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堕落者28

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「じゃあ、僕らは今からふうふだね。お父様とお母様も、ふうふなんだ。ふうふだから、よく、キスをしていたんだ。いっしょにいたんだ。だから、僕たちもそうしよう」
 意気揚々とそれを告げた。私は彼の笑みを見習って笑い、頷いた。彼は立ち上がって、私もそうするように言い、私達は向き合った。彼は私の名前を呼び、私が大好きだと言った。私も彼を呼んで、大好きだと続けて言った。すると彼から私を抱きしめる。その短い腕で、私の体を力任せに抱きしめる。やっと私が抱きしめ返すと、腕を緩めて再び私と向き合い、私の口元近くへ、彼の唇を落とした。
「これで、いつもいっしょだ」
 私の心は、七夕のあの日に戻っていく。再会を祈る彼の願いは、叶えられない。けれど大丈夫、彼はそんな思い出を、その頃には忘れているだろうから。人との別れを惜しむ彼の気持ちは、これから過ごすだろう彼の日々の中で、淡く消えて行く。彼は、悲しまずに済む。それはとても幸福な形なのだ。
 私は前日、昼休みを終えると、すぐさまひよちゃんの元へ行った。歯ブラシを握って水のみ場へ向かう彼を捕まえて、あまりに急いでいた私の第一声はこうだ。
「私、氷帝からいなくなるの。だけど誰にも言わないで」
 昼食から戻ってくるだろう彼らの影に怯えながら、私は早口に事の次第を説明した。転校して別の小学校へ通う事になったと、けれど跡部たちにそれを言ったら悲しむだろうから言わないでと、そう言った。
「もう会えない、んですか」
 ふいにそう聞かれ、私はうっかりこう答える。
「小学校を卒業したら戻ってくるよ」
「本当、ですか」
「うん」
 ひよちゃんのホッとしたような表情を見て、私は自分の不届きに気付く。
「だから、明日からもういないんだ」
「そう、ですか」
「むーちゃんはイギリスに行くらしいの」
「いぎりす、ですか」
「あのね、ひよちゃんとは、今日でお別れなんだ、私達」
 やっとの思いでそう伝えると、ひよちゃんは、先ほど緩ませた顔をみるみるうちに強張らせた。
「私、氷帝からいなくなるの。むーちゃんはイギリスに行くの。ひよちゃんは」
 その先を言葉にできないまま、むーちゃんと跡部の二人は戻ってきてしまい、私は小さな声で「さようなら」と述べただけだった。
 私は、跡部たちに出会ってから、何度、自分の浅はかさを知っただろうか。けれど、私はもう、落ち込むことは無い。だって、六年もの断絶が私達にはある。そして、それから先、知り合う事は無い。
 私は、六年だと頑なに信じていた。小学校卒業後、氷帝に戻る事を、当たり前に思っていた。
 



2009/08/05


作品名:堕落者28 作家名:直美