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2 Years After -梯子をひとつ-

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 ちょうど後輩たちを連れて来たばかりの浦風藤内が、障子を開けたまま呆れたとばかりに目を剥いている。委員長となるだろう先輩が自分よりひとつ上の先輩を組み敷いている図は、藤内の理解の範疇を超える。
「喜八郎を問い詰めているところだが……一年たちも来たようだから、また後にするか」
「それなら早く退いてください。重いんです」
 それにいつもの笑顔で応じる仙蔵を見上げながら、ばたばたと足を振って見せる。人影からこちらを見ている一年生がいたが、これぐらいで動じられていては忍術学園ではやっていけない。
「藤内、どう思う?」
「えっ……」
 同じことを思ったかどうかはわからないけれど、仙蔵までからかう気満々らしい。後にするといいながら、人の腹の上からびくともしない。
 藤内は一年の途中から作法委員になって、以来、ずっと作法委員を選んでいる。元々、一度決めた委員会を移動する忍たまの方が少ない。強制ではないけれど、続けたほうが勝手がいいからだ。それでも、この後輩は物好きだと思う。クセのある先輩たちに振り回されるのに、いつもこうして作法委員会の扉を叩くのだから。眉間に迷いのしわを寄せる後輩を見上げながら訴える。
「藤内も手伝ってよ。先輩、重いんだ」
「重いとはなんだ。鍛錬が足りないぞ」
「……先輩方、委員会を始めてください。一年生が戸惑います」
 がっくり肩を落として訴える。その後ろで、一年生の片方が興味津々といった風情で目を輝かせているのが見えた。


「七松先輩、今日の委員会は顔合わせだけのはずですけど」
「そう言うな、滝夜叉丸。うちの顔ぶれは変わってないんだし、だったら改める必要なんてないだろう!」
 めったに使われない委員会室で、変わりばえのしないメンバーが集まったのはほんの少し前。すぐにマラソンに行くぞと宣言する七松小平太に、滝夜叉丸は眉をひそめる。
「……そういう問題ではありません」
「ではどういう問題だ?」
 元々、体育委員は学園内でも体力自慢が集まるので知られているし、いつのころからか戦忍志望の忍たまばかりが集まるようになっている。おかげで、今年の一年は全滅だ。
「今期の計画を立てたりしなければなりません」
「そういうのは後でいいさ。休み明けのなまった身体を鍛えなおすのが先だ。いけいけどんど〜ん!」
 叫ぶが早いが、弾丸のように小平太が飛び出していく。一瞬顔を見合わせて、次屋三之助も時友四郎兵衛も小平太を追いかける。それは去年から体育委員会ではごく自然な光景だから、溜息を吐いて滝夜叉丸も走り出す。
 忍術学園に来てから驚いたことはいくつもある。それまでプロ忍に囲まれて育った目には、同学年の忍たまたちが驚くほど幼く未熟に見えた。一方で、上の学年の忍たまたちの中には、飛び抜けてすごい人もいた。前方でぴょんぴょんと跳ねる米粒ほどの背の持ち主もそうだ。底抜けの体力で、いつも周囲を振り回す。
「七松先輩っ! 止まって!!」
 四郎兵衛が目を回し、いつの間にか三之助も消えている。去年は六年生がいたから、まだマシだったのだ。もう彼の暴走ともいえる勢いを止めるのは、自分しかいない。
「いけいけ、どんど〜んっ!」
 止まれ、と言っているのに返ってくるのはそんな言葉。その背を追うのを諦めて、三之助を探すため来た道を折り返した。
 そうして夕暮れまで裏山以下を駆け回り、日が落ちてから学園に戻る。いくら実家で鍛錬はしていても、こんな長距離を走り回るのは学園にいるときだけ。すでに魂を飛ばしている四郎兵衛を小平太に任せ、自失呆然に近い三之助を井戸経由で三年長屋に連れて行く。
 去年もこれが当たり前で、きっと今年もずっとこんな調子なのだろう。困った人だと溜息が出て、それが自然と笑みに変わる。
「……なに笑ってるんすか。気味の悪い」
 冷たい水で顔を洗って人心地ついたのだろう。三之助が訝しげな顔でこちらを見ている。疲れて頭がおかしくなったとでも思われたのか。とりあえず一発殴っておく。
「美しいと言うならともかく、気味が悪いとはなんだ。失礼な奴め」
「暴力をいきなり振るうほうが、よっぽど失礼だと思いますけどね」
 わざとらしく小突かれた頭を撫でるので、では、とまた拳を握る。
「殴らせてもらうぞ、三之助」
「嫌ですよ。もうヘトヘトなんだから、アホなことにつき合わせないでくださいよ……」
 先に言えばいいってもんじゃないんです、などとよほどこいつのほうがぐだぐだと続けてくる。その声も、いつもの忍術学園の日常の一部。それがようやく帰ってきたんだという実感が、じわり心に染みこんでいく。今なら小憎らしいことを言うこの後輩でも、思いっきり抱きしめてやりたい。
「……ちょっと、滝夜叉丸先輩。本当にアタマ大丈夫です?」
 嬉しさに緩む頬が止められない。本格的に人の様子を疑いだした後輩を、容赦なく叩いてやった。


***


 いくら学年が上がって本格的なことを始めるといわれたからといって、日常が劇的に変化するわけではない。
 ただ今までより授業の難度は上がったし、己が目指すものがはっきりしていればしているだけ、学ぶものが増えてくる。そうして出来る忍たまとそうでない忍たまの差は、夏休みを前にしてますます広がり、後者は大抵において卑屈になっていく。
 そんな輩を一々相手にしていては時間の無駄だし、こちらのレベルも下がってしまう。これまでの滝夜叉丸ならばそう思って切り捨てていたのだが……。
「滝夜叉丸君〜! ちょっと待ってよ」
 遠くから手を振って駆けてくるのは、つい先日、この忍術学園に入学してきた年上の同級生、斉藤タカ丸。
 世話役を買って出て以来なにかと会話を交わすようになった人は、驚くほど忍たまとしての出来は悪い。どれぐらい悪いかといえば、入学当時の一年生と遜色がないほどだ。
「足元を見ずに走ると落ちますよ。その辺、喜八郎が穴を掘っているはずです」
 そんな人にこちらも声をはって注意を促すと、ぴたりと長身の影が止まる。
「えっ……印ってどれだっけ?」
 喜八郎の穴に落ちるといえば不運で知られる保健委員会が定番だが、実際のところ、タカ丸も高確率で落ちている。さすがに最近は本人もピンと来るものがあるらしく、落ちる率は減っているようだ。ただ、合印で理解するのではなく勘だというのだから困ったものだ。
「あいつの印は黒い石が三つですよ。……とにかく、そちらに行きます」
 遠目にも困ったと首を傾げるその人を、かつての自分なら軽蔑していただろう。判らないならば、どうして判ろうとしないのかと。
 でも、この人は自分の無知を知っている。一年の忍たまたちと机を並べ学ぶことを、恥と思っていない。口さがない忍たまたちはそんな彼を哂い、滝夜叉丸自身もはっきりいって理解できない。はるか下の忍たまと一緒に学ぶなどプライドが許さないではないか。
 だからどうしてそこまでするのかと、嫌ではないのかと聞いたことがある。
 よく聞かれる質問なのかもしれない。少し驚いた人は、すぐに笑って「どうして?」と逆に問い返してきた。
「無知でいることが、一番怖いことだと思うんだ。知らないことを知らないと言うのは当たり前。だから学ぶんだよ。僕も、きっと滝夜叉丸君も」