さよならのじかん
いつも一緒だった。
物心つく前から一緒だった。
同じベッドで眠り、同じものを見て、食べて、感じて、泣いて、笑って。
本当に幼いころから当たり前のようにともに居た。
だからずっと、それが続くのだと。
何があっても、二人は離れない。全てが終ったあとだって、永遠にそれが続くのだと。
ずっと、それが当たり前だと思っていた。
それが奇跡の上に成り立った、永遠という名の一瞬だと気づくまでは。
さよならの じかん
「そう、か」
「うん。嬉しくて、一番に君に伝えに来たかったんだ」
星喰みを倒して半年が経ったある日。
世界を変えたとも云えるギルド『凛々の明星』の切り込み隊長とも呼ばれる女性、ユーリ・ローウェルは久しぶりに帝都へと戻ってきた。
最後に帝都に帰ったのは、星喰みを倒した直後。
ヨーデルへ報告した際だった。
それからは、ギルドで多くの依頼を受け、こなし、ずいぶんと忙しく世界を回っていたために帰ることはできなかった。
それでも依頼の中で幾度か帝都へ訪れたが、とてものんびりとは出来ず仕舞いで『顔を出す』という意味合いを持つ帰還はこれが初めてだ。
市民街の中央でユーリは一瞬足をとめた。
そばを歩いていたラピードも一緒になって立ち止る。
彼女は迷っていた。といってもわずかだが。
先に下町へと向かい、宿の女将さんやハンクス爺さんにあいさつするか。
それとも金髪の幼馴染、フレンの元に顔を出すか。
フレン・シーフォは帝都の要である騎士団を率いる騎士団長代理である。
一般人では会うことも滅多にできないが、ユーリは違う。
先の事件を率先して解決し、世界に未来を取り戻した『聖騎士』だからである。
本人はその称号を心底嫌っているが、それでも帝国とギルドの希望の懸け橋となる象徴として、『謹んで』拝命したのだ。
しかし元から縛られるのが嫌いな彼女のことを皆が皆知っているため、緊急の有事以外は彼女の行動は自由とされている。
だが何よりも、騎士団長代理に会えるのがその称号だけが理由ではない。
先にも述べたとおり、二人は幼馴染だった。
まだ物心付いていないときから同じ環境で、場所で二人は育った。
一度は離れてしまったこともあったが、それでも二人の絆は確か。
「よし。んじゃ先にフレンのとこにでも顔出すか」
「わふ」
結果、先に幼馴染に会いに行くことにした彼女は歩きだそうとしたが、しかし一歩も踏み出さなかった。
「ユーリ!」
何故なら貴族街に繋がる階段から、目当ての人物がやってきたからだった。
「フレン!?お前こんなとこでなにしてるんだよ」
小走りでやってきた幼馴染にユーリは問うた。
今の時期、まだ世界情勢は安定していない。騎士団長代理ともあろうものがこんなところで油を売っている暇はないはずだ。
…だからと言って全く休みもせずに仕事をしろとは言わないが。
「休暇だよ。少し用事もあってね」
「用事?なんの」
それとなく聞いてみたユーリは、次のフレンの言葉に固まった。
「デートだよ。僕、恋人が出来たんだ」
晴れやかな、それでいて少し照れた様子のその笑顔に彼女は息を漏らすことしか出来なかった。
闇はずっと昔から光に恋をしていたのだ。
「え…」
「今日は、彼女と僕の初めての外出なんだ。本当はユーリに最初に言いたかったんだけど、会えなかったから…」
「…あ、ぁ」
「ユーリとはずっと一緒にいたからちゃんと知らせようと思っていたし」
「そう、か」
「うん。嬉しくて、一番に君に伝えに行きたかったんだ」
やめてくれ。
そんな顔で、表情で
俺の名前を呼ばないでくれ
ずっと昔。
それこそ、二人で剣を初めて握った時からユーリはすでにフレンに想いを寄せていた。
最初こそその感情の意味を解せなかったが、時が経つにつれ次第に理解していった。
――ああ、俺はフレンが好きなんだ、と。
しかし、こんな男勝りで乱暴でガサツな女らしい所が一つもない自分なんかフレンが好きになってなどくれない、と
そう思って長い間その恋情をひた隠しにしてきた。
ただ彼の横に立ちたい。対等で居たいと、その一心で。
だから彼と分かたれてしまった後も、剣の稽古は辞めなかった。
もう会えないと思っていたが、それでもかつて二人で目指したモノを守りたくて、ずっと続けた。
それが恋情故のなのか、それともただの負けず嫌いか。
どちらにせよ、それのおかげでまた二人は出会えたといっても過言ではない気がした。
ユーリにとっては。
「……その、」
「なんだい?」
「その子は、どんな子なんだ?」
なんとか言葉を紡いだもの、上手く言えているのかどうか疑問だ。
「え。…そうだな、ユーリの周りに居る女性で例えるならエステリーゼ様のような雰囲気の子だな」
そう言われて、ああとユーリは思った。
やっぱり、そうなのか。
