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架月るりあ
架月るりあ
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この誓いを心に刻んで

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クロエはウェルテスの街の片隅にある喫茶店に来ていた。彼女と向かい合うようにして座っているのはセネル。彼女の想い人。彼は目の前にそびえ立つ大きな大きなパフェと格闘中。その子供のような無邪気な姿を見て、クロエはそっと息を吐いた。

 事の発端はノーマだった。三日前、彼女が本日開店のこの喫茶店の情報をどこからか入手、クロエとセネルのデートを勝手に企画してきたのだった。ふたりには、『相談があるからこの店に来てほしい』と話を持ちかけたのだが、もちろんそれは真っ赤な嘘。クロエもセネルも、困っているひとは放っておけない性分である。そんな彼らは何の疑いもなく、ノーマの言葉通りにこの喫茶店に来た。そしてふたりは鉢合わせしたわけである。
 最初はふたりも困惑していたようだが、互いに話を聞くうちに状況がつかめた。これはノーマの仕業だ、と。
 最初は戸惑っていたふたりだったが、ふとセネルが口を開いた。

「でもさ。せっかく来たんだしゆっくりしていかないか?」

 そのセネルの提案に、クロエは顔をほんのり紅く染めながら頷いた。
 メニューを開くと、そこには色とりどりのスイーツの写真が所狭しと貼られていた。甘いものからちょっぴりビターなものまで、種類に富んでいた。しかもスイーツだけでなく、ピラフやスパゲッティといった料理まで扱っているという。ランチやディナーも楽しめる、特に女性にはとても嬉しい店である。
 そこでセネルが注文したのは巨大なパフェ。普段あまりそういった甘いものを口にしないセネルにしては珍しいとクロエは思う。しかしちらりとメニューを見ると、そこにはこんな文字が躍っていた。

『制限時間内にジャンボパフェを完食出来た方は全品無料にいたします!』

――そうか、クーリッジはこれが目当てなんだな。

 そこでようやく、クロエも合点がいった。
セネルが躍起になってパフェをたいらげようとする理由。そしてテーブルに置かれた大きな砂時計の意味も。この砂時計は制限時間を測るためのものなのだろう。そして残された時間はあと約8分程度。セネルの前の巨大パフェはもはや三分の二が食い尽くされている。これなら時間内に食べ終えてしまうだろう。

「おい、クーリッジ。そんなに急いで食べると胃に悪いぞ」

 そう忠告してみるものの、セネルはその彼女の言葉がまるで耳に入っていないかのようにひたすら食べ続けている。
 彼女の整った唇から、本日何度目かのため息がこぼれ落ちる。


――これでは満足に話すら出来ないじゃないか。

 喫茶店にふたりきり。いつもからかってくるうるさいノーマもいない。こんなときこそ彼と一秒でも長く話をしていたいのに、これではそれもかなわない。
 そしてそんな不満そうなクロエの様子にまるで気がつかないセネルにもまたいらだちが募る。
 そんなセネルから視線を逸らし、クロエは改めて店内を見回してみた。

 入り口、店に入ってすぐに目につくのは、たくさんのケーキが並ぶショーウィンドウ。どうやら持ち帰りも出来るらしく、ケーキを持ち帰る客も少なくないようだ。
 白を基調とした店内。鈴蘭の花を思わせる洒落た照明が、店内を明るく照らしている。店の所々に置かれるアンティーク物の置物が、まるでタイムスリップをしたかのような雰囲気を醸し出す。
 壁を飾るのは、作者が誰なのかすらわからないような小さな小さな絵画たち。やわらかいタッチで描かれたそれらの風景画は、見る者の心を和ませる。
 白い椅子には細かい花柄のクッションが置かれ、長時間座っていたとしても疲れを感じさせない工夫がしてある。そしてテーブルにもクッションと同じ柄のテーブルクロスが敷いてある。統一感のある店だ。

「よし!やっと食べ終えたぞ!」

 その声でクロエは我に返った。

見ればセネルが勝ち誇った表情で笑っている。その前には見事なほど綺麗に空になったパフェのグラスが。そして砂時計の砂はまだ残っている。どうやら、セネルはほんとうに制限時間内にこの巨大パフェを残らずたいらげてしまったようだ。

「おめでとうございます!見事にこのジャンボパフェを食べ終えてしまいましたね!」

 明るい店員の声が店中にこだまする。その瞬間、場は一瞬にして拍手の渦に飲み込まれた。店員の話を聞く限りでは、これを完食したのはセネルが初めてのようだ。

「やったな、クロエ!これでタダだぞ!」

 まるで子供のような無垢な笑顔を見せるセネル。それは普段めったに見せない笑顔。それを見られるのは、自分だけの特権。その嬉しそうな笑みを見て、クロエもまたつられて笑顔になる。先ほどまでの不満など、その笑顔を見ればたちまちどこかへ行ってしまった。

「クーリッジが頑張ったからだな」

 そう言ってやるとセネルは顔を少しだけ赤らめてから、黒い表紙のメニューをクロエに差し出した。

「ほら、クロエ。せっかくタダなんだから、いっぱい食べなきゃ損だぞ」

 その一言を聞いてようやくわかった。彼は、セネルはクロエのためにあの巨大パフェを食べてくれたのだと。普段遠慮して自分の気持ちを押し殺しているクロエ。しかしセネルはそれがどうしても許せなかった。自分といる時くらいはほんとうのクロエでいてほしかった。
 困惑した瞳でセネルを見れば、そこには柔らかな微笑みを携えた彼の姿。そんな微笑みを見せられては、断ることなど出来なかった。

「じゃあ……これを頼もうかな」

 クロエが注文したのは、冷たいカフェオレとガトーショコラ。どちらも甘さが控えめなビターなものだった。甘いものが嫌いだというわけではないのだが、今までセネルが食べていたいかにも甘ったるそうなパフェを見ていたら、甘いものを食べる気が失せてしまったのだった。

「クーリッジは、何か頼まないのか?」

 クロエが注文し終えてもなお何注文する素振りを見せないセネルを訝しく思いそう訪ねると、セネルは一言。

「俺はもう腹一杯だ。だからクロエは思う存分食べていいぞ」

 それはそうだろう、とクロエは思わず苦笑する。セネルが今まで格闘していたパフェは、普通のそれのゆうに三倍の大きさがあったのだ。それを完食してもなお何か食べられるようならば、その胃袋はさながらブラックホール並みだとクロエは思う。
 しばらくすると、店員がクロエの注文したものを運んできた。細長いグラスに注がれたカフェオレは上方にミルク、下方にコーヒーと分離していた。そこにガムシロップを適当に入れてかき混ぜる。ストローで少し味見をしてみると、ちょうど良い感じの甘さだった。渇いたのどに、冷たいカフェオレが染みていく。ほんのりと感じられる甘さが心地よい。

「……じゃあ、お言葉に甘えていただくとするぞ」

 そのクロエの言葉に、嬉しそうに頷くセネル。フォークでケーキを突いてみると、ほどよい弾力が感じられた。そのまま小さく一切れに切り、添えられた生クリームにつけて口へと運ぶ。刹那、ほろりと感じられる苦み。次の瞬間には生クリームのほのかな甘みが口内を支配する。

「ん。美味しい……」

 素直に感想を口にすると、セネルは顔をほころばせて。

「そっか。よかった」