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架月るりあ
架月るりあ
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この誓いを心に刻んで

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 頭には現在女の子の間で流行っているというカンカン帽と呼ばれる帽子が被されていて。その黒色が、彼女の艶のある黒髪にぴったり似合っている。帽子と同じ黒色のベストは丈が短く、スーツのような素材で出来ている。とてもスマートな印象を与える。そのベストの下には、それとは相反するようなふんわりとしたチュニックを合わせ、クリーム色で優しい色合いだ。シースルー素材を使用されており、夏でも涼しげに見えるだろう。セネルが一番驚いたのは、脚の露出が高い点だった。デニムの淡い青色のショートパンツからは、彼女の適度に細いすらりとした脚が露出されている。黒いニーハイソックスに、光沢のある白のパンプス。パンプスにはふんわりとした花のモチーフがあしらわれている。いつもとは印象ががらりと変わっていた。女性というのは、身につけるものが違うだけでこんなにも変わるものなのだとセネルは改めて思い知らされた。

「クーリッジ?」

そのクロエの声で、我に返ったセネル。そこには恥ずかしそうに太ももを手で押さえながら首をかしげるクロエの姿が。脚を露出するのが恥ずかしいらしい。そしてその彼女の表情には、明らかに不安の色が浮かんでいた。セネルが黙ってしまったことに不安がったのだろう。

「やっぱり……変、か?」

 しゅん、とうつむいてしまうクロエに、セネルは渇いたのどから一言だけ絞り出した。

「驚いた……可愛い」

 その言葉を聞いた瞬間、クロエは顔を真っ赤に染めた。改めて言われると、やはり恥ずかしいのだろうか。もともとクロエは男性と接することが少ない環境で育ってきた。男性とこんなに密接な関係を持つこと自体が初めてなのだ。どう反応していいのかわからない。……でも。

「……ありがとう」

 クロエは素直にそう言うと、ふわりと微笑った。嬉しそうに、はにかんだような笑顔。それはセネルにとってかけがえのない笑顔だ。その言葉だけで、セネルの胸はいっぱいになる。彼女とここに来て、本当によかったとセネルは心から思った。



 ♪



「クーリッジ。本当にいいのか?洋服代を出してもらっても」

 あの後クロエは試着したコーディネートの服や帽子、パンプスまでを一式揃えて購入した。全額、セネルの負担で。
もちろんクロエは自分が出すと主張した。自分の着る服なのだから、自分で払うべきだと。
 彼女は甘えることが苦手だ。それは今まで甘えることが出来ない状況の中で生きてきたからであって、彼女自身ではどうにもならなかった。そのうちに彼女は他人に甘えることが出来なくなっていったのだ。
セネルにとっては甘えてほしい場面も、彼女にはそれがわからない。

「いいんだよ。俺が見たいんだから」

「何を?」

 本気で何のことかわかっていないクロエにセネルは苦笑する。それはもちろん、普段とは違うクロエを見たいという意味だ。そう言ってやると、彼女は顔を耳まで真っ赤に染め、ぷいと顔を背けてしまった。その様子がおかしくて、声を上げて笑うセネルをきっ、と睨みつけるクロエだが、まるで迫力がない。そんなクロエの額をぴんと指でつつくと、彼女は再び顔を背けてしまった。

「……ばか」

 顔を背けながらクロエがぽつりとこぼした言葉。小さくて聞き逃してしまいそうな声だったが、セネルの耳には鮮明に届いていた。ふふっと微笑して、セネルは空を仰いだ。
 いつの間にか空は茜色に染まっていた。夕陽が地平線に沈んでいく。それはまるで太陽と月がバトンタッチをするかのように。暖かかった風も、今はひんやりとして冷たい。街からも昼間の喧噪が去り、家に帰る子供たちの姿がちらほらと見える。人が少ない街並みを見ながら、ふたりは帰路に就く。

「クーリッジ。少し広場に寄っていかないか?」

「広場に?」

 聞き返すセネルに、こくりと頷くクロエ。セネルとしてももっと長く彼女と一緒にいたかったので、断る理由はなかった。ただ、クロエの笑顔に少しだけ違うものが混じっていた気がして、違和感を覚えた。それが何なのかは、セネルにはわからなかったけれど。
 ウェルテスの噴水広場。ふたりは噴水の縁に腰を下ろした。夕方でも噴水からは水が噴き出している。その水しぶきがかからないよう、セネルはクロエの肩にそっと上着を被せた。クロエの肩がふわりとしたぬくもりに包まれる。

「風邪をひいたらまずいからな」

 照れ隠しのようなその言葉と紅く染まった彼の頬に、思わず笑顔がもれる。その不器用な優しさが、何よりも嬉しくて。

「……なあ、クーリッジ」

 ふと、クロエが口を開いた。その声のトーンが先ほどまでよりも低く感じて、セネルは彼女の方を向いた。

「幸せって、何だろうな」

 唐突なその彼女の言葉に、眉をひそめる。彼女の表情は笑っていた。笑っているのにどこか哀しげで、このまま彼女が消えてしまうのではないかと思うほどに弱々しく見えた。
 クロエはふと顔を上に逸らした。

「今私はとても幸せなんだと思う。こうやって、クーリッジと一緒にいられて、楽しい仲間たちにも囲まれて……」

 でも、と彼女が口にした刹那、彼女の頬に一筋の滴が伝った。

「幸せ、と言葉にするのがすごく怖いんだ。言葉にすれば、いつかそれが壊れてしまう気がして……すごく、怖い」

 視界がぼやける。茜色の空が霞んで見える。それは瞳から溢れる涙のせい。クロエはそっと瞼を伏せた。
 ふと、風が通りすぎた。それはクロエとセネルの間を通り抜け、ふたりの髪を静かに揺らす。
 涙を流すクロエの姿は、ひどくきれいだった。しかし同時に、彼女の悲しみや苦しみがセネルの心にも伝わってきて。彼女の壮絶な半生を考えれば、当然なのかもしれない。両親を理不尽に奪われ、家が取り潰され、周りからは非難や罵声の嵐。そんな中でクロエは必死にひとりで耐え続けてきたのだ。幸せを壊される辛さを知っているからこそ、彼女は今こんなにも苦しんで涙を流している。
「……大丈夫だ。もう、クロエの幸せが壊れたりはしない」

 セネルはそんな彼女を強く抱きしめた。クロエは思わず瞳を見開く。彼の胸の中は暖かくて、優しくて、その彼の言葉を信じてしまいそうになる。けれど彼女の心の不安は消えなかった。セネルがいくら大丈夫だと言ったところで、いつ何が起こってしまうかなど誰にもわからない。もし、両親のようにある日突然、彼や仲間たちがいなくなってしまったら。
そう考えるだけで涙がこみ上げてくる。小さく震える肩。セネルは言葉を繰り返した。

「絶対に大丈夫だから。俺はクロエをおいてどこかに行ったりしない」

 その言葉には確かなちからが宿っていて。おそらくそれは、彼の心からの言葉なのだろうとクロエは思った。
 しかし彼女の涙は止まらなかった。こんなにも彼が自分を心配してくれて、大丈夫だと言ってくれているのになぜ、自分はそれを信じることが出来ないのだろう。それがひどく悔しくて、申し訳なくて。

「今は信じられなくてもいい。でも、これだけは覚えておいてほしいんだ。俺は絶対、クロエから離れたりしないから」

 クロエは声を上げて泣いた。泣きじゃくる子供のように、ひたすら泣いた。それはまるで心に刺さった棘をはき出すかのように。