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架月るりあ
架月るりあ
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希望に満ちた未来を信じて

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 そう祈るように心の中で唱えると、彼は全力でドアを蹴破った。部屋の中は、どの部屋とも同じく火で覆い尽くされていた。煙の中を進んでいき、部屋の中をすみずみまで見渡すと、端の方に小さく身体を丸める少年の姿が見えた。すぐさま駆け寄ると、少年はひどく怯えた様子でクロワを見上げた。

「ほら、お兄ちゃんが来たからには、もう安心だぜ」

 そう言いながらいつもの陽気な笑顔を見せるクロワ。

「ほら、乗れよ。おんぶしてやるから。母ちゃんのところまで、帰ろうぜ」

 その言葉を聞いた少年は頬を流れる涙を手で拭い、ちいさくこくりと頷いた。

「よし、いい返事だ。さ、早く行くぞ」

 子供の頭を優しく撫で、自分の背中に乗るよう促した。
 背中に感じる子供のぬくもり。そして、その重み。その重みは生命の重みなのだとクロワは考える。この生きようとする命の重みなど見えないふりして、闇の王子となって数多の人々を殺めてきたのだ。
 今になって、ようやく人間ひとりの命の重みを知った。だからこそ、今目の前にいる子供の命をどうしても守りたかった。

「ほら、階段だ。ここを抜ければ外に出られるぞ」

 火で焼かれたために黒く変色している階段を、クロワは全速力で駆け抜けた。背中の子供には、揺れを極力感じさせないよう努めながら。

「もう少しだ、頑張れよ」

 額にたまった汗を拭うことも出来ず、ただただ階段を駆け下りていくクロワ。しかし次の瞬間、予想だにしなかった事態に陥った。大きな爆発音とともに、天井にぴしっと亀裂が入った。その亀裂はどんどん大きくなり、そしてついにその重さに耐えきれなくなった天井が、床めがけて落ちてきたのだ。天上だったのであろう木片の残骸が、子供をかばったクロワの肌にいくつもの傷を作る。大きな木片にでもぶつかれば、その時点で死が確実となる。
 自分の背中めがけて襲い来る木片。

「やっべ……」





その頃外で待っているプリエ達は必死に祈りながら、ふたりの無事を祈っていた。

「あいつ……大丈夫かな」

「自分を危険にさらしてまで助けに行くなんて……」

プリエは感じていた。周りのクロワに対する思いが、段々に変わりつつあることを。

「ねぇ、本当に彼が闇の王子なら、こんなことするかしら……?」

「まさか俺達、とんでもない誤解をしていたのか……?」

自分の危険を顧みず、一人の少年の為に燃えさかる炎の中に飛び込んでいった──。その勇気と行動力に、段々と人々はクロワのことを認めてきているのだ。

(お願い、クロワ。帰ってきて!)

人々が固唾を呑んで成り行きを見守っていた、その時だった。玄関から人影が現れた。最初はただのシルエットだったのだが、人影が近づくにつれその人物の正体が見えた。
それは間違いなく、少年を腕に抱いた、クロワの姿だった。人々から歓声が沸き起こる。

「クロワ!」

プリエと先ほどの女性が一番に彼に駆け寄る。

「シナモンちゃん!」

女性はクロワの腕からそっと、少年を抱き上げる。

「良かった……良かった……」

瞳に涙を浮かべ、そう何度も何度も呟く女性。クロワはその光景を優しい瞳で見守っていた。遙かに遠い昔の話。クロワにもそうやって抱きしめてくれる母親がいたことを思い出した。母親に抱かれると、暖かくて、優しくて、いい匂いがした。遠い、遠い記憶。しかし次の瞬間、クロワは全身のちからが急に抜けていくのを感じた。

「クロワ!」

安心して気が抜けたのか、クロワの身体が崩れ落ちた。慌てて彼をプリエが支える。そして彼の頭を抱いてそっと地面に寝かせた。よく見ると、顔やら腕やらに火傷や擦り傷などがいくつも作られていた。しかし少年には傷ひとつもない。

「よく頑張ったね、クロワ……」

涙ぐむ彼女に、クロワは力無く微笑いながら言った。

「……おう」

 まるで止むことを知らないかのような、拍手や歓声に包まれ、彼は嬉しそうに笑った。もう、事件の前のような軽蔑と恐怖のまなざしはこの場所には存在しない。代わりに在るのは、尊敬と賞賛のまなざしだった。
 クロワは生まれて初めての出来事に戸惑っていたようだが、嬉しそうなプリエの顔を見て、照れくさそうに笑った。

「おにいちゃん!」

 ふと、横たわるクロワのもとへひとりの子供が駆け寄ってきた。それはクロワが助け出したシナモンという名の少年だった。彼はきらきらと瞳を輝かせ、クロワを見上げて言った。

「おにいちゃん、助けてくれてありがとう! 僕、おっきくなったらお兄ちゃんみたいにかっこよくなるよ!」

 そう言いながら、無邪気な笑顔を見せた。
 そのシナモンの言葉に、プリエとクロワは顔を見合わせ、そして笑いあった。
 恐怖され、蔑視され、知らない子供に石を投げられ。理不尽とも言えるであろうこの仕打ちに今日まで耐えてきたクロワ。いつか、街のみんなも理解してくれると信じて、歯を食いしばって必死に耐えてきた。その辛かった日々が、たった今、報われたのだった。
今もまだ止むことのない拍手喝采の中で、ふたりはいつまでも。いつまでも微笑みあっていた。








‐end‐