無題2
「なあ左近ー。お前って男もイケんの?」
宴の最中、相当に酔いの回った司馬昭が唐突に左近に話を振ってくる。
「司馬昭さん、相当酔ってますね…で?どっからそんな話でてくるんです?」
「いやー?なんか左近ってさーたまにすっげーエロいよなーって」
「っは、そりゃあれだ。大人の魅力、ってやつですよ」
「絶対嘘だってそれー」
陽気に笑う司馬昭に、左近も笑う。左近自身にも相当酔いが回っていた。
「でさ、男もイケるんだったら俺とどうよって話」
「司馬昭さんとですかい?そいつぁ…」
無理だと言いかけて、左近の脳裏に人の顔が浮かぶ。
「どうなんですかねぇ…男が駄目ってこたぁないようですがね…」
「じゃあさ、試してみようぜ?」
言った側から、左近の顎に指をかけて司馬昭が顔を近づける。
左近もそれを面白がるように特に抵抗もせずに眺めていた。
『左近』
…あれ?
不意に左近の片手が上がり、司馬昭の唇が触れるのを遮る。
何故そのような行動を取ったのか左近自身にもわからない。
「…なんだ。やっぱダメなんじゃん」
「…みたいですねぇ。それに、司馬昭さんとそんなことしてたら元姫さんに嫌われちまう」
「そのぐらいでちょうどいいって」
「…成程、危うく罠にハメられるところでしたか。これは油断ならないね」
言いながら左近は立ち上がり、司馬昭に軽く手を振って。
「すいませんね。ちょいと話したい人ができたんで、行ってきます」
おう、と片手を上げて応える司馬昭に背を向けて左近は歩き出す。
無理だ、と思った。
唇が触れる寸前で、男に触れられるのは無理だ、そう感じた。
接吻ぐらい慣れた行為の筈だった。例え男が相手でも。
否、男でそうした行為に及んだのは一人だけだった。
左近の足が早くなる。
討伐軍全員が参加する宴はそれなりに広い。
良いの回った足では人を探すのも一苦労だった。
例えば。
例えば、己が最も大切にしている相手、自分の全てを捧げてもいいと思った主であればどうなのだろう。
あの綺麗な顔が自分を見て、名を呼んで、そのまま近付いて。
無理だ、と思った。
如何に大切に、大事に思っている主であれ、そうした関係を持ちたい訳ではなかった。
他にも親しい幾人かの顔を思い返すものの、そのどれに対してもそうした行為を許容できるとは思えない。
『左近』
またあの声を思い出す。
何故、あの男だけは違うのか。
「おお、左近か、どうした?」
宴の片隅、仙界の猛将は仙界の住人たちと酒を酌み交わしている。
人の顔を見れば上機嫌で片手を上げてくる仙人に左近は苛立ちにも似た感情を覚える。
「どうしたもこうしたも…」
ずかずかと歩み寄り、胡座をかいた伏犠のその脚の上に、両足を伏犠の後ろに投げ出すようにしてどかりと腰を下ろす。
突然の事にその場に居る全員が固まっている中、左近は伏犠の顔を見下ろしてその顔に両手を添えてぐいと上向かせる。
「…お主、相当酔っとるな?」
そうした状況でも悠然とした態度を崩さない仙人に左近は眉間に皺を寄せて。
「正直嫌いですよ。あんたのそういうところ」
「そうか?それは知らなんだ」
「…好みの顔でもないんですよね」
「ハッハッハ。左近は面食いじゃのう」
そのまま左近は体を曲げて伏犠へと顔を寄せる。
触れるだけの口付けを角度を変えて二度三度。
流石の伏犠も驚いて動きを固めている間に気がすんだのか、左近は伏犠の肩に顎を乗せるように凭れかかり。
「……なんで、伏犠さんだけ平気なんですかねえ…」
呟いた声には諦めと後悔と、ほんの僅かに安堵が混じっている。
「…左近…」
反して左近の背を抱き止める伏犠の顔には嬉しいような、悲しいような表情が浮かぶ。
「…伏犠さん、俺は…」
「…飲み過ぎじゃ。休め、左近」
「…飲み過ぎですかね…じゃ、お言葉に甘えさせてもらいましょ…」
そうして伏犠に凭れかかったまま、左近の体から力が抜ける。
静かな寝息が聞こえる頃になり、凍ったように固まっていたその一角の仙人たちもようやく身動きが取れるようになり。
「伏犠…もう少し節制というものをだな」
「太公望。あれは、何だ?」
「お前は見ないほうがいいぞ酒呑童子」
「…?そうか」
「かぐや」
勝手なことを話す太公望と酒呑童子を横目に、伏犠がかぐやを呼ぶ。
「は、はい。何でございましょう?」
「すまんが時を戻してもらえんか」
「…はい。…?ですが…よろしいのですか?」
「構わん。わしが許す」
「畏まりました」
かぐやが立ち上がり手にした笹を振れば、あたり一面が光に包まれる。
「…………さこん…」
寝入った左近の耳元に、その声は届かないままに消える。
宴の最中、相当に酔いの回った司馬昭が唐突に左近に話を振ってくる。
「司馬昭さん、相当酔ってますね…で?どっからそんな話でてくるんです?」
「いやー?なんか左近ってさーたまにすっげーエロいよなーって」
「っは、そりゃあれだ。大人の魅力、ってやつですよ」
「絶対嘘だってそれー」
陽気に笑う司馬昭に、左近も笑う。左近自身にも相当酔いが回っていた。
「でさ、男もイケるんだったら俺とどうよって話」
「司馬昭さんとですかい?そいつぁ…」
無理だと言いかけて、左近の脳裏に人の顔が浮かぶ。
「どうなんですかねぇ…男が駄目ってこたぁないようですがね…」
「じゃあさ、試してみようぜ?」
言った側から、左近の顎に指をかけて司馬昭が顔を近づける。
左近もそれを面白がるように特に抵抗もせずに眺めていた。
『左近』
…あれ?
