堕落者23
この教室の殆どの子は、分かりはしない。出来るのは、聞く事だけ。人の顔を見て、背中を真っ直ぐにして、ただそれだけ。教諭たちの言葉が伝わるのは、今私の隣にいる子供だけだろうと、思いふける。
教諭達は、易しい言葉を選びながら、にこやかに私達へと語りかける。それは、恵みだ。こうして、一部の大人たちに作られた世界に、幼ない彼らは守られる。美しい事ばかりを教えられて、幼い彼らは、美しい世界の内側で呼吸している。けれど、その殆どの子は、まだまだ、美しい世界の事も無知で、こうして、良い子の姿勢をしては、褒められるのだ。
いずれ、自分の目で世界を見て、聞いて、触れて、そうして、そこから抜け出さなければいけないけれど。だからこそ、跡部が無事で良かった。恐い思いをしていなくて良かった。記憶を操るような暴挙を為すことなく、彼の平穏は保たれた。どうせ、知ってしまうけれど、やっぱり、彼には早すぎる。彼はまだ、内側で守られていれば良い。
春が来て、むーちゃんとひよちゃんは同じもも組になった。私と跡部は変わらない。私はその一つのクラスを訪れるだけになり、跡部は相変わらず、他の子と仲良くやっている。教室遊びも、隣にはいない。
「あめちゃんひとり―?」
遠足の日も、跡部は他の子と遊んでいる。
「おれたちとあそぼーぜ!」
「だいじょーぶ、おにごっこはしないから!」
そうしてビビット二人組みは、大人しく私の返事を待ってくれているようだった。あれ以来彼らも成長しているらしい。私は頷いてやることにした。
そして彼らに連れ回される。あっちへいこうぜ、いやこっち、とひっぱり回され、この公園は何度も来ているのに、こんな遊具もあったのかと思い出す。ふと、跡部にもこうして遊んでもらった事を思い出す。
ベンチに座りたいなと思っても、二人はまだまだ元気だ。再びアスレチックへ行こうとしたので、私は足を止めた。
「ジャングルジムにしない?」
疲れたわけじゃないけれど、ただ、どこかに腰を掛け、ゆっくり公園を眺めてみたかった。二人はあっさり賛成してくれたので、さて登ろうかと手を掛ける。
「りん!」
手を掛け片足を上げた、間抜けな体勢のまま振り返ると、そこには見慣れた彼がいた。
「何をしてるんだい」
遅れて、女の子達が彼の後ろからやってくる。
「なんだおまえ」
向日がそう尋ねても、跡部は私から目を反らさなかった。
「あとべくん、きゅうにどうしたのー?」
「ジャングルジムにのぼるの?」
女の子達がそう言うと、跡部はやっと口を開く。
「これから僕たちがジャングルジムであそぶから、君たちはほかをあたってくれ」
「はあ?なんだそれ」
「だめなんだーひとりじめー」
上がっていた跡部の息は、少しずつ整えられていく。私はそれを見届けると、二人組みに声を掛けた。
「ブランコ、丁度人少ないから、そっちいく?」
二人組みは私の指差すほうを見ると、返事もせずに駆けて行く。私は、浮き立つ気持ちを抑えながら、彼らの後を追った。そうして順番待ちの最後尾に着き、振り返ると、女の子達の後ろ姿が見える。跡部はジャングルジムにいなかった。
2009/07/15