だって、そうでしょう?
「だって、自宅にオーブンがある家なんて、ここか臨也さんとこくらいですし」
自宅にオーブンがあると知ってるような付き合いなのか。
そう言いかけて、静雄はぐっと言葉を飲み込んだ。静雄の心配するようなことは絶対にしないとそう約束をして、だから口は挟まないとそう2人で取り決めた。約束した以上帝人はそれを守るはずだし、プライベートを束縛する権利は静雄にはない。
そもそも帝人が臨也に関わるのは、どうも静雄に原因があるらしい。静雄にとって臨也は害虫以外の何者でもないのに、帝人の目にはその嫌悪の強さが執着心に写っている、らしい。嫉妬自体は嬉しいが、比較の仕様がないのだと言っても帝人はそれを聞き入れてはくれない。
そうして時折り、こんなふうに静雄には理解できないことをやってのけるのだ。
「口だけ出して貰って、器具も材料も全部用意していって、最初から最後まで僕1人で作ったんですよ?」
「だからって、」
「変な物も入ってないし、味もちゃんと確認しました。不安なら僕が毒見しますけど」
「いや、そうじゃなくて、…」
「……ひと口だけでも無理ですか?」
見上げる顔は不安そうな、しょげ返った子犬のような表情で、自然周囲の目は静雄に厳しくなる。目などないはずのセルティからは氷のような視線を感じるが、この気持ち悪さは静雄にしかわからないものなのだろう。
なにせ傍目にはまるっきり普通のショートケーキなのだ。これに臨也が関わっていなければ、静雄は喜んで1人で丸ごと平らげただろう。味も中身も普通のケーキだとわかっている。わかってはいるが、どうしても食べる気になれない。
恐る恐るフォークを手に取り、皿の上のケーキを睨んでみる。見た目はケーキだ。普通のケーキだ。そう暗示をかけてもみるが、やはり気持ち悪さは消えない。例えてみればケーキの味のナメクジを食えと言われているような感覚なのだが、他人にはそれが理解できないであろうこともわかっていた。
それでも動けずにいる静雄の皿を取り上げて、帝人がフォークでかけらをすくい取った。自分の口に運んで顔をしかめ、うわ、と舌を出してみせる。
「すみません、やっぱりそっちのケーキを食べてもらえますか? 塩と砂糖、間違っちゃったみたいです」
「みか、」
「静雄さんの勘ってすごいですね。食べなくて正解ですよ、これ。……捨てちゃいます、ね」
わかりやすい嘘にツキリと胸が痛む。根が真面目な帝人は食べ物を粗末にすることはなくて、なのにわざわざ捨てると言うのは静雄のために作ったものを他の人間に食べられるのが嫌だからだろう。
明らかに無理しているとわかる笑顔を向けられて、静雄は腹をくくった。帝人の手から皿を取り上げ、生クリームのたっぷり塗られたスポンジを口に放り込む。
瞬間、感じたのはおぞましい吐き気だ。ほとんど噛まずに飲み下し、それを数度くり返してやっと皿の上のケーキがなくなる。
「……もう二度とすんな」
「はい! ごめんなさい!」
今度こそ本当に嬉しそうな帝人の笑顔に溜め息を吐いて、静雄はこみ上げてくるおぞ気にトイレへと向かった。恐らく、他の者にはなにがなんだかわからないだろう。けれど、帝人が満足したのなら静雄はそれで構わない。
嫌いなものと好きなもの、その両者を天秤にかけてどっちを取るのか試そうとする帝人の本心は、静雄には計り知れない。静雄がそう感じているだけで、本当に試そうとしているのかどうかも定かではない。けれどこれは帝人が自分に示す執着で、ならば静雄は、可能な限り甘んじて受け入れるだけだ。
不快な異物を吐き出して戻ると、帝人が嬉しそうに寄ってきて静雄さん、と甘い声で呼ぶ。蕩けるようなその顔に、今日のこの鬱憤はさてどう晴らそうかと目の前の獲物に笑顔を返した。
作品名:だって、そうでしょう? 作家名:坊。