、会社というか、マシュマロマンの問題は、まだ未解決なのかもしれない。
まじめな、というか、それほど酒が好きではないおれ達は、ジュースで乾杯していた。それに酔ったわけではないだろうが、スパナの色白の顔が、きれいにピンク色になってきている。暑いのかと聞けば、食物をエネルギーにかえているからだ、と返事をされる。こういう返事が、本人はいたってまじめにしているのだというのがおかしい。
笑っているおれに、コタツはあったかいし、オセチは芸術的だし、モチをゾウニなんてスープにしてしまうところが、すごいと、わくわくしたように感激してみせるスパナがなんだかかわいくて、とどめの「いいなあ。ニッポンのショウガツ」というため息のような言葉に、さらに笑ってしまった。
突然、彼が手をのばしてきて、「それに、―― 」と指先で頬をつつく。
「―― やわらかかった」
「っ!?―――――」
ゆったりと微笑まれ、一気に血がめぐって汗がでる。
「あっ、あ、あれは、その、おまえ、―― 」しゃっくりと勘違い?でも、それでもちょっとおかしくないか?っていうか、おまえそういう趣味の人?いや、でもきっと、そうではなくて、――――。
「――― うん。わかったよ。こっちはこれからホラー鑑賞会だ。じゃあ、また明日連絡してくれ。うん、よろしく。・・・なんだ?ツナ、顔まっか」
隣の部屋から現れ、通話を終えたショウイチがいぶかしげにおれたちを見比べた。
「今、ニッポンのショウガツは、すごくいいって話をしてたとこ」
「はあ?それで照れてたの?」
「ツナの肌がモチハダってことを伝えたらあかくなった」
「はあああ?」
「すっ、スパナああ!」
ひょんなことで知り合いになった、ロボットと日本文化を愛するこの留学生は、実は幼友達の友達だったりして、――― まあ、世の中広くて狭いもんだねえ、なんて笑ったのが去年の夏。
ちょっとずれているのか、わざとずらしているのか、今のところは、まだ、判断しかねている。