不意に左近の片手が上がり、司馬昭の唇が触れるのを遮る。
何故そのような行動を取ったのか左近自身にもわからない。
「…なんだ。やっぱダメなんじゃん」
「…みたいですねぇ。それに、司馬昭さんとそんなことしてたら元姫さんに嫌われちまう」
「そのぐらいでちょうどいいって」
「…成程、危うく罠にハメられるところでしたか。これは油断ならないね」
言いながら左近は立ち上がり、司馬昭に軽く手を振って。
「すいませんね。ちょいと話したい人ができたんで、行ってきます」
おう、と片手を上げて応える司馬昭に背を向けて左近は歩き出す。
無理だ、と思った。
唇が触れる寸前で、男に触れられるのは無理だ、そう感じた。
接吻ぐらい慣れた行為の筈だった。例え男が相手でも。
否、男でそうした行為に及んだのは一人だけだった。
左近の足が早くなる。
討伐軍全員が参加する宴はそれなりに広い。
良いの回った足では人を探すのも一苦労だった。
例えば。
例えば、己が最も大切にしている相手、自分の全てを捧げてもいいと思った主であればどうなのだろう。
あの綺麗な顔が自分を見て、名を呼んで、そのまま近付いて。
無理だ、と思った。
如何に大切に、大事に思っている主であれ、そうした関係を持ちたい訳ではなかった。
他にも親しい幾人かの顔を思い返すものの、そのどれに対してもそうした行為を許容できるとは思えない。
『左近』
またあの声を思い出す。
何故、あの男だけは違うのか。
「おお、左近か、どうした?」
宴の片隅、仙界の猛将は仙界の住人たちと酒を酌み交わしている。
人の顔を見れば上機嫌で片手を上げてくる仙人に左近は苛立ちにも似た感情を覚える。
「どうしたもこうしたも…」
ずかずかと歩み寄り、胡座をかいた伏犠のその脚の上に、両足を伏犠の後ろに投げ出すようにしてどかりと腰を下ろす。
突然の事にその場に居る全員が固まっている中、左近は伏犠の顔を見下ろしてその顔に両手を添えてぐいと上向かせる。
「…お主、相当酔っとるな?」
そうした状況でも悠然とした態度を崩さない仙人に左近は眉間に皺を寄せて。
「正直嫌いですよ。あんたのそういうところ」
「そうか?それは知らなんだ」
「…好みの顔でもないんですよね」
「ハッハッハ。左近は面食いじゃのう」
そのまま左近は体を曲げて伏犠へと顔を寄せる。
触れるだけの口付けを角度を変えて二度三度。
流石の伏犠も驚いて動きを固めている間に気がすんだのか、左近は伏犠の肩に顎を乗せるように凭れかかり。
「……なんで、伏犠さんだけ平気なんですかねえ…」
呟いた声には諦めと後悔と、ほんの僅かに安堵が混じっている。
「…左近…」
反して左近の背を抱き止める伏犠の顔には嬉しいような、悲しいような表情が浮かぶ。
「…伏犠さん、俺は…」
「…飲み過ぎじゃ。休め、左近」
「…飲み過ぎですかね…じゃ、お言葉に甘えさせてもらいましょ…」
そうして伏犠に凭れかかったまま、左近の体から力が抜ける。
静かな寝息が聞こえる頃になり、凍ったように固まっていたその一角の仙人たちもようやく身動きが取れるようになり。
「伏犠…もう少し節制というものをだな」
「太公望。あれは、何だ?」
「お前は見ないほうがいいぞ酒呑童子」
「…?そうか」
「かぐや」
勝手なことを話す太公望と酒呑童子を横目に、伏犠がかぐやを呼ぶ。
「は、はい。何でございましょう?」
「すまんが時を戻してもらえんか」
「…はい。…?ですが…よろしいのですか?」
「構わん。わしが許す」
「畏まりました」
かぐやが立ち上がり手にした笹を振れば、あたり一面が光に包まれる。
「…………さこん…」
寝入った左近の耳元に、その声は届かないままに消える。
作品名:無題2 作家名:諸星JIN(旧:mo6)