さよならのじかん 2
頭がいたい。
体が重い。
視界が回る。
どうしてここに居る…
ユーリは浮上した意識の片隅で必死に思考をまわした。
痛み、重い体を叱咤して無理やり起す。そして重い冷え切った音が耳に届いた。
「え…?」
音のした方――彼女は自身の腕を凝視した。その手首には手枷が付いており、伸びる鎖はベッドの下の錘に繋がっている。鎖の長さに余裕はあるが抜け出すことは出来そうにない。
よくよく見れば、足首にも同じように足枷が嵌められていた。
「なんで…!?」
起き上ってこんな状況に陥れば、彼女じゃなくてもこうなるだろう。
しかし彼女はもう一つ、自分の身に拘束具と思わしきものが付いていることに気付いた。
「なんだ…?これ?」
指先を導いた先は己の首元。鏡でもない限り視界に入れることは不可能であろう、それはまるでチョーカーのように彼女の首に張り付いていた。
ざっと指先でなぞって解ることと言えば、その中心部分に何か石のようなものを嵌めこんでいるということ。
宝石ではないだろう、自分は拘束されてこんな牢のような場所に放り込まれているのだから。
そう思ってユーリは周りをきょろきょろと見やる。
窓一つない石牢のような場所。冷たい鉄格子の向こうには暗い闇が広がるばかり。
一体自分はどれくらいの間眠ってしまったのだろうか。
第一、 自分をこんなところに閉じ込めたのはどこのどいつだろうか。
見張りもつけずに、ずいぶんと不用心なやつら。ユーリはそう思った。
だが、不安はぬぐいきれない。意識を失うまで一緒に居たあの依頼主はどうしたであろうか。無事に逃げおおせているとは到底思えない。なんせ奴らの狙いは彼女だったのだろうから。
ユーリは一つ溜息をつくと、もう一度手枷を外そうと身を捻った。
「………!!」
瞬間、腹部に凄まじい灼熱を感じた。思わず手で押さえ前のめりになって激痛に耐える。
忘れていた。
フレンに盛大に失恋して、自分がどれほど思いあがっていたのか、彼に恋情を抱くことすらを罪とし、かつて大海へと身を預けたきっかけとなった傷。
それを先日『自らの立ち位置を再確認するため』と刃先を埋めた先。
二日間でなんとか傷は落ち着いていたのだが、依頼中の魔物やら盗賊やらとの戦闘や賊との戦いによってしっかり傷は開いてしまっていた。
痛みに耐えつつ、しかしユーリはその痛みと共に襲い来る不安に、思わず呟いてしまったのだ。
「……フレン」
彼女が自ら呼ぶことを禁じた彼の名を、自らが禁じた縋るような声で。
女々しい――と脂汗を滲ませた額のまま、彼女は自嘲った。
「傷が痛むのかね?」
そして突如聞こえた知らない声にユーリは目を見開いて顔を上げた。
目前に居るのは深緑色のローブを着た男。
厭らしい笑みを浮かべ、鉄格子の向こうからユーリを舐めるように見ていた。
ぞっとする。鳥肌が立つような気持ち悪い笑みが、視線が、彼女には耐えがたかった。
「てめぇ…何もんだ…!?」
負けじと低く唸る。男はそんなユーリの様子に、気でもよくしたのか笑い声を漏らした。
「くくく……凛々しいな、そんな重い傷を負っているというのにとても気丈なお嬢さんだ」
どうやら腹の傷が相当酷いものと思っているようだ。
確かにこのまま放置して血止めもしなければやがて失血と菌が傷口から入り込んでの化膿やら何やらを起してしまうだろう。
だが、そういった医療関係は詳しく知らないユーリにとって、危険度は痛みの強弱が判断基準なのだ。
まぁ、痛い。今の痛みはいわばその程度。しかし彼女自身も忘れているのだろうが、彼女の元からの戦闘狂気質と男気溢れる性格のせいか、彼女は痛みの感覚に対して若干、一般の感じ方より軽く感じる――要するに若干痛覚がマヒしているのだ。
故に、彼女の『まぁ痛い』は一般人に訳すと『大の大人が涙目になって懇願するくらい痛い』というところだ。―――盲腸くらいだ、なったことまだないけど。
男は睨みつけるユーリを正面から見据えると、牢に入ってきた。
いきなりの行動にユーリは驚き、思わずベッドの上を後ずさった。とっさに叫ぶ。
「てめぇなにもんだ!!何が目的だ!!?」
男はその問いに、ベッドの正面まで来ていた足をぴたりと止めた。
「――我が名はディストン・レボル。この世界を新たに導く者だ」
「……は?」
何を言っているんだろう。こんな奴が、世界を変える?頭でも沸いているんだろうか。
彼女は目前でそういった男を見上げた。
「何言ってんだお前。世界を変えるなんて大それたこと、てめぇなんかが出来るわけねーだろ」
酷薄に笑んだユーリを見下ろしながら男はふっと口元を釣り上げた。
「出来るさ。私にはこれがあるのだから」
そういって男はその手をユーリへと伸ばした。瞬間、反応して後ろへと逃げるが、そこには冷たいパイプが彼女の行く手を遮っていた。
