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ポロン

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 突然、問いかけにかわってイギリスの顔をみる。イギリスは相変わらずの表情のまま、アメリカの前までやってきて。ソファに座るアメリカを見下ろした。
「いつから、弾いてた」
「さぁ。つい最近だよ」
 嘘をついた。別に、しられて困る物ではないけれど。口から出てきたのは嘘だった。イギリスは「そうか」とまた口にした後、アメリカの横に腰掛けた。
「嘘だな」
「え?って、いたい!いたたたたたた!」
 アメリカの隣に座ったイギリスは言葉を発した後、アメリカの腕をひねり上げる。痛みに思わずアメリカも大きな声をあげた。
「痛いじゃないか!」
「つい最近であんなに弾けるかばーか」
「そ、れは」
 内緒にしておきたなら、別にそれでもいいんだ。イギリスはピアノに視線を向けつつ、アメリカに話しかける。結局何が言いたいんだい君は。アメリカも気が気ではなくて、とうとう疑問をイギリスにぶつけた。

「嬉しかった」
「え?」
 嬉しかったんだよ。イギリスはそっぽを向いて、声を荒げる。後ろ姿しか見えないが、イギリスは耳が真っ赤で、不満も不平も。すべてが笑いに変わっていった。可愛い、と思ったかもしれない。かつての育ての親、兄にあたる人にこんなことを考えているのはおかしいだろうか。
「俺、本当はお前が嫌々ピアノ教わってるんじゃないかって考えてたんだよ」
 お前ずっと、俺が口うるさいって言ってただろう。言い出したくても、言い出せなかったんじゃって不安だったんだ。イギリスは『嬉しかった』の理由についてアメリカに語り始める。だけど、遠回し遠回しに言葉を巧みに変えながらさけている話題があった。
 独立してから、とは言わなかったのだ。アメリカがイギリスに対して不満を募らせていったきっかけが口うるささにあった。そして伝統や古いものを好む思想も。イギリス領なのに、本国とは思うこと考えることが異なっていく。すれ違っていく。次第に、国民は蜂起した。
 ピアノを教わっていたのはもっとずっと前になるので、イギリスは独立後アメリカはピアノを続けていないと考えたのだろう。確かに、続けようとは思わなかった。きっかけは、本当にただ偶然。

「腕もなかなかだしな。凄いよ、お前」
 忘れかけていた、羞恥心が再び首をもたげて心のなかで目を覚ます。
「アメリカ?」
「み、みないでくれ」
「顔真っ赤だ。熱でもあるんじゃ」
 ああ、近づかないで。今の俺は、何をしでかすか分からないから。お願い、近づかないで。触らないで。
「本当に、大丈夫だから」
 アメリカの必死の願いも空しく、イギリスの少し冷たいてがアメリカの額に触れた。アメリカより若干したにある目線は今アメリカの目をこえて額に注がれている。少し顔が近いせいで、グリーンアイがよくみえた。深い色に吸い込まれそうだ。
「熱はなさそうだ。よかったな…っん」
 瞳に吸い込まれて、まぶたに唇を落とした。びっくりした顔を浮かべるイギリスがアメリカを見上げる。どうしたんだ、と言葉を紡ぐ唇にまた吸い込まれる。両腕でイギリスを抱きしめた。ああ、禁断の果実に触れてしまった。
「アメリカ、何…おま、んぅ」
「イギリス」
 耳元でささやくと、体がピクンと震えたのが腕越しに伝わってきた。
「俺がここでピアノを弾いてた理由を、聞きたいかい?」
 二、三秒間をあけてゆっくりとイギリスの首が上下に動く。
「君のことを、考えて弾いていたんだよ」
「え?」
 例えば、君がフランスを飲みにいくって知ったとき。
 例えば、君とけんかしてしまったとき。
 例えば、君と会議で意見が割れ対立したとき。
 例えば、君は日本の家に泊まりにいってしまったとき。
 例えば、君が俺を子供扱いしたとき。