「そうか…よかったな、おめでとう。二人ともとてもお似合いだよ」
顔に笑顔を張り付ける。
上手く笑えているのか微妙だったが、若干浮かれているフレンなら気づかないだろう。
「ありがとう!君が親友でよかったよ」
やはり気づかれなかった。
ユーリは冗談めかして「彼女を傷つけるなよ?」と笑うと、ラピードを従えてフレンと別れた。
下町へと続く坂をほんの僅かに下って振りかえる。直後、目を見開いた。
そこには先ほどまで自分の居た場所にたたずみ、胸元に白い子犬を抱いた女が居た。
セミロングの短い茶髪に縁取られた顔は瞳も大きく、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
確かに雰囲気はエステルに似ていた。まさに『かわいい、守ってあげたくなる女の子』
彼女の前に立つフレンも、幸せそうに笑っている。
まさに『お似合い』だった。
「行こう、ラピード」
子犬の頭を撫でるもう一人の主人を見ながら、少し寂しそうに鼻を鳴らしていたラピードだが、ユーリの言葉に彼女を見上げると手の甲に鼻先を押しつけてきた。
「大丈夫。大丈夫だラピード」
そんな愛犬の様子に僅かに笑って、ユーリは足を進めた。
解っていた。望んでいた。願っていた。…悟ってしまった。
脳裏に響くのはかつての避難の言葉。
『お前の…!お前の存在は隊長のためにならない!!』
かつて自分が言い放った言葉。
『俺はあいつに相応しい奴が現れるまでの……代役だ』
そうだ、時は来たのだ。
かつて自分が願った、そして現実になってほしくなかった時が。
「……潮時か」
告げることの出来なかった想い。
永遠を望んだ、失った光。
ユーリは、疼くはずのない腹の傷を抑えた。
あれから二日しか経ってない。
フレンの劇的な報告を聞いてから。
あのあとラピードと下町へ降りた後、皆に碌な挨拶も出来ずに借りたままにしてあった部屋へと入った。
ベッドではなく、床に座っておもむろに愛刀を手に取る。
右手で鞘を抜いてしばらく刀身を眺めると、右手で髪を握った。
そのまま刃を髪に当てて引く。……はずだった。
「……ラピード」
主人が何をしようとしているのか悟ったラピードは、柄を握るユーリの左手を拳ごと押しとどめるように噛みついた。
甘噛み程度の強さだが、瞳と唸り声には怒りを感じる。
彼もまた、フレンや仲間たち同様にユーリの髪を気に入っていた。
物心つく前から一緒だった。
同じベッドで眠り、同じものを見て、食べて、感じて、泣いて、笑って。
本当に幼いころから当たり前のようにともに居た。
だからずっと、それが続くのだと。
何があっても、二人は離れない。全てが終ったあとだって、永遠にそれが続くのだと。
ずっと、それが当たり前だと思っていた。
それが奇跡の上に成り立った、永遠という名の一瞬だと気づくまでは。
さよならの じかん
「そう、か」
「うん。嬉しくて、一番に君に伝えに来たかったんだ」
星喰みを倒して半年が経ったある日。
世界を変えたとも云えるギルド『凛々の明星』の切り込み隊長とも呼ばれる女性、ユーリ・ローウェルは久しぶりに帝都へと戻ってきた。
最後に帝都に帰ったのは、星喰みを倒した直後。
ヨーデルへ報告した際だった。
それからは、ギルドで多くの依頼を受け、こなし、ずいぶんと忙しく世界を回っていたために帰ることはできなかった。
それでも依頼の中で幾度か帝都へ訪れたが、とてものんびりとは出来ず仕舞いで『顔を出す』という意味合いを持つ帰還はこれが初めてだ。
市民街の中央でユーリは一瞬足をとめた。
そばを歩いていたラピードも一緒になって立ち止る。
彼女は迷っていた。といってもわずかだが。
先に下町へと向かい、宿の女将さんやハンクス爺さんにあいさつするか。
それとも金髪の幼馴染、フレンの元に顔を出すか。
フレン・シーフォは帝都の要である騎士団を率いる騎士団長代理である。
一般人では会うことも滅多にできないが、ユーリは違う。
先の事件を率先して解決し、世界に未来を取り戻した『聖騎士』だからである。
本人はその称号を心底嫌っているが、それでも帝国とギルドの希望の懸け橋となる象徴として、『謹んで』拝命したのだ。
しかし元から縛られるのが嫌いな彼女のことを皆が皆知っているため、緊急の有事以外は彼女の行動は自由とされている。
だが何よりも、騎士団長代理に会えるのがその称号だけが理由ではない。
先にも述べたとおり、二人は幼馴染だった。
まだ物心付いていないときから同じ環境で、場所で二人は育った。
一度は離れてしまったこともあったが、それでも二人の絆は確か。
「よし。んじゃ先にフレンのとこにでも顔出すか」
「わふ」
結果、先に幼馴染に会いに行くことにした彼女は歩きだそうとしたが、しかし一歩も踏み出さなかった。
