紳士と魔法使い-α
例のアレがなくなってから結構経った。
機嫌はなおってきたものの、時々思い出して奈落のどん底までへこむ。喪失感ならすぐ隣にある。
自分はアレがなくても生きられると思う。そう思っても、やはり、忘れられない。
執着は人よりあるのだ。多大に。そんなものは当の昔に知っていた。
ないものを請うても、意味がないというのに。
本当に。
「本っ当に馬鹿だな、俺は……」
ため息をついたが、馬車の音で耳には届かなかった。代わりに周囲にちらほらいた妖精の内の一人が申し訳なさそうに言う。
『ごめんね、私たちが・・・』
「いや、いいんだ。きちんと管理してなかった俺が悪かったんだからな」
何かを言おうとした彼らの言葉を遮って、眼を瞑る。
彼らに頼めばいいと思いついたのは、呆然自失の状態で本屋から家に帰ってベッドの上で呆けて呆けて呆け続けてそのまま朝日を拝もうかとしている時だった。
手紙の配達などちょっとしたことなら別として、自分でできることはできる限り自分でやるようにけじめをつけていたので初めからその案が浮かばなかった。思いついた時は軽く笑った。それから狂ったようにその場で笑い転げた。我ながら自分が何て阿呆でまぬけで馬鹿でこんな簡単なことも思いつけなかったのかとひぃひぃわらった。
夜明け間近にベッドの上で痙攣しながら馬鹿笑いしてる男を心配してやってきてくれた彼らに、例のアレを探してくれるよう請うた。彼らはお安い御用だ任せておけなんで最初から頼まなかったのか結局昨日の本の雪崩に巻き込まれたのは自分達だしそれを元の位置に片づけてやったのも自分たちだと後半文句を垂れながら探しに行ってくれた。彼らなら1日でこの国全体をスキャンできるはずだ。さすがにその本を買った人間もいくら便利な方法があろうがその日の内に国からはでていまい。
ほっとして、朝食を作り、いつも通り焦がして少し落ち込んでいつも通り仕事をした。仕事中にちらちらと彼らがいないかと周囲を気にしなかったのは我ながら冷静な態度だったと思う。
そして夕方になり、次の日の会議の準備をするため早めに仕事を切り上げ、インスタントの簡単な夕食をとり、彼らの帰りを待った。待ちわびた。
彼らが帰ってきたのは夜中0時、丁度パジャマとナイトキャップの姿でベッドに潜りこみ、目を爛々とさせていた時だった。
その時既に変だったのだ。いつもなら得意気に獲物を見せびらかす彼らが、その日はおろおろして帰ってきた。眉を八の字に下げたものもいた。もちろん手ぶら。
どうやら、最悪の事態が起きたらしかった。
彼らがスキャンできない場所となると国外かホグワーツぐらいしかない。国外でない理由は前述の通り。ではホグワーツは。そういえば本屋の店主も一年生やらどうやらいっていたではないかと思いだしたが、まだ夏休み中のはずである。冬休みやイースターならともかく、夏休みのホグワーツに生徒はいない。他にも例えばそれはもう強力な魔法陣がひかれている場所やら(ホグワーツはこれに当たる)それはもう強い闇の魔術の臭いがするところは無理だが、・・・というところでグリンゴッツを思いついたがあそこは子供がものを収納する場所ではない。つまり。
例のアレはこの世から消えてしまったといってもおかしくない状態であることがわかった。
翌日の世界会議では普段通りにしようと努めていたものの、やはり納まりきらない苛立ちなどは隠せなかったらしい。場内がざわつき始めて会議どころではなかったのでどやすと例のヒゲやトマトがうっとうしかったので、栄誉なき孤立をしてるらしい男と一緒に英罰をくらわせておいた。ストレス発散も兼ねていたことはいうまでもない。現にそれから胸がすっとして、しばらくは表面上いつも通りの日常を保っていられた。
しばらくは、だ。
ここで最初の部分に戻ることになる。
もちろん先ほど書いたように、ないものをねだっても誰もくれるわけがない。魔法省に過去に戻れる道具があるなど眉唾ものの噂は多くあるが、もしそんなものが本当にあって、自分がそれを使ったとしてもあまり何も変えられないような気もする。あれもあれもあれも、起こるのだろうしやるのだろうしやられるのだろう。
同じように、もし自分がこの前本を大量に処分した時に戻ったとしても、やはりアレを紛れ込ませてしまってたのだと思う。
学習能力のない、馬鹿だし。
自己嫌悪に溺れていたところで揺れが止まり、絶え間なく続いていた音がなくなった。どうやら家に着いたらしい。
扉を開けて先に妖精たちを外に出してやり、彼らの光で足元を照らしてもらう。地面に降りて馬車をひいてくれていたセストラルたちにお礼をいってエサをやり、別れた。彼らを見送るついでに空を見上げるともちろんのように真っ暗。久しぶりに煌々と月が光っているものの星は雲で一つも見えない。妖精たちの神秘的な誘導灯に導かれて玄関へ、いこうとして今日は一日中外出していたので郵便受けを見なければいけないことを思い出した。
最近は電報や電話などの文明的な手段もあるが、まだ慣れていない、いや導入していない国すらあるし、個人的に自分は紙の方が好きだ。なので昔より量は少ないものの手紙や紙の資料が入っている場合がある。更に一部の阿呆な輩が郵便受けに色んなものをつっこんでいる可能性もある。叱ったりグレートブリタニアソードをくらわせたりして最近止み始めたが、まだ警戒は必要だ。しかも、生ものが入っていたら大変なことになる。
妖精たちにその旨を告げ、またそこまで誘導してもらった。そこまで遠くはない、というかすぐそこにあるのだが、何せよ光が玄関の電気と月と妖精たちしかない。ほんの少し明るめの光が古ぼけた郵便受けを捉えた。おそるおそる開けて、目と腕で何もないことを確認。ほっとすると同時に肩透かしをくらったような気がしてひとしきり一部の阿呆人間を罵った後、その郵便受けの根元に置いてある籠に気がついた。