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ゆびさきのゆくさき

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16:40
曇天。
昼とも夜ともつかない薄暗い明度がラルクの視野を狭める。額に張り付く前髪が鬱陶しい。
心なしか足取りは重く、石畳を蹴る音は鈍く濁っていた。そこにいつもの軽快さは無く、湿った風が時折突風のように吹きつけては悲鳴のような音を上げている。雨は、まだ降っていない。
無造作に前髪を掻き揚げて空を仰ぐがそこに青天井は無かった。相変わらず重苦しい鉛色の雲海が一分の隙もなく広がっている。その流れは目に見えて早い。加えて腹を空かせた濁竜の唸りのような音がごろごろと鳴っている。もうすぐ嵐が来るなあ。先ほど道端で漁師がそう呟いていたのを思い出す。
久々に傭兵業をこなして仕事の報告へ来たのだが、どうも今日はこのままこの街の宿で待機しておいた方がよさそうだなと思った頃だった。くい、と袖が後ろに引かれた。振り返ると続けざまにあの、と遠慮がちな声がラルクの歩みを止める。
「なんだよ」
「いや、あの、」
消えかける語尾はいつにも増して釈然としない。語尾と同じく情けない顔をしたニコルと視線が合ったが、すぐに逸らされてしまう。気弱な彼らしい、いつもの癖なのだがラルクはその癖があまり好きではなかった。
「はっきり言えよな」
「…アニキの歩くのが早すぎて皆付いてきてないんスけど…」
「え、」
ラルクから逸らされた視線は流れてそのまま首ごと後ろを向く。それを追ってみれば遥か後方に女性陣が、更にその後ろを並んで歩く三十路が二人。確かに15メートル程距離が開いていた。どうも雨が降りそうだからとそればかり考えていたら自然に足早になっていたらしい。
全く気づかなかった自分に不甲斐無くなりつつ申し訳ないと内心で皆に謝っていると、まだ何かあるらしいニコルが再度袖をくいと引っ張った。袖が伸びるだろ、とやんわりその手を制するが当の本人は聞いているのかいないのか袖が開放されることはなかった。
「それと、」
「なんなんだよ」
「腹が減ったッス」
「…」
喉元まで出てきた馬鹿か、という言葉を喉元既の所で飲み込む。代わりに零れ出た溜息がアスファルトに落ちる。なだれ込んで来た脱力感に任せて肩を落とす。段々一人で焦っていた自分こそが馬鹿のように思えて、ラルクは口元を自嘲の形に歪めた。
その溜息と嘲笑を自分に向けたものだと勘違いしたのか、ニコルが慌てて首を左右に振った。
「いやあの違うんス!さっきリフィアちゃんもお腹が空いたわーって言ってたから、その、」
何でもリフィアを引き合いに出せばいいと思っているのだろうか。全く分かりやすい奴だとラルクが半ば呆れていると、巻いた髪とドレスをふわふわと揺らしながらセシルが駆け寄って来て、そのままの勢いでラルクの空いている方の腕に飛びついた。ふいに重心がそちらへ傾いてぐらりと視界が揺らぐ。
「ねえラルクー、あたしもうヘトヘトだよー。お腹へったー」
倒れそうになる自身をなんとか踏ん張って、腕にしがみ付いて懇願する駄々っ子をわかった、わかったからとラルクが宥めすかす。そうしてアルトとソプラノの応酬を続けているとリフィアが、そしてオイゲン、最後にサージュが追いついていた。成程見れば皆一様にそれなりの疲労感を携えているようだった。
分厚い曇天に覆われた空からは時間が推し測れないが、きっと夕刻も近い。そういわれてみれば長い時間食べ物を口にしていない気がする。
そう思い出した瞬間、ラルクの腹が大きな音をたててぐるる、と鳴った。
「なーんだ、アニキも腹減ってるんじゃないッスかー」
へへへー、とだらしなく笑い出すニコルを尻目に慌てて腹を押さえたところで出てしまったものは戻るはずもない。
「う、うるさい!もうわかった飯だ飯!皆宿に行くぞ!」
はーい!という妙に息の合った皆の返事とオイゲンのふ、という微笑を背に受けてラルクは地図を広げた。ギルドへの報告なら後で一人で行こうと心に決めながら。


17:30
すんと鼻を啜ると美味しそうな匂いが食欲をそそった。
待ちきれないからか楽しみだからなのか両方からか、ニコルは「めしー、めしー、お腹が減ったッスー」と自作の『おなかがすいた歌』を先程からずっと披露している。調子っぱずれでメロディなど昔聞いた事のある童謡そのものという安い替え歌なのだが、楽しそうにリフィアも一緒になって歌っている。傍から見ているとまるでお遊戯会のようだとラルクは笑う。
食堂へ通されると何より空腹を訴えていたニコルとセシルは仲良く並んで我先に!と電光石火よろしくのスピードで席についた。他人を待つことなく並んだ料理を食べ始めるその様子は何だかんだいって仲がいいものだと思う。
あたたかいスープ、パン、サラダ、魚のムニエル。
並べられた食事は小さな宿らしいとても豪勢とは言いがたいものだったが、それでも空腹の一行には間違いなくご馳走だった。
ゆらりと湯気の立つコンソメスープをスプーンで流し込んだ。少し冷えていた体にじんわりと染み渡る。おいしいとかあたたかいなんて形容詞より、優しいという言葉が似合いそうな家庭的な味だった。反射的にディアマントにいる母を思い出してすこし胸のあたりがきゅっと縮こまった。
パンを手にとってちぎりながら、横目で隣のニコルを見やる。なんというかわかりやすいというからしいというか、口元に食べかすを付けてサラダを頬張っていた。口からはみ出たレタスが咀嚼に合わせて上下に揺れている。飯は逃げないのだからもっとゆっくり食べればいいのに、と思うラルクをよそにニコルはまだサラダを詰め込んでいる。しかも、笑顔で。普段もこのくらい笑顔であれば愛嬌だってあるだろうにと思わずにはいられないくらい、歳に不相応で子供のように嬉しそうに笑っている。
行儀の悪さを咎めようかと口を開く。しかしその口は込み上げてくるおかしさを抑えようとしてふ、とかはは、とか断続的な息を吐くだけで言葉を紡ぐ事は無かった。
「お前、食ってるときはほんと幸せそうだよなあ」
「へ?そうれすかね?」
「食い終わってから喋れよな、ガキみてえ」
口いっぱいに頬張ったまま喋ろうとするその姿がおかしくて耐え切れず笑い出してしまった。不覚にもかわいいやつだな、と思った事は秘密にしておくことにする。

作品名:ゆびさきのゆくさき 作家名:えの