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事実は小説より奇なり

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 それは俺が、客先から会社へと帰っている途中の出来事。
 海賊のフリをするのはやめた俺だったが、実はそういうことを完全にやめることはできなかった。
 結論から言えば今の俺は、宇宙だったりパラレルワールドだったり…とにかくいろんな世界にグローバルな友人がいて、その人達から聞いた話を娘に聞かせている、ということになっている。
 …海賊だったときとあんまり変わってないような気がするがそれはともかく。
 俺はそのときも、マチコに聞かせる新しい話を必死になって考えていた。
 その必死ぶりときたら、娘のマフラーを間違えて巻いてきてしまったことをクライアントに指摘されるまで気づかず、それどころかその大事な打ち合わせで、終始上の空で受け答えをするというとんでもないものだった。
 クライアントが公私ともに付き合いのある相手だったから、笑ってすませてもらえたが…
 実際、新しいデザインのアイデアを考えるときだって、これほど頭がいっぱいになったことはなかっただろうと思うほどだ。
 SFだろうとファンタジーだろうとサスペンスだろうとなんでもOKな設定にしたことに関しては過去の自分をほめてやりたいが、そもそも俺は話を作ったりするのが得意なタイプではない。
 そういうのができあがってから初めて出番があるような仕事だし…
 正直言って限界だった。
 だいたい、新聞に四コマ載せてる漫画家とかじゃないんだから、毎日のように新しい話を考えるなんて無茶なんだよ。
 …でも小林くんはなーぜかこういうの得意なんだよなぁ…
 あいつ、いろいろできるよなぁ…
 またなにか考えてもらおうかなぁ…今度こそ完璧に拒否されそうだけど…
 そんなことを思いながら歩いていた俺の目に、意外な人物の横顔が飛び込んできた。
 黒い柔らかそうな短髪、のっぺりとした顔にそばかす。
 ろくに確認もせず、それだけで彼と判断して声をかけた。
 よくよく考えれば…いや考えなくとも、会社で仕事中のはずの彼がこんなところにいるはずはなかったのだが。
「やぁ、小林くんじゃないか!なんでこんなところにいるの?」
「…え?あの…」
「それはさておき、悪いんだけどまたうちの子のために頼まれてほしいんだ、けど…?」
 そこまで一気にしゃべって、やっと気づいた。
 俺を怪訝そうに見つめる彼は、なんと和服を着ていたのだ。
 それは、いわゆる書生服だった。
 人混みと、「彼は小林くんに違いない」という思いこみのせいで、そんな大きな特徴がまったく見えなくなっていたらしい。
 よくよく見れば髪型もだいぶ違うし、和服の彼はめがねをかけているのだが、俺の知っている小林くんは確か目が良かったはずだ。
 なにより違ったのが、彼の纏う雰囲気。
 彼はなんだか、ひどく古風な…言うなれば現実離れした雰囲気を纏っていたのだ。
「あの……お気付きのようですが、人違い、ですよ」
「……あっ」
 控えめに彼が言う。その声で俺はやっと現実に引き戻された。
 彼の肩に置いていた手をあわてて離すと頭を下げる。
「すっすみません、俺の知り合いにひどく似ていたもので…」
「あ、いえ、そんな…頭を上げてください。別に怒っているわけではないので…」
「いやぁ申し訳ない…にしても本当に似てる…」
 謝りつつも、俺はついつい彼の顔を見つめてしまう。
 いや、顔どころか背格好や声ですら似ているのだ。
 ここまで似ていると、他人のそら似では片づけにくい…というか片づけたくない。
 まさか生き別れの双子の弟とかじゃないだろうな。
「…きみ、本当に小林くんじゃないの?」
「違いますよ」
「双子とか」
「違いますってば…」
「えー…でも小林くん、こういうの得意そうだし…ほら、こないだ会社でやってもらったときも」
「だから!おれはあなたの同僚の小林さんではないですから!」
「…!」
 その発言で俺は、しっぽをつかんだと思った。
「ちょーっと待てっ!俺は小林くんが同僚だなんて一言も言ってないぞ!」
「言ってませんけど、まるだしじゃあないですか」
「まるだし?どこがだ!」
「あなた『会社で』って言いましたよ。しかもついさっき」
「…あっ」
「それに…その小林さんて方、もしかしたら目がよいのではないですか?」
「そうだけど…なんで?」
「あなたさっき、おれのめがねをじっと見ていたでしょう。あれは、このめがねに度が入っているかどうかを確認しようとしていたのではないですか?」
 確かにその通りだった。
「おれのめがねは、ちゃんと度が入ってます。なんならかけていただいてもかまいませんよ。どうぞ」
 そういって渡されためがねは、俺のと交換してもそれほど支障はないんじゃないかってくらいの度が入っていた。
「ほんとだ。じゃあほんとに別人かぁ…」
「だから最初からそう言ってるじゃないですか…」
「あ、ちなみに名前は?俺は片桐」
「天城、といいます。天井のてんに城と書いて、天城」
「天城くん、ね。良い名前じゃない」
「……ありがとうございます」
「ところで天城くん。このあと時間あるかい?これだけ似てるとなると、ぜひ小林くんにも会わせてみたい…」
「すみませんが、仕事中で。人を捜しているんです」
「あ、そうなの」
「片桐さんも、おれなんかにかまってないで。早く帰って、仕事もぱっとすませて、それで早く帰って娘さんと遊んであげたりしたほうが、ずっと有意義だと思いますよ。…では」
「…………!? ちょ、ちょっと待って!!」
 一瞬停止した脳を無理矢理回転させて、あわてて彼を引き留める。
「なんですか…」
 彼は不服そうに立ち止まった。
「俺、娘がいるなんて言った覚えないぞ!?そもそも結婚してるってことも言ってないし!」
「それもまるだしですって」
「どこがだよ!?」
「指輪」
「あっ」
「……じゃ。」
「ああっちょ、待!」
「なんですかぁ…」
「いやっ、それじゃ結婚してることしかわからないだろ!?」
「……男性がするには少々不釣り合いなその襟巻き、娘さんのものではないんですか?」
「こっこれは……つ、妻のだ」
「“何年何組・カタギリマチコ”って縫いつけてありますけど?」
「うっ」
「それと、さっき肩をたたかれたときにちらっと見えたんですが、ずいぶん可愛らしい装身具をつけてらっしゃいますよね。それも娘さんの作では?」
 そう言われて腕を見る。そこには、父の日に娘からプレゼントされた、ビーズのブレスレットがはまっていた。
「まさかそれも奥さんの作品だなんて言いませんよね。奥さんにも娘さんにも失礼ですよ」
「…負けました…」
 完敗であった。
「別に勝ち負けでは…」
 と、同時にこの男にますます興味がわいた。
「もしかしてキミ、探偵かなにかなの?」
「……違います。ただの…小説家です」
「へぇ…え、小説家?」
 渡りに船だと思った。
「…なんですか。おれ、用があるんですけど…」
「人捜しでしょ?…じゃ、俺それ手伝うわ」
「…………は?」
「だからさ、ちょっと俺に付き合ってよ!天城くん、小説家なんでしょ?物語書くんだよね?」
「それは…でもおれ、まだ書生ですし」
「あ、いーのいーの。相手は子供だから」
「…童話は書けませんよ?」
作品名:事実は小説より奇なり 作家名:泡沫 煙