偽る心 自由な心 そして深まる絆へと
「ユーリ!ユーリ!」
ダングレストの凛々の明星のギルド本部にて。あの旅の後、凛々の明星は着々とメンバーを増やしつつあった。
季節はもうじき冬を迎える。樹々からは葉が姿を消し、森の動物たちは冬眠の準備をし始める。頬を撫でる風は凛として冷たく、長時間外に出ていると、手先や足先がじんわり冷えてくる。もうそろそろ雪が降ってもよさそうな頃である。
雪が降れば、また一仕事増えるだろう。このギルドは何でも請け負うスタイルゆえに。
そんな冬のある日。ユーリの部屋に、カロルの叫び声がこだました。
「何だよカロル。そんな大声出して」
まだ眠たそうに目をこすりながら、階段を降りてカロルの元へと向かう。心なしか、足下が危うい。何でも出来る彼ゆえに、転んだ姿も見てみたいなとカロルは密かに思っていた。
ユーリが降りてきたのを確認すると、玄関からカロルが電光石火の勢いで駆け寄って来た。何をそんなに慌てているのかと思っていると、カロルはユーリに一通の封筒を手渡した。宛名はユーリ宛て。
「フレンからユーリに、手紙だよ!」
「フレンから‥‥?」
訝しげに眉を潜めるユーリ。フレンは現在、騎士団長として執務に忙しい毎日を送っているはず。いくらユーリとフレンが親友だとしても、滅多なことではない限り連絡などしてこないはずだ。
――俺なんかに手紙を送る暇なんかあんのか?まさかなまけてんじゃないだろうな。
そう思いながら封筒を開けると、柄のないさっぱりっした白い便箋に、フレンのきっちりとした字が踊っていた。
しかしその内容というのが、どうも腑に落ちないものだった。
「‥‥至急‥‥ザーフィアスまで来い‥‥?何だこりゃ?」
「さあ?」
カロルも首をかしげる。ユーリはその意味を考えた。フレンはむやみやたらに自分に頼ろうとはしないはずだ。彼は彼の限界を知っているからこそ、本当に危なくなったときにだけ、自分に助けを求めてくる。フレンという人物は、そういう人間である。そしてそんなフレンが、自分を呼んでいる。ただ事ではないかもしれないとユーリは悟った。
「‥‥カロル。しばらく留守にしていいか?」
「うん!あのフレンからの呼び出しだもん、きっと何かあるんだよ!」
「さんきゅ」
ユーリはボスであるカロルに外出の許可を得ると、最小限の支度をしてからダングレストを出た。もちろん、ひとりではない。ラピードも一緒だ。まさかラピードを置いていけるわけがない。
「短い旅かもだけどな、よろしく頼むぜ」
ユーリがそう話しかけると、ラピードはわん、と嬉しそうに一声鳴いた。
◇◆◇
ダングレストからザーフィアスまでの道のりは、思ったより長かった。何しろ、海を越える必要があるのだ。バウルに頼みたいところであったが、ジュディスは音信不通で連絡がつかない。おそらくバウルと共に世界を旅しているのだろうとユーリは思う。
そしてデイドン砦を抜け、ユーリは無事ザーフィアスまでたどり着いた。帝都ザーフィアスは、もうすっかり元の活気を取り戻していた。一度はアレクセイによりめちゃめちゃにされた街だが、人々は負けずにまた街を立て直したのだ。これが人間の底力というものだろう。ユーリは改めて感嘆の思いを抱いた。
しかし、ずっと歩きづめだったユーリの疲労は限界に来ていた。フレンに会うのは明日にして、今日はもう宿屋で休むことにした。
「フレンからの呼び出し‥‥か。まーたろくなことじゃねえ気がするな」
暗い部屋の中。ラピードの寝息が聞こえる。綺麗に整えられたベッドに横になりながら、ユーリはふと呟いた。帝都に来る前に、ハルルにも寄った。あいにくエステルは留守だということであったが、街の住人から話を聞く限りでは、彼女は楽しく穏やかに過ごしているようだ。エステルも、カロルも、そして行方がわからないリタやジュディスも、レイヴンも。みな、違う道を歩んでいる。フレンもまた、然りである。
フレンは騎士団長として皇帝の座に就いたヨーデルの補佐をしている、と小耳に挟んだ。彼はこの帝都を、そしてこの国を根本から変えようと頑 張っているのだ。そんな彼からの突然の便り。一体何の用事なのか。思い当たる節が、ユーリにはない。
「ま、明日会って聞けばいい話だよな」
そう思うことにして、ユーリもまた眠りについた。
そして翌朝。ザーフィアスは今日も快晴で、人々が楽しそうにいつもと同じ生活を営んでいた。それを横目で見ながら、ユーリは城へと歩を進めた。城の前には門番がいたが、フレンからの手紙を手渡すと、城のとある部屋に通された。ここにもうじき、フレンが来るらしい。しかしやはりユーリには、城の雰囲気は馴染めないものだった。この厳格な雰囲気は、自由奔放といったユーリには合わないのである。よくフレンはこんなとこにいられんな、と呟いてまでいるユーリ。そのとき、向かい側の扉がギィ、と重い音をたてながら開いた。
「よう、フレン」
「‥‥ユーリ」
いつものように笑いかけるユーリだが、フレンの顔色は暗い。ユーリが眉を潜めると、フレンの後から入ってきた人物を見て、そのおおよその理由がわかった気がした。その人物とは、紛れもないソディアだ。フレン隊、フレン直属の女騎士である。彼女もまた、浮かない顔でユーリを見つめる。フレンはユーリの前に座り、ソディアはそのフレンの隣に腰を下ろした。
「んで?あんな手紙で突然呼び出して、何の用事なんだ?」
普段と変わらぬよう意識してユーリがそう言うとフレンの表情が翳った。あまり良い予感はしなかった。
「‥‥僕の隣にいる彼女が君にしたことについて、話したかったんだ」
やはり。ユーリの思った通りだった。ソディアがユーリにしたこと。その上フレンが出てくることと言えば、あれしかない。アレクセイとの決戦のときの、あの一件。
「‥‥その姉ちゃんが俺にしたこと?そりゃなんの話だ?」
「とぼけないでくれ!彼女は確かに、君を刺したと言っている!」
ちっ、とユーリは心の中で悪態をついた。自分はあの一件については、何も誰にも口外していない。とすると、これをフレンが知っているということは、おそらく彼女がフレンに自白したのだろう。しかし、ユーリは真実を言う気はない。その必要もないと思ったからだ。フレンにとって、ソディアは優秀な部下である。彼女を失うことになれば、貴重な人材を手放すことになる。そしてユーリを殺しかけたという事実を言えば、フレンはソディアを許しはしないだろう。下手をすると騎士団解雇ということも、有り得るかもしれない。
それほどフレンは義に厚い人間なのだ。度が過ぎるときもあるようだが。
ユーリがだんまりを決めて込んでいると、フレンが腰を上げた。つかつかとユーリに歩み寄り、勢いよく彼の服を剥いだ。
「お、おいフレン!」
ユーリが抵抗するも、彼より体格で勝るフレンには勝てなかった。ユリの腹の傷跡は残っていた。ソディアに短剣で刺された、傷跡。それが露出する。やはり完全には消えないらしい。
「ユーリ‥‥これは‥‥やはり‥‥」
作品名:偽る心 自由な心 そして深まる絆へと 作家名:架月るりあ