堕落者17
跡部の家は、家からして洋風だが、中身も相当西洋かぶれのようだ。かぶれ、というのは誤りで、彼の祖父は何処の国かは知らないが、そちらの出身らしいし、父親はハーフ、そして跡部自身はクォーターだ。なので、生活習慣がそちら寄りになっても、当然かもしれない。
「暇な時は時々遊んでやったりもしてるさ。君も、たまにでも会ってあげたらいいよ」
男の子にぬいぐるみはどうかと思ってもいたが、案外好評なようでこちらも嬉しい限りだ。
「そうだね」
四月には、進級と共にクラス替えがある。そして、卒舎するまでクラスは変わらない。他の子は初等部にでも入れば、もう一度仲の良い子と一緒になれる可能性もあるのだろう。
「機会があれば、跡部の家に遊びに行きたいかな」
「きかいがあれば?ことばがへんだぞ」
「そう?」
私達の間柄は長くて三年だけれど、短くて一年だと跡部は気付いていない。クラスが離れれば会う機会は減り、自分のクラスの環境に慣れて、そちらへ身を置くようになるのは目に見えている。そうなる事は間違いでは無いし、咎められる事でもない。成長のためならば、子供の柔軟な心が移り変わるのも早いだろう。
しかし私のそれは杞憂だった。
春、私は再び、鈴と並んで掲示板の前に立つ。
「ねえ、鈴」
「何だ」
「ここってやっぱり」
その後、言葉は続かなかった。私は、クラス替えの表を何度も確かめる。青葉のりんご組。一つ上に上がって、クラスは変わらず、果たして人は。
「私の名前は天笠凛です。よろしくお願いします」
拍手。私はもう自分まで拍手する事は無かった。
「僕の名前は跡部景吾です。よろしくおねがいします」
拍手。一年で、こいつの口調には慣れた。
「おれの名前はししどりょう。よろしくおねがいします」
「おれの名前はあくたがわじろー。よろしくー」
「おれの名前はむかひがくと。よろしくな」
ものの見事に集結してしまったのだった。
私はこの世界に住んで一年以上になる。生活には慣れて、不自由は無かった。この世界は、私が予測していたように、現実世界との誤差はほぼ無い。違うのは、私の知る人が存在しない事と、テニスの王子様という漫画の舞台が用意されていて、そのキャラクターが存在する事。それだけだと思っていた。
この世界が夢小説の世界だと、既に教えられていた。私はそれを、自分の空想世界としか捉えていなかった。この世界は、創作された日常と、補われた現実と、しかし、後は何で出来ている。
2009/01/16