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架月るりあ
架月るりあ
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この誓いを心に刻んで

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 クロエがパフェを食べ終えた後、しばし雑談を交わしたふたりはいつまでも居座るのは悪いと判断し店を出ることにした。時計の針は午後2時半を指していた。
セネルのおかげで無料になったゆえに会計を素通りし、出口の扉を開けた。途端、まぶしい陽の光に照らされ、反射的に目をつむる。喫茶店の空気もいいものであったが、やはり外の空気は清々しく心地の良いものだ。

「なあ、クロエは行きたい場所とかあるか?」

 唐突にセネルが声を上げた。彼の方を振り向くと、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべていて。クロエが首を横に振ると、セネルは彼女の手を握り、足取りも軽く走り出した。

「お、おいクーリッジ?」

 困惑したクロエの声に、セネルは振り向かずに答える。

「ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

 その提案を断る理由など、クロエは持ち合わせていなかった。彼と一緒にいられるなら。こうして彼のぬくもりを感じていられるのなら、どんな場所でもいい。今は少しでも長く、彼を感じていたかった。
 彼と一緒に、街を駆ける。頬を撫でていく風がなんとも心地よい。
まるで風と友達になったかのような。彼の手から伝わるぬくもりが嬉しくて。ぎゅっと力を込めると、彼もまた握り返してくれる。

 やがてたどり着いたのは、女性服の店だった。ウェルテスの十代の女の子たちから絶大な支持を受けているブランドの店。目を丸くするクロエに、セネルは笑顔を向けた。

「クロエ、ずっとその服だろ?たまには、普通の女の子みたいな服も着てほしいと思ってたんだ」

 その言葉に、クロエは頬が熱くなるのを感じた。
 確かに自分はいつもこの格好だ。それはとても動きやすいから、その理由だけだった。騎士である彼女は何よりも機動性を重視する。いついかなるときでも、騎士として行動できるようにするためだ。……でも。

「俺といるときくらいはさ、騎士のクロエじゃなくてひとりの女の子として、いてほしいんだ」

 クロエの顔は真っ赤に染まっていた。そんなことを言われたのは、初めてで。どう反応して良いのかわからない。
騎士としての自分ではなく、ひとりの『クロエ・ヴァレンス』という女の子として。それは彼女が長年夢見ていたことだった。ヴァレンス家の再興。それだけを目標してひたすら突き進んで来たけれど、その課程で彼女はいつしか、普通の女の子としての生活というものに憧れるようになっていた。

「……って言っても俺、こういうのわかんないけどさ」

 照れたようにその銀髪をくしゃりと掻くセネルに、クロエはふっと唇を緩ませた。それは穏やかでやわらかい、彼女本来の微笑みだった。その彼女の微笑みのあまりの美しさに、セネルは一瞬声を出すことが出来なかった。彼が今まで見たことのない、暖かな笑顔だったから。
 早速ふたりはクロエに合いそうな服を探し始めた。しかし店内を歩き回るうちに、セネルはとある事実に気がついた。
 クロエはいつも着ているもの以外の服を、ほとんど着たことがない。ゆえに、どういったものが自分に似合うのか、全く自覚していないのだった。その前に、自分はどういった服が好みなのかすらもわからないというのだ。これにはセネルもお手上げ状態だ。

「クロエはどんな服が着たいんだ?」

 そんな問いも、彼女の前では為す術もない。

「……わからない」
 こんなときにノーマがいてくれれば楽なのにとも思うが、彼女の私服姿をノーマに見せるのも嫌だった。エルザなんてそれこそ論外だ。クロエのことが大好きな彼女にこのことがばれでもしたら、下手をすれば殺されそうだとセネルは内心冷や汗をかいた。

(さて。どうしたもんかな)

 セネルが途方に暮れていると、ふたりを見かねた店員が営業スマイルを携えて歩み寄ってきた。セネルにとっては救いの女神のようだった。

「どういったものをお探しですか?」

 その問いに、押し黙るクロエ。もっとも、自分でもわからないのだから答えようがない。仕方がないのでセネルが代わりに答える。

「えっと・・・・この娘に合う服を探してるんだが」

 こういったことに慣れていないセネルは少々言葉がぶっきらぼうになってしまうが、店員は気にしたふうもなく笑顔で言葉を続ける。

「デザインなどで何かご要望はありますか?」

 デザインと言われても、セネルもクロエも服に関してはほぼ無知。セネルはクロエに視線で尋ねるが、彼女はやはりわからないといった表情で首を横に振るばかり。その様子を見た店員は朗らかな笑顔を浮かべた。

「私で良ければ、お見立て致しましょうか?」

 その願ってもない提案に、クロエは瞳を輝かせた。ブティック店の店員ならば、きっと自分より的確に選んでくれる――そう感じたのだろう。実際、そういった人間は、こういった服装選びのセンスは磨かれているものである。店の奥の方へ歩き出す店員の後を追うクロエだが、ふとセネルの方を振り返った。

「じゃあ私は行ってくるから、クーリッジはここで待っててくれ」

「え?ちょ、クロエ?俺も行――」

 自分も行きたいというセネルの主張は見事にスルーされ、クロエは女性店員と一緒に行ってしまった。ぽつんとひとり残されたセネル。ここは女性の服やアクセサリーの店であるゆえ、男がひとりで残されるといささかいたたまれなくなってくるというのが本音だ。辺りを見回しても、男は皆無。希にいたとしても、必ず隣には女性がいる。
「……どうすればいいんだよ」
 ひとり寂しくこぼした言葉は、むなしく店内のざわめきにかき消された。



              ♪



 それからどれほどの時間が経っただろうか。仕方なくセネルが店内をぼうっと見て回っていると、さきほどの女性店員がセネルの方へ駆け寄ってきた。
しかし店員のそばにはクロエの姿が見られない。彼女はどこに行ったのだろう。そんな思考を巡らせていると、女性店員が持ち前の笑顔で説明してくれた。

「彼女、今試着室で着替えてらっしゃいますので、ぜひ見てあげてください」

 クロエは服を選び終えて、試着室で試着の最中だそう。店員に案内され、試着室へ足を運ぶ。
 試着室が近づくにつれ、動悸が激しくなる。少し前を歩く店員に聞こえてしまうのではないかと思うほどに、心臓が高鳴る。いつもの服装のクロエしか見たことがないセネル。彼女はどんな変身を遂げたのだろう。早く見たくて仕方がなかった。
 やがて試着室の前にたどり着いた。ドアの前には彼女のブーツが綺麗に整えられて置かれていた。カーテンで仕切られたその向こう側には、変身を遂げたクロエがいる。そう考えると、まるで心臓が飛び出そうなほどに鼓動が大きくなる。

「どんな感じですか?」

 店員がそう声を掛けると、カーテンがゆっくりと開かれた。刹那、セネルは息をするのも忘れていた。あまりに彼女が、綺麗すぎて。