Sweet Kiss
―――――ドンッ
『きゃっ…』
「ごめんなさい!」
角に差し掛かったところで
廊下の向こうからやって来た女の子にぶつかった。
女の子は小さく謝るとそのままバタバタと走り去っていく。
一瞬見ただけだったから見間違いかもしれないけれど、
何となく、泣いていたように見えた。
何故か気になってその後ろ姿を見送っていたけれど、
ハッとして我に返り、一十木君へのプレゼントを拾う。
さっきぶつかった弾みで落としてしまったのだ。
その場にしゃがみ込んで拾おうとしたところで頭上に影がかかる。
「あれっ、七海?」
『あっ、一十木君…!!』
「どうしたのこんなところで?大丈夫?」
『うん、大丈夫。ありがと―――――…っ!!』
差し出された一十木君の手を取ろうとして
けれど、もう片方の手に握られていたものを見て、
私は反射的に手を引っ込めた。
「七海?どうしたの?」
『どういうこと…ですか………?』
「えっ?」
一十木君の手には、そう。
可愛らしい紙袋が握られていた。
きっと、さっきの女の子のものだと思う。
一生懸命選んだと、一目でわかる。
私も少し前、同じ気持ちで選んだから。
だから、尚更。
一十木君の手の中にあるものの存在を認めたくなくて。
信じたいのに信じられなくて、思わず視界が歪みそうになる。
一十木君の目を見ることが出来なくて、
見たら、汚い想いと共に涙が溢れてしまいそうで、
その手にある紙袋をただじっと見ていた。
「あっ、これ?これはね―――…」
『いいです!聞きたくないです!!』
「七海?どうしたの?
あ、それ!それ俺のだよね?俺朝からずーっと待って―――」
『違いますっ!!』
「違うっ、て…何言ってんの七海。
ねぇ本当にどうかした?さっきから何か変だよ?」
一十木君は無邪気に私に話しかける。
その手にあるものを隠しもせずに、私との約束さえ忘れて。
こんな時に、一十木君の真っ直ぐさは、
残酷で、ずるい。
「くれるって約束したじゃん。
俺、すっごく楽しみにしてたんだよ?」
『先に破ったのは一十木君です!!
私だけって…私のだけって言ったあれは、嘘だったんですか!?』
「ちょっ、七海!!」
『一十木君なんかもう知りませんっ!!』
せっかく頑張って作ったのに。
ラッピングだって想いを込めて選んだのに。
何だかそれがすべて踏みにじられたような気がして、
悔しくて、悲しくて、心の中が真っ黒になって、
もう、すべてがどうでも良かった。
この場にいたくなくて、
一十木君を見たくなくて、
持っていた包みを投げつけて駆け出した。
一度堰を切ってしまった涙は止まらなくて、
でも拭くことさえできなくて、
後ろから聞こえる制止の声すら聞かずにとにかく走った。
涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔もどうでもよくて、
とにかく、遠くに行きたかった。
1人になりたかった。
よくわからないけどとにかく走って、
だけど、気付くと後ろから足音がしていた。
「待って!七海待って!待ってってば!!」
『ッ………!!』
必死に走って、
でもとてもじゃないけど逃げ切れるわけがなくて、
足音と、一十木君の声はすぐそこまで迫っていた。
「七海っ!!」
『やだっ、離して…!』
「七海!ねぇちゃんと俺の話聞いて!!」
『やっ………!!』
すぐに追いつかれて、手を掴まれて。
それでも、見たくなくて。聞きたくなくて。逃げたくて。
必死に手を振りほどこうとした。
でも、女の私が一十木君の力に勝てるわけもなくて、
振りほどくたびに掴まれて、
また振りほどいても掴まれて。
「七海っ……………春歌!!」
『ッ―――…』
一十木君は、ずるい。
こんな時に下の名前で呼んだりして。
そんな哀しい声で、私の名前を口にしたりして。
一瞬、動けなくなってしまって。
その隙に一十木君は私の手を掴んで、
そのまますぐ近くにあった練習室に引っ張り込まれて、
逃げられないように腕の中に閉じ込められてしまう。
『はな、して、くださっ………!
一十木君なんて…一十木君なんて…!!』
"キライ"と、そう言ってしまいたいのに。
それなのに、どうしても言葉に出来なくて。
顔も見たくない。
声も聴きたくない。
それなのに、どうしてもこの腕の中だと安心してしまう。
それが悔しくて、
でも言葉にならなくて、どうしようもなくて、
私は一十木君の胸を何度も叩いた。
「七海、ねぇ、俺の話聞いて。
俺は七海との約束、破ってないよ。
俺はずっと、七海のだけ、待ってたよ。」
『じゃあっ―――…!!』
"じゃあ、一十木君の手にあった紙袋は?"
そう言おうとした私の言葉に、
一十木君の声が重なる。
「俺が持ってたやつで、きっと七海誤解しちゃったよね。
でも、違うんだよ。
あれね、本当はトキヤ宛てなんだ。」
『え…?』
「多分トキヤはいらないって言うと思うし、
自分で渡した方がいいんじゃない?って言ったんだけど、
どうしてもって頼まれちゃったんだ。
さすがに泣いて頼まれたら断りきれなくて………。
ごめん、誤解されるようなことして。」
私を包む一十木君の腕の力が強くなる。
私はと言えば一十木君の言葉に拍子抜けしてしまって、
早とちりしてしまった申し訳なさや、
一十木君に言ってしまった数々の暴言を思い出して
穴があったら入りたいくらいの罪悪感でいっぱいだった。
一十木君は、待っていてくれたのに。
それなのに傷つけて、ひどいことをしてしまった。
『ごめ、なさ、私っ…私っ……!!』
「謝らないで、七海。
誤解させるようなことした俺も悪いんだし…。
俺、七海の笑顔が好きだよ。
あ、泣いた顔も可愛いけどね。」
そう言って笑いながら、
一十木君が指でそっと涙を拭いてくれる。
あんなにひどいことをしたのに、
それでもこんなに優しくしてくれる一十木君の温かさが嬉しくて、
また涙が溢れそうになるのを必死でこらえた。
多分、泣くのを我慢していたからすごく変な顔だったと思う。
それでも一生懸命笑おうとすると、
一十木君は満足そうに私の体を離した。
作品名:Sweet Kiss 作家名:ユエ