さよならのじかん
それを切ろうとするユーリをラピードは止めたかったのだ。
「……ごめんな」
その意思を感じたのか、ユーリは髪から手を離す。
僅かに力の抜けた左手を感じ、ラピードもまたその手を離した。
カラン、と落ちる愛刀も気にならずユーリはラピードを抱きしめて静かに泣いた。
しばらくして落ち着いたユーリは再び愛刀を手に取った。
ラピードはその様子を見て悲しそうな声を上げたが、何も行動を起こさない。
刃先を腹部へと向ける。
別に自害しようというわけではない。当てる個所には苦い記憶。
それはかつて、ザウデ不落宮から落ちる原因となった傷。
今はもううっすらと跡が残る程度にしか残っていないそこに、彼女は服の上から刃先を埋めていった。
うめき声と激痛。刀身と鮮血。
再び傷つけるのは、自分の立ち位置を再確認するためだ。
もう、代役は舞台から降りなければならない。
「あの、よろしいですか?」
ギルド・凛々の明星に依頼に来たのは18くらいの娘だった。
彼女は絵を描くことが好きなお嬢様らしく、世界中の光景を絵に収めたいと言って護衛の依頼を持ってやってきた。
期間は彼女が満足するまでの間。要望は腕の立つ女性。
その時点でジュディスとユーリが抜擢されるのだが、生憎ジュディスにはバウルとともに別の依頼の足がかりになってもらうために長期の任務は任せられない。
そのためにユーリがまかされることになった。
「すみません、こんな無茶な依頼してしまって…」
「あんたが自分で決めたことなんだろ?それにもう首領が依頼料もらっちまったし、こっちは仕事だからな」
そう返したユーリと依頼主は二人で街道を歩いていた。
本当はラピードも一緒に、とカロルに言われていたのだが、依頼主がまさかの犬が苦手だということでユーリ一人で仕事に当たった。
「で、まずはどこに行くんだ?」
「そうですね…カルボクラムに行ってみたいです」
「あんな所の絵なんて描くのか?」
「廃墟を舐めてはいけませんよ?それなりの趣だってあるんですから」
「趣ねぇ…」
そんなことを言いながらダングレストを出て三日目、ヘリオードを経由してカルボクラムに辿り着いた時だった。
「…止まれ」
「なんですか?」
「……」
廃墟の目前、確かな殺気を感じてユーリは足をとめた。
依頼主は何にも気づかずに驚くが、次に現れた屈強な男たちが現れたことに今度は怯えた。
「その娘を渡せ」
「断るっつったら?」
「かかれ!!」
「返事はそれかよ…!!」
襲いかかってくる男たちを愛刀で蹴散らすが、切っても切ってもきりがない。
どこから現れているのか、どんどん人数が増えていく。
しかし彼女もかつて二百人切りを成し得た者だ。実力も体力も一般人と比べると並々ならない。
なんとか切り抜けられるだろうか、そう考えた瞬間背後で悲鳴が聞こえた。
「!」
「動くな」
喉に刃を突き付けた男は、にやりと笑った。その隙を狙った他の男に衝撃を与えられたユーリは昏倒した。