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架月るりあ
架月るりあ
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偽る心 自由な心 そして深まる絆へと

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 フレンの表情が暗くなり、力が緩んだ隙を見て、ユーリは上着を直す。ソディアはそんなユーリから目を反らしている。

「ユーリ。この傷跡はやはり、彼女がつけたものなんだね?」

「‥‥知らねえよ」

 フレンから視線を反らし、ユーリがそう言った瞬間、ソディアがすごい勢いで立ち上がった。椅子が盛大に倒れる音が、部屋にこだました。フレンが厳しい視線で彼女を見つめる。

「ユーリ・ローウェル!もう‥‥もういい!何故私をかばう?私はお前を殺そうとしたのだぞ?なのに何故!」

 半ば叫ぶように言ってから、彼女はうつむいてしまった。その姿を見たユーリは、大きなため息をひとつ、吐いた。呆れたように。どうして騎士団の人間は、こう馬鹿正直なのだろうか。

「‥‥なんだ、言っちまったのか。俺は誰にも話してなかったってのに」

「ユーリ!」

 ユーリが言葉を言い終えないうちに、フレンの怒号が部屋中に響き渡った。その迫力に、ふいをつかれたユーリは瞳を丸くした。今までずっと一緒に過ごしてきたけれど、こんなに感情的になったフレンはユーリでも見たことがなかったのだ。当のソディアはうつむいたままである。

「何故‥‥何故僕に知らせてくれなかった?ソディアは僕の部下だ。彼女が君を刺したなんて思いたくはなかったけど‥‥。それでも何故話してくれなかった!」

 怒りをあらわにするフレン。廊下にまで聞こえるのではないかと思うほど大きく、声を張り上げる。ユーリが予想していた通り。彼はそういう不義は許さないのだ。

「‥‥それをお前に伝えたとして、お前はその姉ちゃんを許したか?」

「‥‥‥」

憮然とした顔のフレン。許せないと思うことに関しては、周りが呆れるほど融通が利かないのが彼である。しかし彼も彼なりに納得しようと足掻いていることに、ユーリは気づいていた。

「‥‥じゃあせめて、オレを殺そうとした理由を聞いてみればいいんじゃねえの?」

 自分を納得させようとしているフレンの背中を押すように、ユーリはそんな提案を口にした。それにはフレンも同意したようで。どうやらフレンは理由も聞かずに怒っていたようだ。それはどうだよ、とユーリは心の中で思った。
 ユーリとフレンの視線を受け、ソディアは重い口を開いた。そして、当時の胸中を申し訳なさそうに語り出した。

「ザウデ不落宮で‥‥。おまえをかばって、隊長が酷い怪我を負うことになった」

 それ以前にも、ソディアはユーリに対してあまり良い印象を持っていなかった。彼に対する嫌悪感は、フレンにこそ知られていないものの、ユーリ本人にはあらわにしていた。

「‥‥それだけの理由で?ただそれだけの理由で、ユーリを‥‥人間ひとりを殺そうとしたのか!」

 いつもの温厚なフレンはどこへやら。こうなってしまうと、周りのことが目に入らなくなってしまうのが、フレンの欠点だということをユーリは知っていた。確かに、人ひとりを殺そうとするにしてはあまりにも単純すぎる動機。しかしユーリは気づいていた。彼女はただ、フレンが騎士団長だからそこまで思いを馳せているわけではない。恐らく彼女は、フレンを恋愛対象として見ているのではなかろうか。恋愛対象とまではいかなくとも、特別に思っているというのは一目瞭然。それに気づかないフレンは、やはり鈍感なのだとユーリは思う。

 フレンは相変わらずわなわなと拳を震わせている。そんなフレンを冷静にさせる一番手っ取り早い方法は。ユーリはつかつかと静かにフレンに歩み寄る。当のフレンはそんなユーリにも気がつかないようで。ユーリはそんなフレンの頬を思いっきり、渾身の力を込めて殴った。もちろん、拳を握って。部屋中に乾いた音が響き渡った。殴られたフレンの方は、何が起きたのかわからないといった様子。ソディアもまた、瞳を丸くして呆然とユーリを見ている。

 そんなフレンをその漆黒の瞳で見据えながら、ユーリは言う。

「この姉ちゃんはお前の優秀な部下なんだろ?だったらそのくらい、許してやれよ」

 そう言うとユーリは薄く笑った。今度はフレンの瞳が丸くなる番だった。そしてソディアも、まるで狐につままれたように目を見開いている。

「別にその姉ちゃんをかばうわけじゃねえよ。多少の恨みも、ないわけじゃねえ」

 だがな、とユーリは話を続ける。

「お前はお前の気持ちに素直に生きてくれって話さ。そんだけだ」

 そう言って、ユーリはフレンの腹に軽く一発、拳を見舞った。フレンが腹を押さえてユーリを見ると、彼は笑っていて。その顔を見ているうちに、フレンはユーリの言いたいことが理解できた‥‥そんな気がした。

「‥‥ふっ。ユーリ、君は変わらないな」

 フレンの顔に、やっと笑みが浮かんだ。それを見ると、ユーリは満足そうに頷いて。もう大丈夫だと、その笑顔が語っていた。

「当たり前だっての」

 そう言うと、静かに立ち上がり、部屋を去ろうとした。その間際、ソディアからこんな声が耳に届いた。

「ユーリ・ローウェル!‥‥ありがとう」

 その声に応えることなく、ユーリの姿は部屋から消えていった。
最後に閉まったドアの向こうから、ユーリのこんな言葉が、フレンに届けられた。

「フレン。今度一緒に酒でも飲もうぜ」

その声に、フレンは明るく答えた。彼には見えないけれど、満面の笑みで。彼の持ち前の、爽やかな笑顔で。

「ああ!いつか必ず!」

その言葉を聞きながら、フレンが酔っぱらったらすげえことになるんだよなと頭の隅で考えつつ、ユーリは帝都をあとにした。