さよならのじかん 3
「ねぇ、なんでハルルに来たの?」
そう疑問を口にしたのは最年少の少年・カロルだった。
花吹雪の舞う街のなかに一歩足を踏み入れて、辺りを見回す。
「一応世界情勢を確認するって名目だからね。なら最初はハルルで情報収集した方が自然だ」
「それに、最近は各地からの行商人達が立ち寄るらしいので話を聞くにはもってこいです」
エステリーゼの言葉に街の中をよく見てみると、確かに行商人と思わしき人々が所々に居る。荷を纏めている者もいれば先ほど街に入ったのだろう、宿へ向かおうとしている者もいる。
「うむ。これなら情報が早く入りそうなのじゃ」
「あ、ちょっとパティ!」
カロルが少女の名を呼ぶが、当人には聞こえていなかったのかそのまま行商人と話し始める。
一行はそれを眼で追った後、苦笑したフレンの言葉によって各々行動を開始した。
「それじゃあ、各自情報を集めて30分後に宿屋の前で」
「ちょっと!それ本当なの!?」
リタは思わず大声を上げて、アスピオのローブを着た研究者仲間に掴みかかった。
「落ち着いて、リタ」
「……!」
傍に居たジュディスがそっとリタの肩を叩き、宥めるように撫でた。
その感覚に毒気を抜かれた彼女は、胸倉をつかんでいた手を離し、そっぽを向く。
「悪いことしたわ。それで?事実なの?」
穏やかに微笑みつつも眼だけは真剣なジュディスに、研究者は「あ、ああ」とどもりながら答えた。
「本当なんだ。アスピオの廃墟で真っ黒い人影をみた。おれだけじゃない、アスピオで資料発掘してる連中は大抵見てると思うぜ?」
「いつ頃からかわかるかしら?」
「……いや、俺が見たのは二回ほどだし…最初に見たのは二カ月くらい前だ。でも怖かったし確かめもしなかったんだ…」
研究者は己が情けないと思っているのだろうか、しゅんと肩を落とした。
だが無理もない。いまやもう世界に魔導器は存在せず、術技だって昔のように使えないのだ。戦闘を行うのなら純粋な武術がものをいう世界。
それこそ魔術を使うリタにとっては簡単に術をぶっ放すことが出来ずにストレスが溜まっている状態なのだ。
一般人が未知のモノに怯えて逃げ出すのを笑うような奴はいないだろう。
いるとすれば己の力量も測れぬ馬鹿くらいだ。
「そう。わかったわ、ありがとう」
ジュディスは未だに肩を落とす男に礼を言ってリタを連れて立ち去る。だが背後から研究者が声を掛けてきた。
「そうだ、参考にならないかもしれないが一つだけ。これは俺の荷物の話なんだけど、アスピオに置いてあった俺の荷物の一部が見つからないんだよ」
「そんなのまだ瓦礫の下に埋まってるだけなんじゃないの?」
「いや、俺の家のあった辺りは掘り返されてたんだがな…どうも研究対象にしてあった魔導器がなくなっているんだ、資料ごと」
「…なんですって?」
「実際に俺だけじゃない、何人かの研究者たちも同じこと言ってたよ『おれの魔導器がない』って」
「あんた、それいつの話よ!!?」
「え、そうだな…気づいたのは、そう……たぶん三カ月くらい前だよ」
宿の前には、もう自分たち以外がそろって待っていた。
「あら?一番最後だったかしら」
「あ、おかえりなさいリタ、ジュディス」
振り向いたエステリーゼがそう返すと、リタが「た、ただいま…」と照れながら返す。
やり取りを見て、落ち着いた声でレイヴンは言った。
「とりあえず、お宿にいきましょうか。おっさん部屋とっといたから」
宿の一室に入ったフレン達は各々の情報を上げていく。
だが、
「……まさか、みんな同じ情報とはね」
苦笑しながら呟いたフレンは、それでも話を聞いた人によって違うその期間を絞り始めた。
一番最初にその人影を目にしたのが、レイヴンとカロルが聞いたアスピオの魔導師。
五か月前――つまりは、あの最期の闘いのひと月ほど経ってから現れたのが始まりなのだろう。
そのあとは、定期的に何人かアスピオに調査に来たものも含めてそれなりの数目撃者がいるらしい。
「ねぇ、これってさ帝都はこのこと知らなかったの?」
「はい……報告書にはこんなこと…」
「これだけ目撃者が居るのに帝都には話が行かなかったってのも驚きだけど…」
「リタも知らなかったんでしょ?」
「そりゃ…!!」
「リタはずっと研究していたから耳に入らなかったのよね」
ジュディスは眼をそらすリタの頭を撫でながら代弁した。
なるほど、それならリタは知るはずがない。研究熱心な彼女は、一度集中し始めると食事すら忘れるのだ。噂話に疎くて当たり前だ。
「それで、魔導器がなくなってるっていうのも同時期からなんだけど…」
「本当、どうしてこれだけ噂が広がってるし実害があるのに、帝国は知らないのかしら」
「そのことなんだけど…」
ふとフレンは、騎士団長としての顔で自分の中に上がった疑問を呟いた。
「今旧アスピオは、関係者以外は基本立ち入り禁止なんだ」
騎士団で封鎖しているはずだ、と彼は告げる。
「埋まってしまったとはいえ、あそこには魔導器やタルカロンがある。騎士団が常に駐留しているし、身分証を提示しないと入れないはずなんだ。なのに…」
「その報告って騎士団がしてるんだよね?」
