海賊と軍部
・星史郎と星史郎君・
ホームと呼ばれる港町が海賊には一つはある。
星史郎もそうだった。
決まった島に居着くわけではないが、一定期間そこを根城にする。
一番長くいついたのは、言うまでもないなく彼らがいた町で、ここに拠点を移し
てまだ一ヶ月ほどだったけれど、それでも港に着いた瞬間から漂う違和感に星史
郎は僅かに眉をしかめた。
異質なものが入りこんでいる。
しかもそれはそのことを隠すつもりもないようだ。
降りてこようとした同乗者たちを制すると、一人町へ向かう。
煉瓦のところどころえぐれた道は入り組んでいるけれど、その気配は強く残され
ていて追いやすい。
広場まで続いていそうだと考えた途端、それを肯定するように視界が開けた。
そこには一つの影が欠けた月を負って立っている。
顔は見えないけれど、その気配には覚えがあった。
「君でしたか」
なんとなく想像はついていたものの口にするとその影が笑った。
「昴流さんでなくて残念でしたか?」
「さぁ」
笑顔を崩さないまま返すと影は抜いたままだった剣を構える。
星史郎も剣を抜くと、それと同時に影が突進してきた。
突き出された太刀を、身体を捻りかわすと影の頭を狙い斜になぐ。
逆手でそれを止められ、刃を滑り突き出された切っ先を払う。
剣を握る手を狙うと柄で払われた。
長引きそうな気配に面倒なと舌打ちしたくなる。
これが昴流なら楽しいのだろうが…。
そう思った途端、それを察したように殺意は増したが何を思ったのかざっと離れ
た。
「僕は昴流さんが欲しいんです」
「…そうですか」
「ええ。だからくださいませんか?」
その言葉に星史郎は驚いた後、声をたてて笑う。
こんな愉快なことは久方ぶりだった、こんなに愉快で、不快なのは。
笑いを収めると唇の端だけを持ち上げ、笑う。
「無理ですね」
言うと何故か彼は剣を収める。
そして右の手ひらを上に虚空に手を伸ばすとそれがざわりと蠢いた。
「………」
見つめる星史郎の前で、集まった闇は翼を広げ、そして剣を型作る。
「…海軍は魔術を行うようになったんですか?」
「いえ、僕だけですよ。…普段は人目があるので使えませんが」
「そうですか」
「貴方が邪魔なんです、だから消えていただこうかと思って」
うねりが止まり、それが突き出される。
何かしらまずい気配がする。
けれど星史郎は表に出さないまま青年を見つめ返した。
「僕がいたら君は愛されないんですか?」
その言葉に、笑顔のままだった青年の姿が揺れた。
怒りのせいで多少我を失っているらしい。
追いやすくなった気配がすぐ目の前に迫ってくるのを察し、飛び越え、背後から
切り付けるようとする。
が、嫌な予感がしてその場から離れた。
すると一瞬前まで星史郎が立っていた辺りが壁ごとえぐられる。
剣の形をした闇だけが動き星史郎のいた場所を攻撃したのだ。
青年はゆっくり振り返える。
「便利でしょう、気にいっているんです」
「…なるほど。異次元のものですか」
「それが?」
「…僕は狭量なんです」
「知っています」
「なら、自分のものを欲しがる輩を許せる道理はないでしょう」
「昴流さんは今は僕のですよ?」
…言葉だけでは無駄なようだ。
星史郎はわざとらしく溜息をつくと一気に距離をつめた。
負けず嫌いなのだろう。
下がるのではなく踏み出してきた青年のその唇に強く噛み付く。
その途端、頬を冷たい感覚が走り笑いながら離れる。
血の味がする、不快な唾液を吐き捨てながら頬を指でさぐるとわずかに血が出て
いた。
「昴流君がその傷を見たらどんな顔をするんでしょうね…?」
青年を甘やかし、過ぎる褒美を与えてやっている昴流でも、もうその口には触れ
られまい。
そんなことをせずとも、青年が欲するものを昴流が与えるわけがないと知りなが
らするなんて…。
本当に心が狭い。
自嘲しながら、青年に切りかかる。
遊んでやるつもりなどもうとっくになかった。