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架月るりあ
架月るりあ
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あなたと見つけた大きな夢

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 素直ではないな、とクロエは密かに思った。しかしノーマたちに言わせれば、クロエだって素直ではないのだけれど。
 
 その手から伝わる彼のぬくもりが嬉しくて。安心できる時間。
 そうしているうちに、クロエは眠りに落ちていた。すうすうと規則正しい寝息が響く。幸せそうなクロエの寝顔を見ながら、セネルはただただ微笑んでいた。





「ん......」

 朝。クロエはまばゆい陽光に包まれて目を覚ました。ゆっくり瞼を開けると、視界いっぱいに蒼い色が広がっていて。それはまるで絵の具をこぼしたかのように鮮やかで。その蒼い空という海に浮かぶのは、純白の雲。浮島のように自由に漂っている。
 ふと、鳥が羽ばたく音が耳に届いた。その次の瞬間、大勢の鳥たちが一斉に空へ舞い上がった。その光景はとても圧巻で。ただただ見とれてしまう。

 さりげなく隣を見ると、自分の方を向いて眠っているセネルの姿があった。こうして見ると、ただの青年にしか見えないのだが、彼には壮絶な過去があることをクロエは知っている。普通の青年には想像もつかないであろう、悲しみにあふれた過去が。
 しかしこの幸せそうな寝顔を見ていると、そんな悲しみなど克服したかのように思える。本当のところは、彼にしかわからないのだけれど。
 
「......ん?」

 今までセネルの寝顔に見とれていたせいで気づかなかったが、手に柔らかいぬくもりがあることにクロエは気づいた。何かが触れているのかと思い何気なく右手の方に目をやると、彼女は一瞬息をすることも忘れるほどの衝撃を受けた。

「......っ!」

 クロエの右手は、セネルに握られていたのだ。顔に熱が集まる。そういえば、と彼女は思い返す。眠りに落ちる直前、彼が自分の手を握ってくれていたことを。そして彼女はそのまま寝てしまったのだ。
 その彼の手が自分のそれを固く握ってくれていることに安堵してしまう自分がいることに、彼女は気づいていた。そしてその気持ちが何なのかも、理解していた。

「クーリッジ。起きろ。朝だぞ」 

 握られていない方の手で彼の身体を揺らしてみるが、一向に起きる気配は見られない。彼の寝起きの悪さは彼女自身よく知っている。熟睡した彼を起こすのは、至難の業であることも。
 彼の名前をなかば怒鳴るように呼んでみるも、あえなく惨敗。そこでクロエはちょっとしたいたずらのつもりで、彼の耳元でそっと囁いてみた。彼女としては、こんなことでは起きるはずもないと思っていたのだが。

「......セネル」

 その瞬間、彼が飛び起きたのだ。あまりの勢いに、クロエも唖然とするばかり。セネルはというと、不自然なほどに辺りをきょろきょろと見回している。焦っているようにも見えるが、クロエには彼に何が起きたのかまったく見当がつかず、首をかしげる。

「く、クロエ?」

 よく見ると、セネルの頬がほんのり紅く染まっている。しかしクロエはこういったことに関しては周りから呆れられるほど鈍感だ。彼女にはその彼の行動の理由がまったくわかっていない。
 しかしその驚いた彼の表情があまりに無防備で、クロエの顔に思わず笑みが浮かぶ。そしてその形のよい唇をくいっと上げながら彼女は言った。柔らかく暖かな声色で。

「おはよう、クーリッジ」

 すると呆けていたセネルもようやく落ち着きを取り戻したようで。

「おはよう、クロエ」

 ふたりでしばし笑い合った後、ようやくセネルも自らの左手がどんな状態にあるかを知り、慌てて手を放す。クロエの手から、ぬくもりが遠ざかる。

「ご、ごめんクロエ!俺、ずっとクロエの手を握ってたんだな」

 必死に弁解するセネルに、クロエはふっと微笑んだ。そしてゆっくりと首を横に振る。

「謝る必要なんてない。ありがとう、クーリッジ」

 それはとても穏やかでやわらかな微笑みで。思わず見とれてしまうほどに。
 そう、それはあの一連の騒動の時では想像もつかなかっただろうと思えるような、優しい微笑みだった。一見すれば、彼女らしくないと見えるような。
 
 しかしセネルは思う。きっとこれが、ほんとうのクロエの姿なのだと。クロエはほんとうは、この微笑みが常にできるような女性なのだろうと。でも過去に体験したつらく哀しい出来事が、本来の彼女を押さえ込んでしまっているだけなのだろうと。願わくば、もっとほんとうの彼女が見たい。声には出さず、セネルは心の中で想っていた。

「さてと。そろそろ出発するか」

 セネルは腕の時計へと視線を落とした。その針は朝の七時を指していて。クロエにしては遅い朝となった。
 ずっと荒野が続く道を歩いていく。港町まで距離がないとは言っても、それなりに歩かねばならない。しばらく歩くと、土と砂だらけだった大地に緑がぽつぽつと見えるようになってきた。それは大地が恵まれている証。そして港が近いという証でもある。
 元々この地は自然に恵まれていたと聞く。それが、ある時を境に部分的に荒野と化してしまったらしい。聖ガドリア王国の環境学者たちが躍起になって調査しているが、その理由は未だに解明されていないとか。

 道ばたに咲き誇る多彩な花たちを見ながら、ふたりは港町への道を歩く。遺跡船よりも一足先に春が訪れたこの大陸には、色とりどりの花や草が咲き乱れている。桃色の花を咲かせる花。青々しく茂る草。花々の周りに飛び交う虫たち。耳を澄ませれば聞こえてくる鳥たちの歌。あたりは春の匂いに包まれていた。その春の陽気に合わせるように、ふたりの歩調はゆったりと。先に歩くセネルは後に続くクロエを気遣いながら。後ろを歩くクロエはセネルに負担をかけぬよう。

「クロエ。港が見えてきたぞ」

 そのセネルの声に導かれるように前を見ると、蒸気船から白い煙が立ち上っているのが見えた。港はもはや目と鼻の先だ。ふたりの足取りは自然と軽くなっていた。



 ♪



 ふたりは無事に港へとたどり着いた。港は行き交う商人たちで賑わっていた。港町だけあって、とても活気に満ちあふれている。

「そこのお兄さん!今なら魚が安いよっ!」

 こんな風に声を掛けられたのは、ここに着いてから何度目だろうか。セネルはそれを全面無視するのだが、クロエはその都度会釈などをしてやんわりと断っている。

「クーリッジ。いくらなんでも、無視するのはひどくないか?」

「仕方ないだろ。俺たちには魚なんて買う必要なんてないんだ」

 そんなやりとりも、もう何度目だかわからない。そんな他愛もない会話をしながら、ふたりは遺跡船への船のチケットを入手した。出航の時間までまだだいぶ余裕がある。その間にこの港を見て回ろうかと話していた矢先だった。

 突然、たくさんの人々が決死の表情で駆け込んできた。尋常ではないその様子にセネルとクロエは身構える。たちまち港は人混みで大混乱に陥った。もはや収拾が付かない。ふたりは何が起こったのか把握するために耳を澄ませる。 
 人々の悲鳴や叫び声が飛び交う中、このふたりだけは冷静だった。

「何だ?」

 間髪入れず、大音量のアナウンスが流れた。

『港の入り口から魔物が侵入してきました!港にいる皆様は早急に避難してください!繰り返します――』