男――レボルの手がユーリの首元にあるチョーカーをするりと撫でた。
「なん…」
なんだ、と彼女が発する前に異変は起こった。
「…ぅ、ぁああぁああああああ!!!!!」
いきなり襲ってきた激痛。それと同時に、体中の力が抜けていくような錯覚を覚えた。
背をそらして彼女の絶叫は続く。
「どうだ、その魔導器の力は?それはとても特殊でな。対象のマナを自在に操作できるのだよ。まぁ、発動してからは激痛が走るのだが、魔導器の支配下量までマナが抜け落ちれば痛みはなくなる。ほんの少しの辛抱だよ」
そういうと男は未だ絶叫するユーリの顎に手を掛ける。そのまま口付けたのだ。
驚きと痛みでくぐもる声。同時に激しく咥内を犯しているのか水音が響く。
「……ぃや、あぁ……やめ……!!!」
必死に頭を振って拒絶するユーリだが、その抵抗は微々たるものだった。
体中の力が抜けたのだろう、カクリと全身が動かなくなる。
いつの間にかベッドに押し倒していた男は再びニタリと笑うと、ユーリを見下ろしていった。
「私の目的だったかな?ユーリ・ローウェル、君を我がものとすることだよ」
虚ろに光を反射するユーリに、男は楽しげにそう告げた。
(……フレン…)
たすけて
解っていた。
もう、あの光を目にすることは出来ない。
自分の意思で体を動かすことも許されない。
解っていた。それでも、諦められなかった。
女々しいことに、心のどこか片隅で待ち続けていた。
いつかお前がその忌々しい鉄格子を切り刻んで、こんな俺に微笑みながら手を伸ばしてくれる日を―――。
それが叶わない現実だと解っていたのに、やっぱり解っていなかったんだ。
期待すればするほど、その反動は大きい。
だから、期待なんてしたくなかったのに、頭と心は別物のように俺を苛む。
あの日――。
俺が囚われたあの時から凌辱は始まった。
レボルだとかいうあの男の目的はまさしく俺らしく、何度も何度も暴かれた。
気を失っても続いていた行為に俺の心は疲弊していって。
ただ、依頼主の嬢ちゃんはこいつの部下だったらしい。
なるほど俺は上手く嵌められたのだとわかった。
毎日毎日無理やり体を開かされ、何度も何度も苦しい、痛い屈辱的な言葉を突き付けられた。あの男だけでなく、その部下だろう連中にも―――マワされた。
体が重い。
視界が回る。
どうしてここに居る…
ユーリは浮上した意識の片隅で必死に思考をまわした。
痛み、重い体を叱咤して無理やり起す。そして重い冷え切った音が耳に届いた。
「え…?」
音のした方――彼女は自身の腕を凝視した。その手首には手枷が付いており、伸びる鎖はベッドの下の錘に繋がっている。鎖の長さに余裕はあるが抜け出すことは出来そうにない。
よくよく見れば、足首にも同じように足枷が嵌められていた。
「なんで…!?」
起き上ってこんな状況に陥れば、彼女じゃなくてもこうなるだろう。
しかし彼女はもう一つ、自分の身に拘束具と思わしきものが付いていることに気付いた。
「なんだ…?これ?」
指先を導いた先は己の首元。鏡でもない限り視界に入れることは不可能であろう、それはまるでチョーカーのように彼女の首に張り付いていた。
ざっと指先でなぞって解ることと言えば、その中心部分に何か石のようなものを嵌めこんでいるということ。
宝石ではないだろう、自分は拘束されてこんな牢のような場所に放り込まれているのだから。
そう思ってユーリは周りをきょろきょろと見やる。
窓一つない石牢のような場所。冷たい鉄格子の向こうには暗い闇が広がるばかり。
一体自分はどれくらいの間眠ってしまったのだろうか。
第一、 自分をこんなところに閉じ込めたのはどこのどいつだろうか。
見張りもつけずに、ずいぶんと不用心なやつら。ユーリはそう思った。
だが、不安はぬぐいきれない。意識を失うまで一緒に居たあの依頼主はどうしたであろうか。無事に逃げおおせているとは到底思えない。なんせ奴らの狙いは彼女だったのだろうから。
ユーリは一つ溜息をつくと、もう一度手枷を外そうと身を捻った。
「………!!」
瞬間、腹部に凄まじい灼熱を感じた。思わず手で押さえ前のめりになって激痛に耐える。
忘れていた。
フレンに盛大に失恋して、自分がどれほど思いあがっていたのか、彼に恋情を抱くことすらを罪とし、かつて大海へと身を預けたきっかけとなった傷。
それを先日『自らの立ち位置を再確認するため』と刃先を埋めた先。
二日間でなんとか傷は落ち着いていたのだが、依頼中の魔物やら盗賊やらとの戦闘や賊との戦いによってしっかり傷は開いてしまっていた。
痛みに耐えつつ、しかしユーリはその痛みと共に襲い来る不安に、思わず呟いてしまったのだ。
