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2 Years After -梯子をひとつ-

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 春雨降りしきる中、滝夜叉丸は裏山を駆けていた。

 いくつもの選択をしたのは、四年になって最初の授業。自分がどういう忍びとなるのか、なにを学びたいのか。教師と面談して決定していく。
「滝夜叉丸は戦忍志望か」
「はい。どんな忍務も、この優秀な滝夜叉丸にお任せください」
 特に戦忍志望の忍たまには、けっこうなアルバイト忍務があるという。これは、ふたつ年上の先輩情報。胸を張って言えば、お前は相変わらずだなと溜息を吐かれる。
「まあ、それはおいおいな。お前の家で反対はないと思うが、念のため聞くぞ。お前の未熟による授業での負傷や不慮の事故に対して、学園は責任を取らない。同意できるな」
「当然です。念書は提出したはずですが」
「お前自身の覚悟を聞いているんだ」
「ならば不問です。私は戦忍となるためにここに来ているのですから」
 偵察や潜入はもちろん、戦の際に発生するさまざまな影忍仕事。それは町の住人として溶け込めばよい陽忍と違って、多くの技術や能力が求められる。表向きはそれを深く学ぶために、この学園に入学したのだ。今更、迷うことなどなにも無い。
 きっぱり言い切れば、ひとつ頷いて担任は用紙にチェックを入れる。
「ではもうひとつ。この休みに、交合は済ませたか?」
「…はい。女も男も教えられてきました」
 ごく自然に問われる色の有無。予想していたとはいえさすがに半拍、息が詰まる。いつも通りの口調で答えられたが、もしかすると少しの動揺を悟られたかもしれない。
 失敗したと、内心、苦く思う。しかし、逆に担任のほうが目を見開く。
「…………そうか。いや、どちらも必要なことだ。お前の家ならば、間違いはあるまい」
 さすがに四年目ともなる担任は、当然だが滝夜叉丸の家のことは知っている。ならば驚くことでもないだろうに。取り繕った言葉尻に、はき捨てたくなる感情を押さえ込む。
「それはそうと、今年も体育委員になったそうだな」
 咳払いひとつ入れて話題を変える問いかけは、面談前の学級会で決めたもの。忍たまたち任せだから、教師はあとで学級委員長から報告を受ける。当たり前の確認に、はいと頷く。
「私以外に誰があの委員会が勤まると?」
「まあ、そうだな。七松が委員長になると内々聞いている。……頼むぞ」
 苦笑交じりの教師の声。それは憎めない問題児へと向ける、慈愛に満ちたもの。
 一年のときから振り回され続ける彼の人は、確かに無茶をよくするし困った人だ。だが、多くの人から愛される性格をしている。たしなめられたり、時には激怒されることがあっても、誰も彼を嫌わない。
「ええ。完璧な私がいるのです。七松先輩もさぞ心強いことでしょう」
「では下がっていいぞ。綾部を呼んでくれ」
 軽く請け負って見せれば、教師は頷くと退出を許可し次の生徒を呼ぶように指示する。
 ここでまた同じような問答が繰り返されるのだろう。喜八郎はなんと答えるのだろうか。迷いもせず、彼もまた戦忍としての道を歩むのだろうか。あれの才能は、守りの才だから。
「喜八郎、先生がお呼びだ」
 長屋に戻り、寝転がって本を読んでいる相手に声をかける。
「ん…。滝夜叉丸は終わったんだ」
「そうだ。だから、さっさと行け」
 でなければ、伝達もろくに出来ない忍たまと思われる。それはとても不愉快だ。
 はいはいと煮えきらぬ返事をして、喜八郎は起き上がるとすれ違いざまに一言、呟いて出て行く。
「……鏡で顔見たら? 酷い顔してる」
「えっ」
 問おうにも、すでに縁側をすたすたと歩いていく相手を引き止めるわわけにもいかず、仕方なく障子戸を閉める。言われた通りに鏡を覗き込んでみるが、いつもの美しい顔しか見当たらない。
 だまされたかと思う。反対に、見透かされたかとぞっとする。その瞬間、咄嗟的に部屋を飛び出した。
 春の雨はやわらかいけれど、日が落ちれば未だ冬の名残を感じさせる冷たさを孕む。
 理由もなく、ただ闇雲に叫び散らかしたい、どうしようもない衝動。それは、実家に戻るたびに滝夜叉丸の腹の中に溜まっていく。
 あの家では、忍はただの道具でしかない。そうして育てられてきたのに、この忍術学園では嫌な感情ばかりを覚えていく。それが人として必要なものなのだと頭ではわかっていても、だからといってどうしていいかわからなくなる。そうして、己の抱える説明しがたい感情に振りまわれるのだ。
「……早く、委員会が始まればいいのにっ」
 そうすれば、こちらの勝手などお構いなしに引っ張り回す人のせいで、余計なことなど考える暇もなくなる。委員会と鍛錬に明け暮れる日々が戻れば、それで……。
 雨宿りにともぐりこんだ大樹の幹を、力任せに蹴る。振動が伝わった一拍後、一斉にしずくが落ちてくる。まるで滂沱のごとし、だ。
「……っ、ハハハッ」
 枝下にいる意味などなく、頭巾をぼたぼたとしずくが叩いていく。びしょ濡れになった己があまりに間抜けで、ただただ可笑しかった。


「――ところで先生。滝夜叉丸も戦忍志望なんです?」
 ひとしきりの面談を終え、もういいぞと言われた後。不意に思い出したと喜八郎は口を開く。
「ん? ああ、そうだぞ」
「あいつ、ちゃんと誰かと寝たんです?」
 世話話の続きで聞けば、ひくりと教師の眉が動く。
「そういうのは、本人に聞け。お前は滝夜叉丸と仲がいいんだろう?」
「よくないですよ。普通です」
「だったら、どうして聞きたいんだ?」
「ただの興味本位です」
 微かに感じられていた、教師の緊張。それが最後の一言で呆れたという溜息に変わる。
「……ならば尚更、本人に聞け。お前は他人にもっと興味を持つべきだからな」
 もういいから下がれと追い出され、しぶしぶ部屋を出る。
 興味を持っているからこそ尋ねているのに、もっと持てとはどういうことだ。本人に聞いても失敗談はしゃべらないのに。
 それを数日後の顔合わせの日である作法委員会でボヤけば、今年も委員会に在籍する綺麗な先輩はからりと笑った。
「横着をせず、滝夜叉丸を問い詰めればいい」
「面倒ですよ、そんなの」
 まだ低学年の忍たまたちは部屋に来ていない。だからこそだらしなく床に寝転がっていれば、白い手が人の鼻を摘んでくる。
「それが興味がない証拠だ、喜八郎。興味とは己の労力をそうだと思わずに行動する力なのだぞ」
「…………」
 ごろり転がって指から逃げる。上座に座ったままの人は、追いかけるでもなし、また密やかに笑う。
「で、喜八郎。お前のはじめての経験はどうだったんだ?」
「言いたくありません。どうせ先輩も下世話な興味でしょう?」
「そうだ。だが、私はお前と違って、ちゃんとお前に興味があるのだ」
 手を突いてにじり寄ってくるその姿は、獲物を前にした猫のようで。この人が誰かをからかうのはよくある風景だけど、関わるのはゴメンだと勢いよく身体を起こす。
「吐いてもらうぞ、喜八郎っ」
「嫌ですっ!」
 それを見透かしたように飛び掛ってくるしなやかな身体。圧し掛かれて、ドスンと大きな音が立つ。
「…………なにをしてるんですか」