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事実は小説より奇なり

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「それもいーのいーの。まぁ立ち話もなんだし」
「さっきからずっと立ち話でしたけど」
「その辺の喫茶店にでも入らない?おごるよ、なんでも」
 彼の目がほんの少し大きく開いたのを、俺は見逃さなかった。
「……わかりました」
「よし。お店はなんか希望ある?」
「いえ…というかこの辺りまったく見覚えがないので…カフェーに入れるような持ち合わせもありませんし」
 今時珍しいレベルの苦学生だな、と思った。
 このビル街で和服なんかを着ている時点で、別の意味で十分珍しいわけだが。
 俺たちは適当に、目に入った喫茶店に入った。
 そこはどうやら高級志向のお店のようで、天城くんは俺が声をかけるまで、まるでおのぼりさんのように(実際そうなのかもしれないが)きょろきょろと店内を見回していた。
 そしてメニューを決める段になると、今度はなにやら妙に難しそうな顔をして長考したのち、ミルクティーだけを注文した。
「お待たせしましたー。ミルクティーのお客様!」
「………………」
「あ、彼です」
「…ミルクレープのお客様!」
「はい」
「…ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「ごゆっくりどうぞ!」
「はーい」
「………………」
「…そんなに喫茶店が珍しい?天城くん」
「…え、あ、はい! あ、いや…」
 品物がきたことにも気づかずぼーっと店内を眺めていた天城くんは、俺の声でようやく我に返ったようで、ばつが悪そうに顔を伏せた。
 それが面白くて吹き出すと、今度は居心地の悪そうな顔をする。
 少しからかってみたくなったが…それで気を悪くされて頼みを聞いてもらえなくなるのは困るのでやめておいた。
「…じゃ、話していい?」
「お願いします…」
「それじゃ。頼みってのは簡単で…まぁ予想はついてたみたいだけども。うちの娘のために、ちょっとしたお話を考えてほしいんだ」
「ですから童話は…」
「いや、話の種類はなんだっていいんだ。娘もちびっこってわけじゃないし。あの子が食いつきさえすればなんでも」
「それはまた変わった頼みですね…」
「もちろんちょっとした事情があってさ。ついこの間まで俺、娘に海賊だって思われてたのよ」
「……はい?」
「まぁいろいろとあったんだよそこは気にしないで。で、それが違うってバレちゃったんで今はそんなフリはしてないんだけど…実はそれをやってたときに娘から感じた…尊敬の念?みたいなのが…どうも忘れられなくて…」
「それで今は別の嘘をついてる、ってわけですか」
「実はそーなの!今は異世界の人たちと友達だって設定で…」
「…なんというか…そんなことなさるくらいでしたら、片桐さんご自身の仕事場でも見せてあげる方がずっと良いと思いますけどね。あなたのご職業が何かは知りませんが、おれなんかに比べたらきっと立派なお仕事なのでしょう?……なんですか」
「いや、海賊のことがバレた頃に小林くんにも似たようなことを言われたなって…ねぇ本当に」
「知りませんってば!」
「ですよね…ごめんごめん。いや、俺もわかってるんだよ?実際、無理はそろそろ自覚してるし、娘もこんな嘘に騙されるような年齢じゃなくなってきてるし」
「だったら…」
「あと少しだけ!今日会ったばかりの人に頼ってるような時点でだめだと思ってるし…これを最後にするからさ!手伝ってよ!」
 そう言って机の上で頭を下げたが、実のところ俺には、彼は絶対に断らないだろうという確信があった。
 この喫茶店が俺のおごりだから、とかいうことではなく…彼はきっと、作品を公開する機会やそれを認められる機会に恵まれてないのではないか、とそう感じたからだ。
 方向性は違えど、俺も作品を作って発表するという仕事をして、自ら会社まで立ち上げている。
 他人のそういった感情を見抜くのには多少は長けているつもりだった。
 やがて、彼は一つ大きく息を吐くとこう切り出した。
「…どんな話でも良いんですよね?」
「! じゃあ…」
「事情があって、小説の題材にはできない話があるんです。それを基に一つ、でっちあげましょう」
「…それってもしかして実話、ってこと?」
「を、基にした創作です。いいですか話しますよ」
「えっ!?ちょっと待ってメモ取る…」
「だったらおれが書いた方が早いです。別に、筋を忘れてしまったらご自由に直していただいてかまいませんし。では、いきますよ」
 そうして彼が語ってくれた“お話”は、主人公がたまたま立ち寄ったカフェで、一人の刑事と出逢ったところから話が始まる。
 数日後、彼は本を返しに行った図書館でその刑事と再会し、そこで起きていたある事件と、それに絡む小さな騒ぎに巻き込まれることになった。
 初っぱなから図書館の本を大量に盗み出したという濡れ衣を被る羽目になり、と思えば今度は刑事達の推論披露に付き合わされ、あげく幽霊騒ぎの当事者になった彼が、次の瞬間には探偵役。
 その話には、推理ものにつきものの犯人当ての爽快感や、ホラーにありがちな緊迫感はないに等しかったが、なぜだか最後まで話を聞いていたくなる魅力があった。
「『そうして男は、探偵として、小説家として、新しい一歩を踏み出したのである』…と、こんな感じなんですが…どうでしょう?」
「ほぉー…いや、面白かったよ!まぁ、ところどころわかりづらいところはあったけど…そこは俺が勝手に直していいんだろ?」
「ええまあ…」
「ていうか天城くん、きみやっぱり探偵だったんじゃない」
「いや、これは創作で」
「いやいやいや」
「……別に、望んでなったわけではないですし、相手もその刑事だけですし…おれにとって、おれの仕事はやはり小説家なので」
 彼のその言葉には、決意と戸惑いと…いろんな感情がつまっているようだった。
「ふーん…にしてもさぁ、これだけしっかり話がまとまってると、実はもう小説として書き始めてるんじゃないのー?とか思っちゃうなー」
「え?」
「なんつって。とにかくありがとう、天城くん!この話、早速娘に話してみるよ」
「そうですか…役に立ったのなら、それで」
「立った立った!もう最高!」
 正直、俺が今まで無理矢理作ったどの話より面白かった。
「じゃあ、おれはこれで…」
「あぁ、ちょっと待ってよ。きみの人捜し、手伝うって言ったじゃん」
 一仕事終えて帰る気満々の天城くんに、あわてて声をかけて引き留める。
 さすがに少しくらいお礼がしたかった。
「え? ああ…そんな、おれのことは別に」
「いいからいいから!捜してるのはどんな人?」
「はぁ…おれが捜しているのは、この辺りに住んでいるはずの女優です。名前は葛城…………」
「……カツラギ、なに?」
 天城くんの動きが止まったかと思うと、彼は突然弾かれたように立ち上がった。
「ど、どうした?」
「ああ、すみません…どうやらご協力いただかなくとも大丈夫そうです」
「え…え!?」
 まさか捜し人が外を通ったのか?
 そう思い彼の視線の先を見てみたが、そこには黒猫が一匹、ゆったりとした足取りで店の外を歩いているだけだった。
「紅茶、ありがとうございました。あとそのデザイン画、素敵だと思います。では、失敬」
「え、ちょっと天城く…え、デザイン画って!?」
作品名:事実は小説より奇なり 作家名:泡沫 煙