「苛々がおさまらなかったんだ」
 埃をかぶったピアノ。おした鍵盤。歪んだ音が、胸にしみ込んでいく。

「苛々の理由はいつも君だ」

 昔のことを思いだす。穏やかな時間、優しいメロディ。微笑む君、君の笑顔がみたくて努力した俺。
「どこへぶつけたらいいか分からない、だからピアノにぶつけたんだ。イギリス、俺は」

***

「あ、これ」
 こんな所にあったのか。アメリカはそれを大事に抱えて、屋根裏の階段をおりていく。
「イギリス、これ!懐かしいだろう?」
 アメリカがイギリスにみせたのは、小さなピアノ。今のアメリカにはもう、それはとても小さなイサイズだったけれど。
「あの頃は、もっと大きく感じたものだけど」
「それはお前が大きくなった証拠だ」
「これ、まだ弾けるのかな」
 よいしょ、とかけ声をつけてピアノを床におろした。埃まみれな所は、あのスタンウェイと同じだった。埃を簡単に払って、鍵盤をおした。


  ポロン


「イギリス!なった、なったぞ!」
「みりゃー分かる!大げさなんだよ」
 だって、考えてもごらんよ。いったいどれだけの時間がたっていると思うんだい?れっきとしたピアノならともかくおもちゃのピアノが今もなお音を持っているなんて。感動するに決まっているだろう。
「っと、いけね鍋!」
 キッチンの方から、お湯の吹きこぼれる音に反応してイギリスがキッチンの方へ飛んでいった。いらないといったのに、何か作ってるなあれは。今作っているということは、夕ご飯か。屋根裏の掃除を始めたら結局ほぼ一日かかってしまった。
「しかも、今日で終わるとは思えないな」
 これもすべて、日頃からの整理整頓が大切だ!と突然上がり込んできて掃除を始めたイギリスのせいだ。あとで文句のひとつでもいってやろう。アメリカはそう心に決意する。
「とりあえず今は」
 ピアノに向き直る。子供用のピアノはアメリカと同じくらいだったはずなのに、もう片手でも抱えることが出来るほどの大きさだった。子供向けに赤く塗装されたピアノも埃や汚れで赤黒く変色している。あとで拭いてあげよう、きちんと濡れたもので。
「わ、軽いなぁ鍵盤」
 先ほども思ったことだったが、子供用だけあって鍵盤がとても軽い。そっと触れただけでも押せてしまうほどの軽さだ。よくこんな軽さで弾いていたなぁと、改めて月日がたったことを感じさせられる。
「よし、それじゃあ」
 アメリカはピアノの前に座り込み。ゆっくりと鍵盤にふれて、演奏を始めた。


「アメリカのやつ」
 別の部屋から聞こえてくるピアノの音。きっと鍵盤数が足らないのだろう、単調なメロディが聞こえてきた。
「仕方ねぇなぁ」
 イギリスは両腕の袖をまくって、目の前のグランドピアノに腰掛けて鍵盤をたたいた。しばらくして、ドタドタと激しい足音と共にアメリカが部屋のなかに入ってくる。もちろん、小脇にあのピアノを抱えて。

「お前、掃除は?」
「今日は終わり!もう面倒くさいから明日にするんだぞ」
 それって明日になったって大差ねーよ。と、イギリスが笑いながら言った。
「ねぇ、イギリス。さっき君が弾いてた曲ってなんだい?」
「あぁ。フランツ・リストの愛の夢三番だ」
 リスト、リストか。アメリカは一人ぶつぶつ呟いて、ピアノの椅子に座るイギリスに変わってくれと声をかけピアノの前に座る。
「リストって、これもリストかい?」
 そういって弾き始めた曲に、イギリスは首を傾げた。
「リストにこんな曲あったか?」
作品名:ポロン 作家名:新羅あおい