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紳士と魔法使い-α

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 おそるおそるそれを見る。それは一般的な竹かごのようだったが、中身の保護の為なのか布が何重にもかぶせてあって、しかも赤いリボンで縦横無尽にこれでもかというほどぐるぐる巻きにしてあった。申し訳程度に見えるところでちょうちょ結びにされてあったが、どう見ても歓迎すべきものには見えなかった。もし例の阿呆の連中が仕掛けたものなら相当危険極まりないものに違いない。もしくはびくびくしながら開けている様子をどこかでによによしながら見ていて、完全に開封したと同時にどこからか爆笑と共に現れるのだろう。
 いや、自分は最近奴らのペースにされてはいないか。目を閉じ、深呼吸。自虐思想、被害妄想が強すぎる。
 とりあえず家に帰って籠を寝室に置き、シャワーを浴びて一旦頭を冷やす。次の日は休みだが籠の中身を見てさっさと寝ることにした。中身が飛び散っても大丈夫なように普段はあまり着ないバスローブをはおる。寝室に戻ると、当たり前だがベッドの上に例の籠が置かれてあった。
 夜の闇の中で妖精の光でぼんやり見えた姿はおどろおどろしかったが、こうやって電気で見ると恐ろしさより滑稽さが目立つ。自分は結構手先が器用だからこんなマネはしないだろうが、いうならまるで自分が料理をした時のよう。不器用だけれどがんばってがんばって何とか体裁は整えました、というような。それなら滑稽、というより哀れさ、の方が正しいか。
 そんなことを思いながら、ハサミでちゃきりちゃきりとリボンを切っていく。普段ならちょうちょ結びを丁寧にほどいて丁寧に周りのリボンもとっていくのだろうが、ちょっとみただけでもそれは無理だろうと思わせるような巻き付け方だった。ちゃきり。最後の部分を切り取って、息を吸って、布をはぎとった。
 拍子抜けした。そういう言い方が正しいだろうか。まず目についたのは淡い色で可愛らしいデザインの封筒だった。知り合いに女性もいるが、こんな手紙は初めてだったので驚いた。
 そこで、次に目に入ったものがある。それが、というよりそれこそが問題だった。その封筒には、未だ書きなれた風ではなかったがそれでも流麗な筆跡で、宛名が書かれていた。

   アーサー・カークランド様

 何が問題点なのか説明しよう。
 俺の名前はグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、通称イギリス。上司も知り合いも皆そう呼ぶ。何故なら俺はイギリスだからだ。英国経済が悪い時は風邪をひくし、英国市民が好めばカレーを好む。料理が下手なのもそういう理由があるからであって俺個人のせいではない。
 少し前まではこのような存在も結構認知されていたのだが、最近はどんどん忘れ去られていっている。その割に仕事はいつも通りの量なので不満もあるが、国として生まれた運命なので甘んじて受け入れることにする。
 が、プライベートで街中に行った時に困る。
 例えばレストランを予約する時にイギリスです、といってもましな時は相手を混乱させるか馬鹿にされるだけで済むが、悪い時は取っ組み合いになるだろう。もしそうなったら勝つ自信はあるのだが、国際問題になってしまっては困るので、正当防衛が許されるぐらいまでボコられておいて古のことわざにある通り『目にはアタマを歯にはアバラを』を実践して逃げることになる。
 上記のようにならないように、俺や俺のような人間には必ず他人がつけたものであれ自分でつけたものであれ人名がある。
 何故か残念なことにその人物が嫌いであればある程その人名を覚えているという不思議な傾向が自分にはあるのだが、とりあえず一ついえることは、自分以外は自身の人名を絶対に知らないということである。
 理由は単純明快。何故なら今まで人前で使ったことがないからだ。
 四人の友人と、しばらく前に失くした、本のようで違うものを除いて。


 だからそれを見た時は思わず目をむいた。そのまま視線でその文字を視線でなめるように何度も何度もなぞって、数秒間固まって、ようやく手紙をベッドの上に放りだした。
 手紙の下には、本があった。
 正確に言うと、本ではないがしばらくなくしていた本のようなものだった。


  『親愛なるアーサー・カークランドへ

   ゴドリック、ヘルガ、サラザール、ロウェナより愛をこめて』
作品名:紳士と魔法使い-α 作家名:草葉恭狸