二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

堕落者22

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
笑顔で追いかけてくる彼らに、嫌だなんて言えなかった。本心ではない事を言って、彼らが他へ駆けて行くのを見たくなかった。他の子を追いかけている二人を見かけた時、ほっとする反面、その実、寂しさを感じていたなんて。それでも私は、振り回され疲れ果てた自分ばかりに思いを馳せ、挙句、暴挙を成し遂げたのだ。
何度もこの世界の事を鈴に聞いて、自分の好きなように体を作り変えて、私はどうしても、自分が特別な何かになったのだと、錯覚しそうになっていた。時には身の程知らずと罵って、そうしないと、自分を忘れてしまいそうだった。というのに、私は、自分から錯覚に陥ろうと画策していたに違いなかったのだ。
「あの」
 ひよちゃんの声がする。しかし、私は振り返らない。私は、俯いて、答えない。私の目は潤みだし、いずれ雫を落とす。落ちる涙は床を汚して、それがとても居た堪れない。
 私は、この身の不便さを呪いながら、立ちすくむ。核心を突かれて、反論が出来なくて、泣いて、自分の子供らしさに感服する。これだったら、入学前、鈴に出してもらった本の山は、いらなかっただろう。そうして、すっかり泣き慣れてしまった自分にうんざりし始めている。
 息は既に落ち着いていた。
「どうした、んですか」
 近くにひよちゃんの足が来た。その優しい声色に、もしかして、こんな私の事を、心配そうに見つめてくれているかもしれない、と気付いて、答えるべき言葉を必死に探す。
 すると、もう一つ気配が近づいた。
「また、目にごみでも入ったのかい」
 助かったと言わんばかりに、私は頷こうとするが、
「ばか、ですか、あんた。そんなわけないじゃない、ですか」
 ひよちゃんの言葉に身体を強張らせる。
 腕を引っ張られ、やっと顔を上げると、ひよちゃんは苛立だったような口調で言った。
「さっさといきましょう」
 ひよちゃんに大人しくついていく。気がついたら、傍らにはむーちゃんもいて、俯いた顔は中々上げられなかった。
 子供達の陽気な声が耳に響いてくる。したしたと、涙はまだ止んでいないけれど、しゃっくりも上げていない私を、大人達が気付く素振りは無い。小さな手のひらが私を強く引っ張り上げてくれるので、不思議と足取りだけはしっかりしていた。
 導かれるまま歩んでいくと、人の声がだんだん離れていく。歪んだ視界に、カーペットの色が揺らめいて、私は手で目を拭い、それでも、そのマゼンタの色が柔らかく目に溶けていく。
 周りの音もかすかになり、ふいに、目に映る色が鈍くなる。顔を上げると、ここは、物置だった。薄暗く、物に溢れかえっているこの場所は、かくれんぼの時に入り込んで、物陰に隠れたこともある。身を隠すのに向いていて、隠れるのに向かない場所だったので、最近は近寄らなくなっていた。
「さっきの人に、なに言われた、んです」
 じっと、ひよちゃんがこちらを覗き込む。どこからか淡く光が差し込んでいるのか、その目が、この薄い闇の中でも澄んでいるのが分かる。
「何にも」
「なら、もしかしてぶたれた、んですか」
「ううん」
 私がすんなり首を横に振ると、彼は不思議そうにする。
「じゃあ、なんでなく、んですか」
 その問いかけの答えは、私の中で、はっきりと形作られていたけれど、ひよちゃんと正面から向き合って、むーちゃんには見守られ、私は閉口する他無い。
「おい、おまえはなにかしっているか」
 ふいに、ひよちゃんはむーちゃんに尋ねる。
「……しらない」
 むーちゃんは跡部と仲が良いけれど、そもそも、これは跡部には関係のないことだ。自分のツケが回りに回って戻ってきただけのことで、その事実にやっと目を留めることが出来、以前までの我が身を思って流した涙なのだ。
「……りんさん。…どうしたら、なかないですか」
 むーちゃんはそう言って、ずっとこちらを見守っている。
「ほっといてくれれば」
 この副作用とはかれこれ付き合いも長くて、もう以前のような激しさはない。自分がどういうときに泣いてしまうのか、はっきりしてしまったので、いずれこんな事もなくなるだろう。
 二人は私をほっとかなかった。けれど、それ以上私にしゃべりかける事はなかった。彼らに見守られ、私の悔し涙の、その雫が変わって行く。涙は優しく目を潤して、私の頬を細やかに伝っていく。
物置の傍、ぼんやりと、七夕の時に見た立て札が、並んでいるのを見つけた。
「やーい、あめちゃーん」
 ビビット二人組みは、何故か鬼ごっこを要求しなくなった。その代わり、私の顔を見ると、そうしてからかってくる。すれ違い様の戯れは、直ぐ去っていくので、ただただ見送っていた。そして、そのネーミングセンスに、素直に感心してもいた。
 けれど、私はもう泣かなかった。そして、泣く必要もなかった。だって何の不満も無い。私は、ひよちゃんとむーちゃんと、遊んでいる。
 季節は秋になり、随分経った頃、久しぶりに跡部が、私の前に来て、何かを差し出した。
「お誕生日会の招待だぞ」
 そして、そうしたのは私だけではない。跡部は他の子を見かけると、その子にも、私と同じ便箋を渡した。跡部は、今まで遊んでいた子全てに、その招待状を配っていた。
 その日家に帰ると、鈴はその晩、ケーキを用意してくれていた。
「お誕生日おめでとう」
 去年、跡部のお誕生会にいって、それをきっかけに、誕生日は祝うものだと知ったようだった。そして、彼は私の前でも、父親を演じてくれたらしい。
 彼が蝋燭を立てて、火をつけていく様を、私はとても不思議な気持ちで眺めている。目の前に起こっているのは、指先に火を点し、一つ一つ蝋燭を点けていく、彼の動作。それはとても不思議な事ではあるけれど。私の目の前にケーキがあって、そこに乗っかっているチョコレートプレートには、「おたんじょうびおめでとう」とホワイトチョコで記されていて、私はそんな事鈴には言わなかったのに、鈴は何にも触れず電気を消した。
 蝋燭に照らされるケーキが、揺れて、鈴は歌い始める。本当は毎年聞きなれていた筈のそれを、歌う。あの、あの仔猫の姿に似つかわしくない、低い声で、ゆっくりと。
 私の心は震えていた。今日は十月一日、私の誕生日、もうこの世界に、私がいる事を祝ってくれる人なんて、一人も居ないはずだった。目の前の人でも猫でも無い彼は、私の言う事を忠実に叶えるばかりなのだと思って、それ以上のことなんか無いと思っていた。
 いや、これは、私の命令の結果に過ぎない。彼は私の願いを叶えてくれているだけだ。
「おめでとう」
 歌い終わり、そう囁く彼に、どうしても愛情を探し当てようとしてしまい、けれど、私は蝋燭を吹き消した。何もかも、もともとなかったように、一瞬、真っ暗闇となった。だから、明るくなる前に、頬を拭った。
 この頃、気持ちに整理がつかないでいる。
作品名:堕落者22 作家名:直美