「……フレン」
彼女が自ら呼ぶことを禁じた彼の名を、自らが禁じた縋るような声で。
女々しい――と脂汗を滲ませた額のまま、彼女は自嘲った。
「傷が痛むのかね?」
そして突如聞こえた知らない声にユーリは目を見開いて顔を上げた。
目前に居るのは深緑色のローブを着た男。
厭らしい笑みを浮かべ、鉄格子の向こうからユーリを舐めるように見ていた。
ぞっとする。鳥肌が立つような気持ち悪い笑みが、視線が、彼女には耐えがたかった。
「てめぇ…何もんだ…!?」
負けじと低く唸る。男はそんなユーリの様子に、気でもよくしたのか笑い声を漏らした。
「くくく……凛々しいな、そんな重い傷を負っているというのにとても気丈なお嬢さんだ」
どうやら腹の傷が相当酷いものと思っているようだ。
確かにこのまま放置して血止めもしなければやがて失血と菌が傷口から入り込んでの化膿やら何やらを起してしまうだろう。
だが、そういった医療関係は詳しく知らないユーリにとって、危険度は痛みの強弱が判断基準なのだ。
まぁ、痛い。今の痛みはいわばその程度。しかし彼女自身も忘れているのだろうが、彼女の元からの戦闘狂気質と男気溢れる性格のせいか、彼女は痛みの感覚に対して若干、一般の感じ方より軽く感じる――要するに若干痛覚がマヒしているのだ。
故に、彼女の『まぁ痛い』は一般人に訳すと『大の大人が涙目になって懇願するくらい痛い』というところだ。―――盲腸くらいだ、なったことまだないけど。
男は睨みつけるユーリを正面から見据えると、牢に入ってきた。
いきなりの行動にユーリは驚き、思わずベッドの上を後ずさった。とっさに叫ぶ。
「てめぇなにもんだ!!何が目的だ!!?」
男はその問いに、ベッドの正面まで来ていた足をぴたりと止めた。
「――我が名はディストン・レボル。この世界を新たに導く者だ」
「……は?」
何を言っているんだろう。こんな奴が、世界を変える?頭でも沸いているんだろうか。
彼女は目前でそういった男を見上げた。
「何言ってんだお前。世界を変えるなんて大それたこと、てめぇなんかが出来るわけねーだろ」
酷薄に笑んだユーリを見下ろしながら男はふっと口元を釣り上げた。
「出来るさ。私にはこれがあるのだから」
そういって男はその手をユーリへと伸ばした。瞬間、反応して後ろへと逃げるが、そこには冷たいパイプが彼女の行く手を遮っていた。
男――レボルの手がユーリの首元にあるチョーカーをするりと撫でた。
「なん…」
なんだ、と彼女が発する前に異変は起こった。
「…ぅ、ぁああぁああああああ!!!!!」
いきなり襲ってきた激痛。それと同時に、体中の力が抜けていくような錯覚を覚えた。
背をそらして彼女の絶叫は続く。
「どうだ、その魔導器の力は?それはとても特殊でな。対象のマナを自在に操作できるのだよ。まぁ、発動してからは激痛が走るのだが、魔導器の支配下量までマナが抜け落ちれば痛みはなくなる。ほんの少しの辛抱だよ」
そういうと男は未だ絶叫するユーリの顎に手を掛ける。そのまま口付けたのだ。
驚きと痛みでくぐもる声。同時に激しく咥内を犯しているのか水音が響く。
「……ぃや、あぁ……やめ……!!!」
必死に頭を振って拒絶するユーリだが、その抵抗は微々たるものだった。
体中の力が抜けたのだろう、カクリと全身が動かなくなる。
いつの間にかベッドに押し倒していた男は再びニタリと笑うと、ユーリを見下ろしていった。
「私の目的だったかな?ユーリ・ローウェル、君を我がものとすることだよ」
虚ろに光を反射するユーリに、男は楽しげにそう告げた。
(……フレン…)
たすけて
解っていた。
もう、あの光を目にすることは出来ない。
自分の意思で体を動かすことも許されない。
解っていた。それでも、諦められなかった。
女々しいことに、心のどこか片隅で待ち続けていた。
いつかお前がその忌々しい鉄格子を切り刻んで、こんな俺に微笑みながら手を伸ばしてくれる日を―――。
それが叶わない現実だと解っていたのに、やっぱり解っていなかったんだ。
期待すればするほど、その反動は大きい。
だから、期待なんてしたくなかったのに、頭と心は別物のように俺を苛む。
あの日――。
俺が囚われたあの時から凌辱は始まった。
レボルだとかいうあの男の目的はまさしく俺らしく、何度も何度も暴かれた。
気を失っても続いていた行為に俺の心は疲弊していって。
ただ、依頼主の嬢ちゃんはこいつの部下だったらしい。
なるほど俺は上手く嵌められたのだとわかった。
毎日毎日無理やり体を開かされ、何度も何度も苦しい、痛い屈辱的な言葉を突き付けられた。あの男だけでなく、その部下だろう連中にも―――マワされた。
作品名:さよならのじかん 2 作家名:あーね