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だって、そうでしょう?

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卵に砂糖に薄力粉、バターは無塩、生クリームはスーパーでお馴染みのパック入りが3つ。ボウルに金型、ハンドミキサーに鍋、包丁やまな板まで入った大きな鞄を覗き込んで、臨也は繕うことなく大きな溜め息を吐き出した。
まるで荷物に引きずられるようにして彼がやってきたのは午前7時。早朝というほど朝早い時間ではないが、少しでも臨也を知る人間が訪ねてくるような時間では決してない。ましてや昨夜は2時まで画面越しに話をしていたわけだし、事実彼が訪ねて来た時臨也はまだベッドの中にいた。
携帯に浮かぶ名に首を傾げつつ出てみればもう部屋の前にいるから開けて欲しいと言われて、解錠してやりつつドアに向かうと部屋の前には大きな荷物がいた。そのすぐ脇にちょこんとたたずんで、さわやかな笑顔で言い放ちやがったのは昨夜遅くまでチャットで会話していた少年。「ケーキの作り方を教えてください」なんて、わざわざ情報屋の自宅まで押しかけて言うセリフじゃない。それも「タダで」とか。
そんなものネットでレシピでも調べなよと言うより早く、帝人は荷物を抱えて部屋の中に入り込んでしまった。易々と入られるなんて臨也にすれば失態だが、むしろ荷物に抱えられてるんじゃないかと思うようないでたちと、やはりこのいかにも害がなさそうな童顔の所為だろう。放たれた言葉の意味をとっさにつかみ損ねたということもある。
とにかく、勝手にリビングへと入り込んだ帝人はきょときょとと部屋の中を見回して、おもむろにテーブルの上に荷物の中身を広げ始めた。うん、確かにケーキの材料だ。
「レシピ調べて、必要かなって思われる物はひと通り持ってきたんですけど…」
「そうみたいだね。やかんや鍋くらいさすがにここにもあるんだけど、…ていうか、軍手?」
「2枚重ねを1組っていうレシピがあったんで」
「…それ多分ミトン代わりにってことじゃないかな。オーブン触るの危ないでしょ」
「あ、鍋つかみも持ってきました。…そっか、お菓子作りに軍手って不思議だったんですけど、そういう使い方なんですね」
いや、分量調べたんだったら普通作り方にも目を通すよね。そこに書いてなかったんだろうか。
…なんてことはどうでもいい。今気にするのはそこじゃない。
「どうして俺に聞くの?」
「去年のバレンタインデーに、臨也さん言ってたじゃないですか。『お菓子作りも得意なんですよぅ~、プンプン!』って」
「うん、言ったね。言ったけど、そうじゃなくて。単にケーキが作りたいだけなら杏里ちゃんとかその友達に教わればいいし、わざわざここの住所調べて新宿まで来る必要ないよね、ってこと」
仕事が仕事だ。事務所兼住居でもあるこのマンションの場所は、滅多なことでは人に教えていない。
波江から聞き出したのは疑いようもないが、わざわざ彼女を釣るための餌を用意して、道具をそろえて、池袋から新宿までこの荷物を抱えて電車移動するくらいなら、その金と時間で料理教室に行くなりプロを雇うなりすればいい。ぱっと見た感じどの器具も使い込まれた様子はなく、今日この為に買い揃えたのだとしたらずいぶんな出費のはずだ。そんなものに使うくらいなら素人教室の主婦でも雇った方が場所も道具も提供して貰えるし、臨也の気まぐれを当てにするよりよほど確実だろう。
いったいなにがしたいんだと言外に問いながら、それでも自分の分を淹れるついでに帝人の分のコーヒーもテーブルにおいてやる。すっかり目は覚めていたが、だからといって臨也が帝人の願いを聞いてやる義理などない。タダで臨也を動かそうというのなら、帝人は金に代わるなにかを差し出すべきだ。あるいは興味を引くものを。
「自由に使えるオーブンがあるおうちなんて、僕の知り合いには臨也さんしかいませんよ」
「運び屋がいるだろ」
「セルティさんはダメです。だって、バレちゃうじゃないですか」
「ねえ、帝人くん」
わざと話をそらしているのだろうか。というかそれしか考えられないのだけれど、嗜めるように名を呼べば、不思議そうに目を瞬かせている顔は酷く幼い。これが演技なら相当あざといものだけれど、彼の性格からするに本当にわかっていないような気もする。
「明日でよければ教えてあげるよ」
「今お願いしたいんです。今日は午前中はお仕事ないって、昨日言ってたじゃないですか」
「うん。時間はあるね。でも、今日は教えてあげない」
「臨也さ、」
「だってそれ、シズちゃんの誕生日ケーキだろ」
1月28日。土曜日の今日は、ムカつくことにあの化け物が生まれて来た日だ。化け物の癖に誕生日なんてと思うけれど、帝人はこともあろうかその化け物にとって恋人というポジションにいる。
静雄が帝人に興味を持っていることには早くから気づいていた。帝人が静雄に興味を持っていることにも。日常に憧れる静雄と、非日常を求める帝人と、双方が互いに欲しいものをもって惹かれあうのは滑稽で面白いとさえ思っていた。
私生活では臆病な静雄が早々に帝人を食ってしまったのは予想外だったが、食われた帝人があっさり静雄を受け入れたのもまた予想外だった。帝人が拒絶すればそれは静雄のダメージになる。そう考えていたのに、帝人は臨也の思惑などすり抜けて静雄の懐に納まってしまった。
その癖、臨也とも未だ友好関係を築いている。恐らく臨也に関しては散々静雄に毒を吹き込まれているだろうに、彼は臨也とのつながりを断ち切ろうとはしない。こと臨也に関しては静雄にも一切口を挟ませないらしく、おかげで遭遇した時の当たり具合が以前より3割は増した。まさに「八つ当たり」だ。
「買った方が綺麗で美味しいのはわかってるんですけど…、値段も安いですし。でも、以前お母さんがお菓子作りとか得意な人じゃなかったから手作りに憧れてるって言ってたことがあって、だから頑張ってみようかなぁって、」
「俺を頼るのは本末転倒だと思うんだけど?」
静雄に渡すケーキの作り方を臨也に教わる、その意味を本当にわかっているのだろうか。毒なり劇薬なりをたっぷり入れてもいいなら別だが、そうでなければ間違っても誕生日ケーキ作りになんて関わりたくもない。向こうだって、臨也が関わったものなど口にしたくもないだろう。
「作るのは僕ですよ?」
「だからって、」
「臨也さんには口だけ出して貰って、作るのは全部僕がやります。だから、わざわざお鍋やフォークまで用意してきたんですけど」
「ああ、……」
臨也の家にあるものを使わないように。
確かに臨也をノミ呼ばわりし、姿が見えない場所にいても匂いで嗅ぎつける静雄には、そのくらいの考慮は必要なのかもしれない。まあオーブンはこの際仕方がないのだろうが、―――そうまでしてここでケーキを作りたがる、その理由が読めない。ただ手作りにこだわるだけなら、教師が臨也である必要などないのだから。
今日の夕方、新羅のマンションで静雄の誕生日会をやることは知っている。メンバーはいつもの通りだ。それに持って行きたいのだろう。が、臨也は教えてやる気などない。
 
 
 
 
作品名:だって、そうでしょう? 作家名:坊。