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みんな目金を好きになる

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 二月十四日。バレンタインデー。
 日本では女性が気になる人や、お世話になった人へチョコレートを贈る日だ。
 ここ雷門でも、そんな光景が至る場所で行われている。
 目金は本校舎二階の廊下から、グラウンドを見下ろしていた。コンタクトに替えた瞳が、外の木の端で女子が男子にチョコを渡す現場を捉える。そんな彼の背を生徒たちは行き交い、声をかける者はいない。
「これで良いんですよね」
 一人呟いて、一人で納得させる。今年のチョコレートは明るいクラスメイトが全員に配ってくれた義理チョコ数個。本命はなく、去年よりも少ない気がする。あのまま眼鏡を外さなければ、学年トップの収穫率を手に入れただろうが、それももう想像であり思い出でしかない。薬の効果が完全に無くなる頃まで、眼鏡をかけるつもりは全く無い。
「目金くん」
 聞き慣れた声がして、振り向けば木野がいた。
「あの時はごめんね」
 彼女は手を洗って水に触れただけなので薬の効果が切れるのが早く、あの日の内に自我を取り戻した。こうして一日一回、謝ってくる。その度に目金は首を振るい、そっと微笑む。
「良いんですよ。それもこれも薬のせいなんですから。貴方のおかげで僕の眼鏡も割れずに済みましたし」
 目金が投げつけた眼鏡は、木野が必死に受け止めてくれたおかげで傷一つ無い。鞄の奥の眼鏡ケースの中で再びつけてくれる日を待っている。
「あのね、夏未さんが呼んでいるわ。三階の部屋に来てくれないかしら」
「ええ、良いですけど」
 木野の後ろについて、目金は三階の夏未の部屋へ行く。
 そこには夏未の他に音無もいた。
「目金くん、ここに座って」
 可愛らしいアンティークのテーブルを囲む椅子に座るように促す。木野も座り、女生徒三人に向き合い、挟まれる形になった。
「場寅。お願い」
「かしこましました」
 夏未の呼びかけに、場寅が棚からケーキを取り出してテーブルの真ん中に置く。ケーキはいかにも今日の日の為らしい、チョコレートケーキだ。
「私たち三人で作ったのよ」
「夏未さんはナッツを降りかけただけですけどね」
「音無さん?」
「はいすみません〜」
 一言多い音無は、しゅんと反省した素振りを見せ、三人が笑う。
「貴方のおかげで雷門は救われた。バレンタインを無事に迎え入れられて嬉しく思います。これは理事長の言葉と捉えてもらっても構わないわ。これは私たちから貴方への感謝の気持ちよ。木野さん、音無さんも本当に有難う。一緒にわかちあいましょう」
 場寅がケーキを綺麗に四等分に切り分け、丁寧に皿に載せて四人の前に置いた。コーディングも中身も美味しそうなチョコレートだ。
 紅茶も注いでくれ、良い香りが漂う。
「いただきます」
「いただきまーす」
 夏未がフォークを入れると、目金たちも食べ始める。口の中にチョコレートの味が広がり、思わず笑顔がこぼれた。
「夏未さん、木野さん、音無さん。本当に美味しいです」
「夏未さん。ナッツ美味しいですよ」
「音無さん……。ふふふ、お紅茶にミルクを入れてさしあげましょうね」
 しつこい音無の紅茶に夏未はミルクを大量に入れてやる。さながら紅茶オレだ。
「マイルドです」
「私も入れるわ」
 音無の感想に、木野がミルクの小瓶を受け取った。
 和やかなお茶会の時間が穏やかに過ぎる中、場寅が夏未に学校新聞を渡す。
「あら。今日発行のものね」
 新聞の記事に大きく飾られる写真は、雷門の校章を形取った大きなチョコレートであった。横の文字には“新聞部より雷門へ愛をこめて”と添えられている。夏未たちだけにわかる、部長なりのせめてもの詫びの気持ちだろう。
「貴方たちも見て。私はこういうの嫌いじゃないわ」
 目金に手渡し、左右の音無と木野が顔を寄せる。彼の頬がほんのりと赤らんだ。


「こんなもので許されたつもりはないが、な」
 文化棟二階、新聞部部室。部長は出来上がった学校新聞を眺め、自嘲気味に口の端を上げる。
「テーマは良いのに、写真は駄目駄目ですね」
「っ」
 声のした方を見れば、入り口横で寄りかかる一つの影があった。去年、部を出て行ったカメラ担当の男子生徒だ。
「お前っ」
「これを見てください」
 胸ポケットから一枚の写真を取り出し、部長に投げ渡す。写真にはイナズマ落としが鮮明に写っていた。
「近々、練習試合が行われるらしい。準備なら……出来てますけど」
 片足の爪先を立てて、腕を組んでそっぽを向く生徒に、部長は握手を求める。
「頼む。良い新聞が作りたい」
「……こちらこそ」
 生徒は叩くように払った後、その手を硬く握った。
 一方その頃、ケーキを腹の中に納めた目金は屋上に上がり、再びグラウンドを眺める。
 胸には先程とは異なる、誇らしい気持ちが宿っていた。自分の選択が正しいと自信が持てたのだ。今度の練習試合もまたベンチだろうが、いつもとは異なる何かをこの瞳は映してくれるような予感がする。
「あ」
 風が吹いて、つい声が漏れる。髪を撫でるように直し、息を吐いた。
 強いが冷たさはない。あれは、春の風のような気がした。