海賊と軍部
・星史郎と昴流・
砲弾が被弾したのか船が大きく揺れた。
立ち上る鈍い色の煙の向こうには、白く大きな戦艦。
それを見つけたのか、男は楽しそうに笑う。
自身の船が砲撃をうけているとは思えないようなほど楽しそうに。
くつりと喉を鳴らす音さえ聞こえたような気がして、その底知れぬ恐ろしさに昴流は刀を向け直した。
けれど、西洋風の黒いレインコートにも似た服を纏った隻眼の男は笑みを崩さないまま、昴流に向き直る。
「お久しぶりですね、昴流君。お変わりないようで」
「…僕は変わりました。貴方が、変えたんです。星史郎さん」
「僕のためにわざわざ将軍にまでのぼりつめたんですか?…会いたい一心で」
本当に可愛いですね。
にぃっと唇を持ち上げた男に一瞬で頭に血が昇っる。けれど冷静な自分が衝動のまま動くのを留めた。
そんな昴流にいつの間にか柄に手をかけていた星史郎が少しだけ不快そうな表情を浮かべる。
激情のままに動いていたならば、きっと容赦なく切りすてられていただろう。
ゆっくりとした動作で剣を抜いた星史郎からちりちりとした気迫が漂ってくるのを感じながら、昴流は刀を構え直した。
いつでももう一本を抜けるように。
すると星史郎もそれに気付いたらしい。
楽しそうに笑ったかと思うと次の瞬間には星史郎の姿はそこにはなかった。
「っ!!」
かろうじて白刃の光が突き出されたのを捉え、昴流は抜き去った刀と持っていた刀をクロスさせると辛うじてそれを止める。
そうしてなければきっと今頃は肺を突かれ、血を溢れさせていただろう。
…油断などしているつもりはなかったのにっ。
悔しくて眉根をきつく寄せる。
そうしている間にも星史郎はぎりぎりと押してくるから、金属の擦れる耳障りな音は止まらない。
一瞬でも気を抜けばこの人は容赦なく昴流を切り捨てるだろう。
その想像に鳥肌が立つ。
必死で押し返す昴流に構わず星史郎は笑顔のまま話し続けた。
「二刀流なんですか?」
「……」
「君の噂はよく耳にしますがそれは知りませんでした。姿を最期だとか…?その軍服を血で汚すこともできないと」
後は左右に白と黒の双壁を従えてるだとか…。
星史郎が何か言っているが、どくどくとうるさい心臓の音のせいでよく理解できない。
ちらりと星史郎の視線が反れる。
その瞬間、昴流は刀を薙ぎはらい、星史郎から離れた。
距離をとっても無駄なことは知っている。
音もなく、下手をすれば姿を見せることもなく星史郎は人を殺せるのだから。
海賊というものに分別されるくせに、その性質は暗殺者のソレに近い。
乱暴は嫌いなんですと昔言っていたけれど、それは面倒だからで略奪することにこの人は何の躊躇いもない。
こつり。
なんの躊躇いもなく歩み寄ってくるその人に、昴流はきりかかった。
身を捻りながら左の太刀で首を狙う。
屈んでかわされることはわかっていたから続けて右腕を振り下ろすが、それもかわされた。
押し合えば敵わないのは最初でわかったので、続けざまに刀を振り下ろし、薙ぎ、突き出す。
防がれるたびに耳障りな金属音と火花が散った。
星史郎の姿を見失うわけにはいかない。
次見失えば、今度こそ防ぎきれないかもしれないという焦燥感感に焦りが生じた。
だから、星史郎が視線を僅かにそらしたその瞬間、その身体を真っ二つにするつもりで気合いとともに振り下ろした。
罠だと気付くのが、ほんの一瞬遅かった。
にぃっと星史郎の口の端があがる。
左へ身体をそらすことでかわした星史郎が、黒光りする剣を振り上げたのがみえた。
かわわさなければと頭では思うのに、衝動のまま命一杯踏み込んだ身体は反応が遅れた。
「っ!!」
刃が肉を裂き、骨をなぞり一気に走る。
一瞬後に焼けるような痛みと空気に肉が触れる感覚に思わず膝をついた。
「いい格好ですね」
星史郎は刃についた血を昴流にみせつけるように舌で舐めとる。
ぞくりとした感覚を捩伏せて昴流は星史郎をにらみつけた。
けれど星史郎は気にしていないようでいつもの笑顔で返して続けた。
「構ってあげたいのは山々なんですが、僕も忙しいんです」
では、また。
まるでもう追ってこないとわかりきっているように、爆炎の向こうに消えていく影を昴流は見送るしかなかった。
…これほどまで差があるとは。
舌打ちしたい気分に狩られながら、昴流は立ち上がると刀を収める。
叶うとは思っていなかったけれど、一太刀くらいなら…と考えていたのに。
……甘かった。
噛み締めた歯がぎりりと音を立てる。
けれどいつまでもそうしているわけにもいかない。
星史郎が切り捨てた船と心中するつもりなどないのだから。
足を踏み出すとつけられた傷の痛みに僅かに眉根が寄ったけれど、それを押し殺すと迎えに来た軍艦に向かって歩き出した。