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それは永遠に秘密です。〈それはあなたの忘れ物。UP!〉

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広いキッチンとリビングは一体化だった。
ソファーの隣に少女が置いた観賞用の植物たちは、今はもう誰も水を差すこともなく、枯れて朽ち果てていた。
リビングには本棚があり、その本棚には少女がこの黒髪の青年が特別に好きだからといって、
いろいろな産地の紅茶の銘柄が集められ、本棚の真ん中にセンスよく並べられていた。
その棚が見えるソファーに彼が座ると、無意識の内にキッチンの方を見ていた。
キッチンにはまるで、あの頃のように、エプロン姿の少女が立っているようだった。

「はい。ゼロス。ホットミルクティーよ。
 どうぞ。飲んで。」
ソファーの目の前のテーブルの上に、ことりと置かれた薄い桜色のティーセットから湯気が上がっている。
「リナさん。ありがとうございます。」
目の前の少女は微笑みながら、彼の顔を覗き込んだ。
「いいのよ。仕事で疲れたでしょう?
 暖かいものは体にいいわ。」
黒髪の青年は、カップを持ち一口飲んで、少女の顔を見た。
「ゼロスったら、あんまりお酒飲まないんですもの。
 本当に、健康的ね。
 ねぇ、たまにはあんたの同僚や友達をこの家に招いてもいいのよ?
 みんなで、お茶会でもなんでもしましょう?」
少女はそう言って、彼の隣へと座った。
「僕の同僚や友達ですか?はぁ・・・まぁ・・・そうですねぇ・・・。」
少女の突拍子のない質問に彼は紅茶を噴出してしまいそうになり、慌てて口元を押さえた。
「そう。だって、いつもあたしの友人や妹夫婦ばかり呼んで、ディナーしているけど、たまにはあんたの関係の人も知りたいわ。
 あんたの女上司さんだったら、ずっと前に紹介してもらったけど、ディナーには来てくれないんだもの。」
そう言って、栗髪の少女は拗ねたように唇を尖らせた。
(僕の同僚や友人って・・・もしかして、フィブリゾ様やガーブ様・・・?)
魔族の青年は、自分の周りの魔族たちを思い出し、苦笑いをしながらぶるぶると首を振った。
何も知らないこの栗髪の少女に紹介できるほど、生半可な者たちでない。
もちろん彼らは一筋縄にもいかない。
「いや・・・えっと・・・
 みなさん。忙しい方たちですので。お呼びするのは失礼かと思うので・・・」
ちょっとしどろもどろになりなる黒髪の青年。
「ふ〜ん。そうなの。」
その姿を、じと目の少女の目線が痛い。
魔族の青年はたらりと冷や汗をひとつかいた。
「あんたって・・・うちにお友達や同僚を呼べないほど、嫌われ者なの?」
「え・・・ええーーーー?!」
唐突にそんなことを言われ、魔族の青年は狼狽した。
その様子に、くすりと少女が笑って、ソファーから立ち上がった。
「ち!ちがいますよ!嫌われているんじゃなくて、僕のほうがあの方たちを嫌っているんですよ!!
 勘違いしないでくださいよ!!」
少女の問いかけに、魔族の青年は、びっくりしたように目を丸くし、こぶしを握りながら精一杯抗議した。
青年のまるで、心外です。と、ばかりの様子に少女の目は柔らかくなる。
「くすくす。どーでもいいけど。本当はそんなこと。」
そして、その赤い瞳は、いたずらするような子供の目つきに変わると。
「いつも、あんたとあたしの二人分の料理作るんだけど、ついつい多めに作ってしまうのよね。
 もし、よかったらもう一人か二人、このあたしが作るおいしい料理を毎日食べてくれる人がいたらいいわね。」
そう言って、少女は青年に向かって、片目を一瞬つぶり、ウィンクした。
そのウィンクの意味に、魔族の青年は一瞬はっとすると、慌てて立ち上がった。
「そ・・・それは!もしかして、リナさんは僕との子供を望んでいるということですか・・・!?」
しかし、少女はその言葉を無視し、ぱたぱたとスリッパの音を立てながら、キッチンへと向かっていった。
キッチンでは、深底になっている鍋が、ことこといいながら、水蒸気を立てていた。
おいしそうな香りが漂ってきた。

結局この青年と栗髪の少女の間に子供は恵まれず、少女は悲しんだ。
魔族との子供なんて、きっと魔法が使えないあの少女には重荷になったかもしれないと思って、意図的にした。
彼には少女の悲しみは、胸にまで響いてはきたが・・・。

魔族の青年は、おもむろにソファーから立ち上がった。
どこを見渡しても、彼にとっての短いほんの何十年かの月日であっても、少女との過ごした思い出が彼の肩を掴み、その世界へと誘った。
しかし、今は一人で、思い出すだけの日々に違いない。
この思いはきっと早くどこかに終ってしまわなければいけない。
そうしたほうがいい。と、魔族の自分が話しかけてくる。

もともと、あの少女の魂は不変であり。
あの少女の体は、少女の魂を預かりうける器にすぎなかった。
だから、この魔族の青年が年老いた少女を殺したときに、あの少女の輝ける魂はその器より開放され、あるべきところに戻っただけなのだから。
どうしてか、そうするタイミングを引き伸ばしすぎてしまった。
少女が彼を呼びかけるあのかわいらしい声も。
自分の冷たい体を抱きしめてくる暖かい腕も。
重ねてくるあのやわらかい唇も。
すべては刹那であり、仮初のものだ。

今この瞬間に思う。
この家は燃やしてしまったほうがいい。
そのほうが、自分自身に正直になれる気がする。
魔族としての自分に。

終わりにするべきなのだ。

そうして、魔族の青年はふいと外を見ようとしたときだった。
一瞬、庭へと続く大きな窓から光が差し込まれ、まぶしさに目をつぶった。

リビングに陽光が溢れかえった。

黒いマントの魔族は、その陽光が差し込まれる大きなガラスをスライドさせ、庭へ出た。

空を見上げると、雲の切れ目から、まぶしい太陽の光が差し込んでいた。
その光を彼の立つ庭は余すことなく浴びていた。
まるで、こぼさぬ様にと。

その庭には少女が生前趣味にしていた花々が、1年の月日がたち、種からかえっていた。
その種たちは誰に命じられることもなく、自らこの庭を色とりどりに咲き乱れていた。

乱れ咲く花々を見て彼は目を見張った。
「これは・・・リナさん・・・。
 この花たちは、あなたの忘れ物ですね。」
青年はその咲き乱れる間の小さな白い花に気がついて、かがんで手折った。

そして、自分の手の中のその小さな白い花を見つめ、その匂いを嗅いだ。
それは微かに甘い香りがした。

「いいえ。どんなに忘れようとしても、あなたと共に生きた時間は間違いなく真実です。
 それを受け止めることが僕の使命。
 この花々があなたのことを忘れないように、この僕もあなたを忘れることはない。」

青年の姿は、太陽の光に消えていた。