堕落者25
「え?」
「そんなに良い子なら、まだ気付かなくても良かったのに」
私は呑気に、彼に感嘆していた。まだ七つにも満たない子供が、そんな事に頭を悩ませるのが、私には信じられなかった。悩むにも時期というものがあるだろう、何故彼は今、悩まなくてはならないのか。
「僕は良い子じゃない」
「良い子だよ」
「だって、だってお母様は、皆が仲良くいるために決まりがあって、それを守らない子は間違っているけれど、そんな子とも仲良くしましょうねって言うんだ。けれど僕は、決まりを守れない子をきらいになってしまうんだ。僕をさらった人のように、けだものだなんて思わないけど、いっしょにいるのもいやになってしまうんだ。僕はひどいよ。皆同じ人間じゃないか。なのに、すききらいができるなんて。だけど、考え出すと、とてもふしぎなんだ。決まりって、正しいことだけど、正しいことなのに、なんで守らない人がいるんだい。正しいのに守らないなんて、まちがったことをするなんて、おかしいじゃないか。そうしてよくよく考えると、まちがいもよくわからなくなってくる。お母様は、人と仲良くしないのは、人とけんかするのは、いけないっていうけれど、決まりを守らないわるい子とも仲良くしないといけないとも言った。だけど、僕は、決まりを守らない子はきらいで、いっしょにいるのはいやだけど、そう思うのは間違いなんだろう?だから僕は良い子じゃない」
「決まりって?」
「正しいこと」
「跡部」
私は、強い口調で彼の名を呼んだ。彼は弾かれたようにこちらを見やる。
「跡部、お母さん大好き?」
突然の質問に、戸惑ったようだが、彼はこくりと頷く。
「跡部って、何が知りたかったんだっけ」
「何が正しくて、何がまちがいなのか」
「跡部は、人と仲良くしないのは間違いなんだ」
彼は頷いた。
「嫌いな子なんて、できちゃいけないんだ」
彼は頷いた。
「なんで?」
「だから、それが分からないんじゃないか!何が正しくて、何が間違いなのか、分からないんだ。分からないんだよ。間違った事はしたくないのに、分からないんだ」
「私に聞いて、いいの」
「ああ。君は知っている気がするんだ」
「私が?」
「知らないのかい」
「跡部、お母さんが大好きなんでしょ」
「うん」
「なら、知らなくてもいいよ」
「僕は知りたいんだよ!」
「何で?」
「君!さっきから、何で何でって!いやなんだ、なんか、頭がぼうっとして、気味が悪いんだ。それが、いやなんだよ」
「跡部、嫌じゃなくて、それは、不安だっていうんだよ」
「不安?」
「跡部、ごめんね」
まだ七歳にも満たない、母親の言う事を聞く素直な子に、私はいったい、何を話そうというのか。長い間一人で悩んでいた、賢いこの子に、何を伝えられるというのか。
「ごめんね、跡部、今から話す事と、跡部が知りたいこと、違うかもしれないけど」
2009/07/25