堕落者18
おののき、たじろいでいた。その日、跡部とむーちゃんと、どのように言葉を交わし、何をして遊んでいたかも分からない。魂というものがあったのなら、私の体から抜け出して、私が手足をぎこちなく動かし、引きつった笑顔を浮かべる様を、見物していたのだろう。
導き出した答えをもって、これからも暮らしていくのなら、私は医者に掛かった方が良いのかもしれない。もし医者相手に私の論理を繰り広げたならば、それを妄想と名付けてくれる筈だ。しかし、わざわざ他人の元に訪れてまで、私が自分自身でそれを妄想だと疑えないのは、私のいるこの世界が異世界だという事が、疑いようのない事実だと、確信しているからだ。
鈴が迎えに来た時、私は自分から抱きついた。鈴は軽々と私を抱きかかえ、請う。
「テレポートをさせてくれないか」
頷くと、眩暈。
私は自分の部屋にいて、鈴はいつの間にかベッドに腰掛けて、私を抱きしめていた。
「どうした」
ここに来て、もう一年だ。それが、たった一年に成り下がった。いた人がいないだけで、いない人がいるだけで、それだけだと、せめて、そう思っていたかった。この導き出した答えに涙しない自分が、何より忌々しかった。
「鈴、猫の姿になって」
鈴は私をベッドに下ろすと、言いつけ通り猫になる。そして私の膝に乗った。私は彼の頭を撫でながら、呟く。
「ここってやっぱり夢小説の世界なんだね」
「ああ」
「この世界の主人公役、私なの」
鈴はすぐ返事をしなかった。
「むーちゃんが始めて会う私を受け入れたのも、跡部が私に話しかけたのも、私が、この世界の持ち主だったからなの」
夢小説は、全て、主人公のために出来ている。夢小説の中で、主人公はいつだって、不幸も知らず、その世界を独り占めにしている。
そして、夢小説の性質を思えば、物語の世界は、決して書き手のものでは無かった。書き手自身が読んでも、赤の他人が読んでも、主人公があくまで読み手である限り、夢小説はどんな時だって、読み手のものだった。
この世界の持ち主だった私が、主人公役を演じないわけがなかったのだ。
「その傾向は、あるにはある」
それは、鈴にしては曖昧な物言いだ。
「世界の成立は即ち、法則の成立だ。だからこそ、あなたの夢小説の世界は存在した。ただ、それだけではシンプルすぎて、あなたが生きられるような世界ではなかった。いくらか手を加えてこの世界は成立している」
相変わらず、彼の持論は分かり辛い。
「例えば、あなたの夢小説の世界が骨格だとすると、私が行ったのは肉付けだ。例えば、あなたの夢小説の世界が基盤だとすると、私が行ったのは構築だ」
黙っている私に、鈴は言葉を付け加える。
「世界には世界の秩序がある。その秩序を成しているのが法則だ。法則が無ければ秩序は無いが、秩序が無ければ法則は機能しない。あなたの持っていた殆どは法則だった。私はそれに秩序を加えて世界にした」
「つまり、私の夢小説の法則を元に、世界の秩序でこの世界が出来てるの?世界の秩序って何?」
「あなたのいた外世界の秩序を真似て、この世界の秩序にした」
「外世界って、現実の世界?」
「ああ」
鈴が、この世界をどう作ったのかはなんとなくだが理解できた。
「って事は、その法則のおかげで、私はむーちゃんや跡部と仲良くなれたの?」
「わからない」
私は耳を疑った。
「鈴にわからないなんて事あるの?」
「あなたの夢小説の世界が骨格であり、基盤だが、法則は秩序の上にしか発動しない。また、法則は秩序の範囲から出ない限り発動する。しかし事の成り行きは、秩序の織り成した結果かもしれないし、織り成された秩序に適合して発動した法則の結果かもしれない。そういった未知数の出来事の連鎖が、私の予知を狂わせる原因でもある」
「秩序は、現実みたいなもの?」
「秩序は、適合しなければ発動出来ない法則と違い、普遍だ。その普遍性を現実と名付ける人もいる。それから言えば、秩序は現実と言える」
その法則とやらの影響がどの程度かは計り知れなかった。しかし鈴によって、私の論理はただの妄想ではなくなった。 私は得体の知れない何かを感じ取り、私の常識や価値観が呆気なく覆る事を恐れていたのだが、その存在は、全く私を嘆かせるものではなかった。その正体が分かり、その作用を知った今、この世界に私を不幸にするものが何も無い事に放心していた。
