天に飛び立つ銀の鳩
くすくすとルーピンはちいさく肩を揺らして笑う。あいしていると繰り返す。分かっていると何度答えても伝えたいのだと譲らない。そのくせ、あいしていると言えば分かっていると受け流す。何度口にしてもさらさらと地面にこぼれてしまうようで、ふたりは繰り返す。あいしている。あなたのことが、とてもたいせつ。もっときちんと伝えておくべきだったと後悔は胸を裂くから、何度でも声に出す。あいしている。あいしていた。とても。
ハリーの肩に手を置いたままで、ルーピンが顔を上げた。ハリーも目を上げる。
「次のベンチにしましょうね。釘が出てても、足がぐらぐらしてても、文句言いませんから」
「景色が悪くても?」
「うーん、それは確認してから」
ハリーが笑うと、ルーピンも笑った。腕をすこしだけ触れ合わせて、どちらからともなく歩き始める。緩やかに続くカーブを辿る。太陽は過ぎた時間の分だけ西に動き、ハリーの影は少し伸びてルーピンの足下にかかっていた。
「帰りのバスは何時?」
「4時です」
「時間はまだ大丈夫?」
「大丈夫ですよ。パイもりんごもちゃんと食べてから出ます。と、いうか」
「いうか?」
「先生にちゃんと食べさせてから出ます」
真顔で言うと、彼は心外だとばかりに目をしばたたかせた。
「ちゃんと食べさせてって、ハーマイオニーにも言われてるんです」
「食べてるのに」
「信用されてないんですよ」
「おかしいなあ」
「ねえ先生」
「なあに?」
「僕はどこにいてもあなたのことを思ってる」
彼はゆっくりと笑って、ありがとう、と言った。
「だから、ひとりでもちゃんと食べてくださいね」
「努力するよ」
「約束してください」
「約束する」
ハリーは満足して頷いた。日曜日が終われば、彼らはそれぞれの場所で生きていかなければならないのだ。
「君もね」
ルーピンは釘を刺すことを忘れない。
「ええ、約束します」
しばらく歩くと次のベンチが見えた。景色は悪くなさそうだと頷きあって、ふたりはほんのすこしだけ足を早めた。パイを食べてりんごを齧って、オレンジジュースを飲まなくてはならないのだ、僕たちは。逃げることはできない。それは彼が絶対に許さない。僕たちにはそれが分かる。
空は青い。風は葉擦れの音をふりまく。鳥は白く光る。ベンチはなに食わぬ顔をしてそこにある。世界はこれほど大きな欠落を抱えているというのに、変わらずに回り続ける。腹立たしいほど穏やかに色を纏って。
ハリーは手を伸ばそうとして止めた。ルーピンがそれに気付いて、ハリーの手を取る。
もうすぐ週末が終わる。