Sweet Kiss
「七海、やり直ししよ。」
差し出されたのは、さっき私が投げつけてしまった
一十木君へのバレンタインの贈り物だった。
ちゃんと、拾って持ってきてくれていたことにびっくりした。
女の子にぶつかった時に落としてしまったし、
さっきも思い切り投げつけてしまった。
きっと中身はもうボロボロだ。
あんなにも気持ちを込めて作ったのに、
もう崩れて粉々になってしまってるであろうお菓子のことを考えると、
自分の馬鹿さ加減に泣きたくなる。
『ダメですっ…これ、きっともうぐちゃぐちゃで………
決して一十木君に差し上げられるようなものじゃ………
あの、今度!また、次回作ってくるので、
その時まで待ってもらうとか…ダメ…ですか…?』
「えー………?」
一十木君が不満そうな声を上げる。
出来ることなら、私も今日渡したい。
でも、こんな状態じゃ、もう渡せない。
開けたって、粉々になったお菓子が出てくるだけだ。
そんなの、とてもじゃないけど一十木君に見せられない。
「あっ、そうだ!」
自己嫌悪に陥って思わず俯いていると、一十木君が突然明るい声を出す。
その声で弾かれたように上を向くと、何だかいたずらっ子のような笑顔があった。
「ねぇねぇ七海、それ、中身って何?」
『えっと、あの…トリュフ………です。
美味しく作れたかはわからないんですけど、
一応、多分、形式上はトリュフ、です………』
「トリュフかー………うん、じゃあ、きっと大丈夫だ!
七海、それ、俺に食べさせてよ。」
『え………?』
一十木君は、嬉しそうにつんつんと自分の唇を指差した。
戸惑っていたけれど有無を言わさない笑顔で急かされて、
私は仕方なくぐしゃぐしゃになってしまったラッピングをほどいていく。
箱を開けてみるとやっぱり崩れてしまっていて、
それでも私はそれなりに形が残っていた塊を手に取った。
「ちーがーうーよ。」
一十木君の口の目の前まで来たところで
トリュフとの間に手が差し込まれる。
きょとんとしている私の耳元で、一十木君が囁く。
―――――…"七海が食べて、それを口移しでちょうだいって言ってるの。"
一瞬言葉の意味が理解できなくて、頭の中でイメージしてみる。
『―――ッ…○△×□☆?!』
想像してみて、
頭の中が沸騰してるんじゃないかってくらい顔が熱くなって、
自分でも何を言ったのかさっぱりわからなかった。
『むっ、むむむ無理ですー!!』
「だーめっ。」
あまりの恥ずかしさに手で顔を覆うとしたけれど、
一十木君の手にやんわりとどけられてしまう。
まっすぐに一十木君の目を見られなくて、
それでも私に拒否権がなさそうなことだけはわかった。
誤解だったとはいえひどいことをいっぱいしてしまったし、
どう考えても私が折れるしかなかった。
『うーっ……………
じゃ、じゃあ、目を瞑っててください!
絶対!絶対ですよ?!目開けちゃだめですからねっ…!!』
「はーいっ!」
これも、一十木君の作戦のうちなんだろうか。
一十木君が素直に目を閉じてしまって、
いよいよ私は逃げられなくなってしまった。
煩いくらいに自分の心臓の音が聞こえてきて、
落ち着けと願うたびにどんどん脈は早くなる。
どうかこの音が一十木君に聞こえないようにと願いながら
手に取ったトリュフのかけらに目を落とし、
ぎゅっと目を閉じて思い切って口の中に放り込む。
どうしようもなく恥ずかしくて、
きっと今の私は耳まで真っ赤なんだろうなと思いながら
一十木君の唇に自分のを重ねた。
口の中の熱でトリュフが溶けて、
とてもとても甘い味が広がる。
―――…一十木君が大好きな気持ちが伝わりますように。
そう思いながらキスしていたからだろうか。
トリュフが溶けてなくなって、
どちらからともなく唇を離して、
そして目と目が合った時、何だかとても恥ずかしかった。
一十木君もどこか照れくさそうに見えて、
だけど、嬉しそうに笑ってくれた。
それだけで、私にはもう十分だった。
『お菓子、またリベンジして渡しますね。音也君。』
「うん!楽しみにして―――…えっ?!
い、今!今なんて言った?!ねぇ、音也君って言った!?
七海、俺のこと"音也君"って呼んだよね!?ねっ??」
『ほら、教室に鞄取りに行かないと。
早く卒業オーディションの歌練習しなきゃいけないですもんね!』
「ねぇ!今言ったよね?俺の聞き間違いじゃないよね?
ねぇ七海!七海ってばー!!」
自分で呼んでみたものの、やっぱりすごくドキドキして。
私は頬がニヤけそうになるのを見られないように
足早に練習室を出て教室に向かう。
いつかお互い自然に名前で呼べる日が来ることを願いながら、
くすぐったいような気持ちで練習室を後にした。
作品名:Sweet Kiss 作家名:ユエ