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架月るりあ
架月るりあ
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あなたと見つけた大きな夢

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*あなたと見つけた大きな夢*


 いつかこんな道を見た気がする。月が空には白く輝き、長い影を落とす。
ただまっすぐのこの道には砂埃の他は何もなく、しんと冷たい夜の静けさに満たされている。

――ああ、そうだ。夢だ。

 彼女は思い出す。それは両親が殺されて間もない頃。前にも後ろにも進むことが出来ず、心に佇む戸惑い、ただそれだけに身を任せていた。
 戸惑いとともに心を占めるのは諦め。帰る場所を失い、彼女は生きる気力をも失ってしまっていた。
 夜の空をぼんやりと眺めていれば、こうして数多の星たちに抱かれたまま、明けない夜に消え去ってしまってもいいとさえ思えてしまう。そんな年端のいかない少女が考えるような内容ではない。少女だった彼女をそれほどまで変えてしまうほど、彼女が心に負った傷は深かった。
 その頃によく見た夢があった。こんな風に何もないただ乾いた大地が広がる荒野で、たったひとり佇む夢。ただそれだけの夢。まるで世界に自分ひとりしかいないかのように。そんな孤独な夢に、いつの日か慣れてしまった自分がいた。どうせ、自分は独りなのだからと。

――そういえばいつも、こんな風が吹いていたな。私の弱く怯えすぎた背中を強く押すように。

 少女の頃に憧れた、いくつもの夢たち。失くしてからずっと求め、探し続けていた。しかしそれらはすべて、彼女を嘲ながら通り過ぎていった。‥‥たった、ひとつを除いては。

「クロエー!」

 彼女を呼ぶ、無邪気な声。低くも暖かみを含んだその声に、彼女――クロエは口元を弛ませた。彼の方を振り向くと、彼は近くの煉瓦のなんだかよくわからないオブジェらしきものに腰を下ろし、空を指さしていた。

 彼の視線の先を辿ると、そこには昔と変わらない無数の星たちが煌めいていた。確かにそれは昔と変わらない光景。しかし彼女の瞳に映るのは、あの頃とは比べものにならないほど美しい星空だった。昔見た星空はくすんでいて、その光すらも色あせて見えた。
 なのに、今目の前に広がっているそれらはまばゆいばかりの光を放っている。なぜこんなにも美しいのだろう。この空に停まる星たちは。

 クロエはふっと微笑むと、セネルの隣に腰を下ろした。頬を撫でる風は凛として冷たく、しかし心地の良いものだった。ふたりの間に沈黙が流れる。
 会話のない時間。しかしセネルとならそれも良いものだと彼女は思った。

 今彼らがいるのは大陸だった。クロエの国、聖ガドリア王国のある大陸。
 始まりは数日前にさかのぼる。クロエが突然「国に帰る」と言い出したのだ。セネルが訳を聞くと、両親の墓参りに行きたいとのことだった。実は彼女の両親の命日がもうあと数日というところまで迫っていたのだ。それを聞いたセネルは、自ら付き添いを申し出た。
 クロエひとりで行かせることなど、出来ない。クロエのあの澄んだ焦げ茶の瞳を見据えながら、彼ははっきり言い切った。その熱意に負け、彼女は同行を許したのだった。しかし、大陸に着き国が見えたその途端、彼女は突然帰ると言い出した。

「......辛いのか?」

「辛くないと言ったら、嘘になるな......でも、私はまだ、帰るわけにはいかなくなったんだ」

 セネルがその理由を聞いても、彼女は一向に打ち明けようとはしなかった。
 彼は気づいていなかった。彼女の頬はほんのりと紅く染まっていたことに。彼女の中で、今まで押し殺していた感情が熱を帯びてきていることに。その心に宿った、希望に。
 セネルは訝しがりながらも彼女の意志を尊重してくれた。そして、彼が唐突に声を上げた。

「そうだ。せっかく来たんだからさ、ちょっと寄り道していかないか?」

 どこに?などという問いは彼によって遮られた。彼はクロエの手を取って走り出したからだ。少し前を走る彼は楽しそうに笑い声を上げていて。それが心からの笑みだということがわかったから、クロエの方も自然と笑えていた。

 遠ざかる故郷を見ながら、彼女は心の中でつぶやいた。
 
"お母様。お父様。もう少し、待っていてください。いつかそのときが来たら、必ずまた会いに来ます......"

 クロエの国から港町まではそんなに距離があるわけではない。
 セネルはまっすぐに港へ向かおうとはせず、わざわざ遠回りのルートを選んだ。そのルートはとても安全な道。港から聖ガドリア王国までを結ぶ最短ルートには魔物が頻繁に出没し、気が抜けないのだ。おそらくセネルはそれを考慮してこのルートを選んだのだろうとクロエは察していた。
 クロエに負担がかからないように。 
 
(まったく‥‥どこまでもおせっかいなやつだ)

 しかしおせっかいは自分も同じ。以前ウィルに言われたことを思い出し、思わず苦笑が漏れる。

「どうかしたか?」

「いや、何でもない」

 今は、今だけはその彼のおせっかいに感謝したくなった。魔物がいないゆえか幾分か心が楽になったのだ。余裕ができた分、彼の動作や言動ひとつひとつを心に刻むことができる。彼との時間を、目一杯楽しむことができる。

「......このあたりで、一休みするか」

 そうして、現在に至る。時計に目をやると、もう夜も更けてきた。いくら魔物がいないとは言っても、長旅で身体的にも疲労がたまっている。クロエの方を見ると、彼女は眠たそうに目をこすっていた。セネルはふっと微笑んで、自分のジャケットを彼女にそっと掛けた。今まで夜風にさらされていた彼女の身体が、途端に暖かなぬくもりに包まれた。

「クーリッジ......?」

 とろりとした艶を含んだ声で名を呼ばれ、セネルは一瞬心臓が飛び跳ねたが、なんとかクロエには気づかれていないようだ。平静を装いつつ、彼は優しく穏やかな声色で、まるで子供に言い聞かせるかのように言葉を紡いだ。

「もう夜も遅い。そろそろ寝た方がいい」

 すると、クロエの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。視線が定まらない。何か言いたそうに口を開くが、すぐに閉じてしまう、それを何度も繰り返すクロエにふうっとため息をつき、視線を彼女と合わせる。自分の気持ちを押し殺すのは、彼女の悪い癖だ。
 すると彼女の切れ長の瞳が大きく見開かれた。

「何だ?」

 クロエの言葉を優しく催促する。すると彼女は頬を紅く染めながらうつむき、ぽそりと言葉をこぼした。耳を澄ませていなければ聞き逃してしまうような小さな声だったが、セネルの耳には鮮明に届いていた。

"まだ、一緒にいたい"

 そんなことを言われたのは初めてで。どんな反応をしていいかわからなかった。顔が熱を帯びる。心臓が高鳴る。
 実は彼もクロエと同じ気持ちだったのだ。彼女ともう少し話していたい。言葉を交わし、一緒の時間を過ごしていたかった。しかしクロエの眠たさは限界にきていたようで。
 それを察したセネルはクロエをそっと横にさせると、彼女の手をやんわりと握った。

「ほら。ずっとこうしててやるから。安心して寝ていいぞ」

 するとクロエは驚いたようで、再び瞳を丸くした。あのセネルが自分から手を握ってくれるなどとはつゆほども思っていなかったからだ。しかしよく見ると彼の顔は耳まで真っ赤に染まっているうえ、そっぽを向いている。照れているのだろう。