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それは永遠に秘密です。〈それはあなたの忘れ物。UP!〉

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それはあなたの忘れ物。


月日というものは『光陰矢のごとし』という表現がある。
魔族の青年は、あの日から自分の主人に身を粉にするくらい仕え働いた結果、一年などという時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
がむしゃらとまではいかないが、ある仕事を完了させた後に、ふっと自分の過去がよぎる時がある。
今日はきっとその日に違いないと青年は思った。

魔族の青年は一年ぶりに、自分の家だったところに帰ってきていた。

その家はまだ空き家になっていて、誰も借り手が見つからないようだった。
というのも、その家はまるで洋館の縮小版のような美しい家だったが、町からずいぶんと離れたところにあったからだ。
なかなかそういう辺鄙なところに、好き好んで住もうという人物が現れないのかもしれない。
今の世の中便利さが中心が人間の中でブームらしいから。
こんなに裏には山が迫ってきて、美しい風景が広がっている場所であるというのに・・・もったいない。
いや、むしろ、人間同士群れていたい生き物なのかもしれないが・・・。

彼は家の扉の前で佇んだ。
その扉を見て、いくつもの花の文様が描かれている木の扉を手袋ごしに優しくなぞった。
職人が手をかけて作ってくれたこの扉を彼が見つけてきた。
魔族の青年は、誰もいないこの家を見て小さく、嘆息を吐いた。

扉を開け中に入ると、彼は少しほこりっぽさを感じた。
家具や床にうっすらと白い幕が引いていて、彼が歩くと、その部分のほこりがふわりと浮き上がった。
一年間誰も住まず、手入れが届いていないと、こうなるのかと魔族の青年は感じた。

その家具たちを避けながら夫婦だったころの寝室へと歩いていった。
寝室に行くまではリビングの後ろにある階段を上る。
階段を照らすアンティーク調のランプ。
あの栗髪の少女のセンスで買った首から上だけの困った顔をしているように見えるダルメシアンの絵画が、階段を上る前の主人の姿を見つめていた。
その白と黒のぶちのある犬の絵と目が合って、おかしくなって笑った。
いつも階段を上る際にその犬と目をあわせるのが習慣だった。
(ひさしぶりです。あなたのことを連れていかなくて、すみませんねぇ。
 僕を恨んでいますか?あなたのことを見捨てて行く、とんでもないご主人だと。)
彼はその絵の前で少しだけ立ち止まって、ちらりと彼を横目で見た。
これから何千年生きてもこの習慣をもう二度と忘れない。
この寝室までの階段の短い道のり。
古くなった階段は、歩くたびに軋しむ音を上げた。

扉を開け寝室に入ると、彼女が自分の胸に持たれかかり、眠りに誘うかのように殺してしまったあの日の光景が目に入ってきた。

それが、錯覚だとわかっていても、彼の目の前を通り過ぎていく。

その大きな夫婦のべッドはほこりを被っていた。
「あなたとの最後はこのベッドの上で。」
彼はぽつりとつぶやき、手にした錫杖で少し、ほこりを払った。

何十年前になるのだろうか?
青年が、あの金髪碧眼の空のような男から自分の妻である栗色の髪の女性を奪い取った日は・・・。

思い出せば、まぶたの裏にあの日の思い出が浮かび上がってくるようだった。

彼はあの日少女を愛した。
「そうだ。僕はあの夜のリナさんを愛した。」
そう彼は独白した。

あの夜の少女はまさに美しいの一言だった。
純粋な心のままに男を愛し信じ。
しかし、この不条理な世の中は純粋な心を持つものに容赦なく牙を剥く。
あの日の少女はそんな世の中の不条理をその身を持って味わったことだろう。
この世の不条理という牙にあの細い肩を食いちぎられ、血を流している少女をこの魔族の青年は黒い腕で抱きとめた。
(あの夜のあなたを僕は、欲望のままに掻き抱いた。)
「あなたの心は悲しみで打ちひしがれ、その暖かくてやわらかいその穢れのない体をこの最低な魔族へと差し出した。
 あなたは何も知らなかったから。」
それはまるで生贄。
魔族はその感情を味わうことこそが、贅沢なご馳走。
彼は、静かに目を閉じた。

あの快楽をもう一度味わうことはもうないだろうが、人間が生きてたかが80年。
彼は栗髪の少女の人生と共に生きることにした。
人間風に小さく二人で結婚式を挙げ、心の中で魔族の母に祈りを捧げた。
その純白のベールをそっと上げたとき、右目から小さな涙が光ったことを彼も気がついていた。
それは誰を思って、もしくは何を思っての涙か、彼は聞かなかった。
言わなくても、少女の気持ちはわかるから。

目の前のベッドに、蝋燭の明かりで本を読む少女がいる。
扉の前の黒髪の彼を見つけると、眼鏡をとった。
はにかんだ表情を見せ、その本を隣の棚の上に置く。
「ゼロス!お帰りなさい。
 今回の仕事はとても長い時間を要する仕事だったのね。」
「ええ。ちょっと仕事が立て込んでいまして。
 すみません。長らくこの家を不在にさせてしまいまして。
 寂しい思いをさせちゃいましたか?」
黒髪の青年はちょっと困ったように微笑むとマントを脱ぎ、小さな妻のいるベッドへと座った。
「あんたの上司は、人使いが荒いわ。」
少女はころころと笑った。
そして、後ろを向いている黒髪の青年の背中を後ろから抱きついた。
「本当に、待ったんだから。」
彼の首筋に額を寄せ、つぶやいた。
その少女の細い手を彼は、暖かさを奪うように握り締めて・・・
彼は、顔だけ少し後ろを向き、少女の表情を確認しようとした。
「ねぇ・・・ゼロス。
 キスをしてよ。」
少女はそう言って、黒髪の青年に甘えるようにおねだりした。
手を握りながら、青年は少女に向き直り、その薄っすらと色づく頬にキスをひとつ落とした。
すると、少女が自分の手を強く握り返してきた。
「まだよ・・・もう一回。」
そして、もうひとつ。反対の頬へ。
「もっとよ。」
そして、さらりと栗色の髪が落ちる少女の額へひとつ。
そして、彼は少女の赤い瞳を見つめた。
その相貌は熱く潤んで、揺れていた。
「なんか足りないわ・・・
 寂しさを忘れるほどのキスがしたいの・・・。」
少女はそう言って、長いまつ毛を伏せた。
不意にカーテンのベールが舞うように、若い姿の二人が重なり合う影が揺らいで見えて、彼はその部屋を後にした。