二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
柚木@ツイ徘徊中
柚木@ツイ徘徊中
novelistID. 35328
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

【腐】相手以上、相手未満【レグリ】

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
シロガネの山はその名を体で表すように、途切れることなく降る雪に、山肌を白く染め上げていた。日が差すことは珍しく、山はいつも灰色の雲に覆われている。お陰で白と灰色が歪に混じり合った風景が視界を占める。
 自分の目が色を映さなくなったのではないか、と思う事も少なくなかった。その思い自体は何も困りはしない。ただの小さな夢想だ。何よりもレッドを困惑させたのは、己の世界が色を無くす事に恐怖を感じなかった事だ。色素のない世界を受け入れられる自分を、色のある世界に執着のない自分を、不気味に思った。世捨て人。そんな言葉が頭を過る。
 冷えきった耳朶を打つ強風の中に、微かに雪を踏み締める音を聞いた。あたりを見回す。白と灰色の中で際立つ色彩に目がとまる。来たのか。その確かな足取りはレッドを探しているものに違いないと確信した。何度も経験し、勘が染み付いている。
 久方ぶりの来訪者にも、心は揺れない。レッドがこの地に居着いてから、何の因果かは知らないが、挑戦者を名乗る輩が度々彼の元を訪れるようになった。初めの頃は嬉々として勝負を受けていたのだが、同じように繰り返される勝負の展開に、それは次第にとてもつまらないものへと変わってしまった。だから今のように誰かが訪ねて来ても、何の感情も沸き上がらない。結局は退屈して終わるだけだと、ため息を吐く。
 吹雪を縫って目の前に立ったのは、帽子を反対に被った少年だ。この地に来るほとんどが大人だったので、おや、と思った。だが、それだけだった。すぐに相手への興味は失せる。腰のボールをそっと撫でる。帽子を目深に被り直そうと指をかける。それは勝負を前の癖だ。その手がとまる。少年の眼差しに、惹き付けられた。暫くの間二人は視線を交わし合った。レッドにしてみれば本当に久しぶりに、対戦相手の顔を見たことになる。普段なら顔など見ず、さっさとけしかけている。それを、眼前の少年はレッドの動きをとめ、見つめるという行為をさせた。それだけの力強さが、彼の目にはあった。少年への興味が頭をもたげる。心が僅かに動いた気がした。
 不意に、何かが彼に重なる。なんだろう。目を凝らしたが、それは直ぐにかききえた。少年が緊張を滲ませ、さらに一歩踏み出した。それを合図に、レッドにとっては一か月ぶりの勝負が始まった。