しかし、進級して数日後、私達三人組の関係を揺るがす出来事が起きる。
導き出した答えをもって、これからも暮らしていくのなら、私は医者に掛かった方が良いのかもしれない。もし医者相手に私の論理を繰り広げたならば、それを妄想と名付けてくれる筈だ。しかし、わざわざ他人の元に訪れてまで、私が自分自身でそれを妄想だと疑えないのは、私のいるこの世界が異世界だという事が、疑いようのない事実だと、確信しているからだ。
鈴が迎えに来た時、私は自分から抱きついた。鈴は軽々と私を抱きかかえ、請う。
「テレポートをさせてくれないか」
頷くと、眩暈。
私は自分の部屋にいて、鈴はいつの間にかベッドに腰掛けて、私を抱きしめていた。
「どうした」
ここに来て、もう一年だ。それが、たった一年に成り下がった。いた人がいないだけで、いない人がいるだけで、それだけだと、せめて、そう思っていたかった。この導き出した答えに涙しない自分が、何より忌々しかった。
「鈴、猫の姿になって」
鈴は私をベッドに下ろすと、言いつけ通り猫になる。そして私の膝に乗った。私は彼の頭を撫でながら、呟く。
「ここってやっぱり夢小説の世界なんだね」
「ああ」
「この世界の主人公役、私なの」
鈴はすぐ返事をしなかった。
「むーちゃんが始めて会う私を受け入れたのも、跡部が私に話しかけたのも、私が、この世界の持ち主だったからなの」
夢小説は、全て、主人公のために出来ている。夢小説の中で、主人公はいつだって、不幸も知らず、その世界を独り占めにしている。
そして、夢小説の性質を思えば、物語の世界は、決して書き手のものでは無かった。書き手自身が読んでも、赤の他人が読んでも、主人公があくまで読み手である限り、夢小説はどんな時だって、読み手のものだった。
この世界の持ち主だった私が、主人公役を演じないわけがなかったのだ。
「その傾向は、あるにはある」
それは、鈴にしては曖昧な物言いだ。
「世界の成立は即ち、法則の成立だ。だからこそ、あなたの夢小説の世界は存在した。ただ、それだけではシンプルすぎて、あなたが生きられるような世界ではなかった。いくらか手を加えてこの世界は成立している」
相変わらず、彼の持論は分かり辛い。
「例えば、あなたの夢小説の世界が骨格だとすると、私が行ったのは肉付けだ。例えば、あなたの夢小説の世界が基盤だとすると、私が行ったのは構築だ」
黙っている私に、鈴は言葉を付け加える。
「世界には世界の秩序がある。その秩序を成しているのが法則だ。法則が無ければ秩序は無いが、秩序が無ければ法則は機能しない。あなたの持っていた殆どは法則だった。私はそれに秩序を加えて世界にした」
「つまり、私の夢小説の法則を元に、世界の秩序でこの世界が出来てるの?世界の秩序って何?」
「あなたのいた外世界の秩序を真似て、この世界の秩序にした」
「外世界って、現実の世界?」
「ああ」
鈴が、この世界をどう作ったのかはなんとなくだが理解できた。
「って事は、その法則のおかげで、私はむーちゃんや跡部と仲良くなれたの?」
「わからない」
私は耳を疑った。
「鈴にわからないなんて事あるの?」
「あなたの夢小説の世界が骨格であり、基盤だが、法則は秩序の上にしか発動しない。また、法則は秩序の範囲から出ない限り発動する。しかし事の成り行きは、秩序の織り成した結果かもしれないし、織り成された秩序に適合して発動した法則の結果かもしれない。そういった未知数の出来事の連鎖が、私の予知を狂わせる原因でもある」
「秩序は、現実みたいなもの?」
「秩序は、適合しなければ発動出来ない法則と違い、普遍だ。その普遍性を現実と名付ける人もいる。それから言えば、秩序は現実と言える」
その法則とやらの影響がどの程度かは計り知れなかった。しかし鈴によって、私の論理はただの妄想ではなくなった。 私は得体の知れない何かを感じ取り、私の常識や価値観が呆気なく覆る事を恐れていたのだが、その存在は、全く私を嘆かせるものではなかった。その正体が分かり、その作用を知った今、この世界に私を不幸にするものが何も無い事に放心していた。
しかし、進級して数日後、私達三人組の関係を揺るがす出来事が起きる。