「ユーリ!」
何故なら貴族街に繋がる階段から、目当ての人物がやってきたからだった。
「フレン!?お前こんなとこでなにしてるんだよ」
小走りでやってきた幼馴染にユーリは問うた。
今の時期、まだ世界情勢は安定していない。騎士団長代理ともあろうものがこんなところで油を売っている暇はないはずだ。
…だからと言って全く休みもせずに仕事をしろとは言わないが。
「休暇だよ。少し用事もあってね」
「用事?なんの」
それとなく聞いてみたユーリは、次のフレンの言葉に固まった。
「デートだよ。僕、恋人が出来たんだ」
晴れやかな、それでいて少し照れた様子のその笑顔に彼女は息を漏らすことしか出来なかった。
闇はずっと昔から光に恋をしていたのだ。
「え…」
「今日は、彼女と僕の初めての外出なんだ。本当はユーリに最初に言いたかったんだけど、会えなかったから…」
「…あ、ぁ」
「ユーリとはずっと一緒にいたからちゃんと知らせようと思っていたし」
「そう、か」
「うん。嬉しくて、一番に君に伝えに行きたかったんだ」
やめてくれ。
そんな顔で、表情で
俺の名前を呼ばないでくれ
ずっと昔。
それこそ、二人で剣を初めて握った時からユーリはすでにフレンに想いを寄せていた。
最初こそその感情の意味を解せなかったが、時が経つにつれ次第に理解していった。
――ああ、俺はフレンが好きなんだ、と。
しかし、こんな男勝りで乱暴でガサツな女らしい所が一つもない自分なんかフレンが好きになってなどくれない、と
そう思って長い間その恋情をひた隠しにしてきた。
ただ彼の横に立ちたい。対等で居たいと、その一心で。
だから彼と分かたれてしまった後も、剣の稽古は辞めなかった。
もう会えないと思っていたが、それでもかつて二人で目指したモノを守りたくて、ずっと続けた。
それが恋情故のなのか、それともただの負けず嫌いか。
どちらにせよ、それのおかげでまた二人は出会えたといっても過言ではない気がした。
ユーリにとっては。
「……その、」
「なんだい?」
「その子は、どんな子なんだ?」
なんとか言葉を紡いだもの、上手く言えているのかどうか疑問だ。
「え。…そうだな、ユーリの周りに居る女性で例えるならエステリーゼ様のような雰囲気の子だな」
そう言われて、ああとユーリは思った。
やっぱり、そうなのか。
「そうか…よかったな、おめでとう。二人ともとてもお似合いだよ」
顔に笑顔を張り付ける。
上手く笑えているのか微妙だったが、若干浮かれているフレンなら気づかないだろう。
「ありがとう!君が親友でよかったよ」
やはり気づかれなかった。
ユーリは冗談めかして「彼女を傷つけるなよ?」と笑うと、ラピードを従えてフレンと別れた。
下町へと続く坂をほんの僅かに下って振りかえる。直後、目を見開いた。
そこには先ほどまで自分の居た場所にたたずみ、胸元に白い子犬を抱いた女が居た。
セミロングの短い茶髪に縁取られた顔は瞳も大きく、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
確かに雰囲気はエステルに似ていた。まさに『かわいい、守ってあげたくなる女の子』
彼女の前に立つフレンも、幸せそうに笑っている。
まさに『お似合い』だった。
「行こう、ラピード」
子犬の頭を撫でるもう一人の主人を見ながら、少し寂しそうに鼻を鳴らしていたラピードだが、ユーリの言葉に彼女を見上げると手の甲に鼻先を押しつけてきた。
「大丈夫。大丈夫だラピード」
そんな愛犬の様子に僅かに笑って、ユーリは足を進めた。
解っていた。望んでいた。願っていた。…悟ってしまった。
脳裏に響くのはかつての避難の言葉。
『お前の…!お前の存在は隊長のためにならない!!』
かつて自分が言い放った言葉。
『俺はあいつに相応しい奴が現れるまでの……代役だ』
そうだ、時は来たのだ。
かつて自分が願った、そして現実になってほしくなかった時が。
「……潮時か」
告げることの出来なかった想い。
永遠を望んだ、失った光。
ユーリは、疼くはずのない腹の傷を抑えた。
あれから二日しか経ってない。
フレンの劇的な報告を聞いてから。
あのあとラピードと下町へ降りた後、皆に碌な挨拶も出来ずに借りたままにしてあった部屋へと入った。
ベッドではなく、床に座っておもむろに愛刀を手に取る。
右手で鞘を抜いてしばらく刀身を眺めると、右手で髪を握った。
そのまま刃を髪に当てて引く。……はずだった。
「……ラピード」
主人が何をしようとしているのか悟ったラピードは、柄を握るユーリの左手を拳ごと押しとどめるように噛みついた。
甘噛み程度の強さだが、瞳と唸り声には怒りを感じる。
彼もまた、フレンや仲間たち同様にユーリの髪を気に入っていた。