 負けたな。吹雪の隙間から相手が最後の一撃に踏み込むのが見える。その瞬間に、終わりか、と、何の感慨もなく胸の内で呟く。果たして、レッドの思い通り、勝敗がついた。最後の一体が雪に伏した時、レッドは久方ぶりの解放感に立ち尽くした。力は全て出しきった。溜まりきった鬱憤が空に散り、身体が空になったようだ。張っていた気が緩む。と、目眩がした。加えて、目が霞だす。そのぼやけた視界の中で、少年の顔には勝者の喜びも感動も浮かんでいなかった。何かを惜しむように眉を寄せていた。
 思わず笑った。微笑ましい。純粋で、無邪気な子供なのだろう。柔らかな気持ちが身体を満たした。
 傾ぐ身体、霞む視界。倒れた瞬間、レッドは懐かしいものを目にした。
 それは、初めて勝負に負けた時の記憶だった。その日幼なじみであった男と、初めての勝負をした。結果は男の勝ちで終わった。苦笑した博士が傍らに立ち、慰めるようにレッドの肩に手を置いた。それが慰めである事に、幼いレッドは気がつかず、ただぼんやりと白髪の目立ち始めた男の顔を仰いだ。悔しさはなかった。ああ負けちゃった。その程度の気持ちだった。
 ふと、憎まれ口を叩き続けていた幼なじみを見やる。その口上をほとんど聞いていない事にも気づかずに、彼はまだ何か話している。相変わらずだな。変わらぬ幼なじみにそっと息を漏らす。隣で博士が小さく笑った。そんな博士をちらりと見て、幼なじみに視線を何気なく走らせた時だった。彼の得意気な表情の中に、一抹の寂しさのようなものを感じ取った。その途端、急に言いようもない悔しさが沸き上がる。感情が火柱となり、一気にレッドの腹の奥底から頭までかけ上がる。身体中をチリチリとその熱が炙る。喉の奥で燻ったそれはじりじりと舌へにじりより、舌先を焦がした。口を開けば悔しさが蛇となって目の前の幼なじみの喉元に食らいつく想像が頭を掠め、レッドは口唇を強く噛んで想像を身体の奥に押し込めた。
 こんなにも激しい感情が身の内に秘められていた事をレッドはこの時初めて知った。驚きと戸惑いが後から追いかけて来て、ようやっと落ち着きを取り戻した時、レッドは居心地が悪くて仕方なくなった。背中に手を当てたままの博士からも、失望を隠しきれずにいる幼なじみからも逃げ出したくて堪らない。それでいて、目は幼なじみの彼から離せないでいる。そんな矛盾にさらに気分を悪くしていると、幼なじみは口早に何かを言い、レッドの横を早足に通り抜け、研究所から出ていった。すれ違い様、一瞬、レッドの横顔に注がれた視線が頬にまとわりつく。頬を強く擦っても、その感覚はとれなかった。
 閉まった扉の音を聞き、一つだけレッドは約束を作った。誰にも負けない。これからの試合はどんなものであろうとも、絶対に勝つ。それが自身に課した決まり事である。それから旅に出てからは決まりを守るための努力は厭わなかった。仲間の支えと時折思い出した悔しさを糧にして、一層の努力を注ぎ込み、毎日勝負を繰り返した。リーグも制覇し、幼なじみには二度と負ける事はなかった。
 幼なじみとの最後の勝負が思い浮かぶ。チャンピオン戦と言う名誉ある場に、二人が立つことに少なからず興奮はあった。しかし、勝負はあっさりと着いてしまい、すぐさま失望の色が我が身を苛む。その時レッドは、最初の勝負を思い出していた。幼なじみは、負けたレッドに失望を感じていた。その思いを長い年月を経てようやくレッドは理解したのだ。と、俯き加減の幼なじみが僅かに顔を上げた。やはり彼は、あの時のレッドと同じように、悔しさを隠れきれずにいた。ぎゅっと口唇を噛み、爆発する感情を押し殺していた。彼を見て、一気に鳥肌が立つ。次は負ける。理由はない。直感だった。だが、幼なじみの怒りとも悔しさともつかない不思議な色合いをした目の力強さに圧倒され、レッドは無意識に目を反らせた。その途端、負けた時以来の虚しさがより強くなって甦る。どんなに努力を重ねても、経験を積んでも、彼には敵わないのではないかと、劣等感すら沸き上がって混じりあい、チクチクと胸を刺す。勝っても負けても幼なじみを正視出来ないことに腹もたった。そしてレッドは、逃げるように幼なじみに背を向けて、山にこもったのだ。
 今、再びあの時の彼の顔を思い出す。それが、レッドが目を覚ます直前に夢見ていたものであった。
 
 あまりの眩さに目が上手く開けない。手でひさしを作って、ようやく半分ほど目が開いた。身を起こす。レッドはベッドの上にいた。そこは柔らかな桃色の壁紙に囲まれた個室だ。ベッドが面積のほとんどを占め、他にあるのは小さなテーブルだけだった。壁紙とは不釣り合いな消毒液の匂いが鼻をついた。初めて見たはずなのに、懐かしさを感じる。センターに似た雰囲気があるので、そこの一室なのかもしれない。