「……ああ」
辿り着いた考えにフレンは眉根を寄せて苦い顔をする。
つまりこれは。
「騎士団のなかに何か企んでる連中が居るってことね」
ああ、そういうことだ。
フレン達は旧アスピオの瓦礫の中にいた。
レイヴンのあの言葉に、騎士団長として少し様子を見なければいけなくなったのだ。
この事件がユーリの行方知れずの件と関わりがあるのならいいが、その可能性もないだろう。
情勢が安定していないのは初めからわかっていたのだ。何せ魔導器がなくなってから世界はまだ半年ほどしか経っていない。それで安定するくらいなら、魔導器を捨てることを決めたあのオルニオンでの会議は意味をなさない。
だがまさか、騎士団内部でこういったことが起こっているとは思わなかった。
アスピオの入り口の前に駐留する部下に通してもらい、フレン達はその変わり果てた場所を見やる。
目前にあるタルカロンは、今は物言わぬままかつての恐怖はなりを潜めていた。
それでも静かなまま、聞こえるのは風の音と、自分たちの歩く靴音、足音。
「ほ、ほんとに誰かいるの…?こんなところに?」
「もう何もないのじゃ」
「ある程度残った資料は運び出したって言ってからね」
リタはそう言うと、かつて自分の小屋があっただろう方角を眺めた。いまやただの瓦礫となった、そこを。
「リタ…」
エステリーゼは心配そうに彼女の名を呼ぶが、リタは振り返ると「さぁ行きましょう」と歩き始めた。
しかし、不審な連中の影なんてものは見えない。
それなりに探したりしたがそれらしい痕跡もないため、これは当てが外れたかと思ったその時。
「わふ」
「どうしたんだ、ラピード」
微かに吠えたラピードは突然走りだした。驚きながらも静かに彼の後を追う。
立ち止った彼が威嚇する先には、真っ黒いローブを着た女。
その足元には、壊れているがリタにはわかる。魔核をなくした魔導器。
「帝国騎士団長のフレン・シーフォだ!そこで何をしている!」
「ふむ、―――が捕まったか」
そう疑問を口にしたのは最年少の少年・カロルだった。
花吹雪の舞う街のなかに一歩足を踏み入れて、辺りを見回す。
「一応世界情勢を確認するって名目だからね。なら最初はハルルで情報収集した方が自然だ」
「それに、最近は各地からの行商人達が立ち寄るらしいので話を聞くにはもってこいです」
エステリーゼの言葉に街の中をよく見てみると、確かに行商人と思わしき人々が所々に居る。荷を纏めている者もいれば先ほど街に入ったのだろう、宿へ向かおうとしている者もいる。
「うむ。これなら情報が早く入りそうなのじゃ」
「あ、ちょっとパティ!」
カロルが少女の名を呼ぶが、当人には聞こえていなかったのかそのまま行商人と話し始める。
一行はそれを眼で追った後、苦笑したフレンの言葉によって各々行動を開始した。
「それじゃあ、各自情報を集めて30分後に宿屋の前で」
「ちょっと!それ本当なの!?」
リタは思わず大声を上げて、アスピオのローブを着た研究者仲間に掴みかかった。
「落ち着いて、リタ」
「……!」
傍に居たジュディスがそっとリタの肩を叩き、宥めるように撫でた。
その感覚に毒気を抜かれた彼女は、胸倉をつかんでいた手を離し、そっぽを向く。
「悪いことしたわ。それで?事実なの?」
穏やかに微笑みつつも眼だけは真剣なジュディスに、研究者は「あ、ああ」とどもりながら答えた。
「本当なんだ。アスピオの廃墟で真っ黒い人影をみた。おれだけじゃない、アスピオで資料発掘してる連中は大抵見てると思うぜ?」
「いつ頃からかわかるかしら?」
「……いや、俺が見たのは二回ほどだし…最初に見たのは二カ月くらい前だ。でも怖かったし確かめもしなかったんだ…」
研究者は己が情けないと思っているのだろうか、しゅんと肩を落とした。
だが無理もない。いまやもう世界に魔導器は存在せず、術技だって昔のように使えないのだ。戦闘を行うのなら純粋な武術がものをいう世界。
それこそ魔術を使うリタにとっては簡単に術をぶっ放すことが出来ずにストレスが溜まっている状態なのだ。
一般人が未知のモノに怯えて逃げ出すのを笑うような奴はいないだろう。
いるとすれば己の力量も測れぬ馬鹿くらいだ。
「そう。わかったわ、ありがとう」
ジュディスは未だに肩を落とす男に礼を言ってリタを連れて立ち去る。だが背後から研究者が声を掛けてきた。
「そうだ、参考にならないかもしれないが一つだけ。これは俺の荷物の話なんだけど、アスピオに置いてあった俺の荷物の一部が見つからないんだよ」
「そんなのまだ瓦礫の下に埋まってるだけなんじゃないの?」
「いや、俺の家のあった辺りは掘り返されてたんだがな…どうも研究対象にしてあった魔導器がなくなっているんだ、資料ごと」
「…なんですって?」
「実際に俺だけじゃない、何人かの研究者たちも同じこと言ってたよ『おれの魔導器がない』って」
「あんた、それいつの話よ!!?」
「え、そうだな…気づいたのは、そう……たぶん三カ月くらい前だよ」
宿の前には、もう自分たち以外がそろって待っていた。
「あら?一番最後だったかしら」
「あ、おかえりなさいリタ、ジュディス」
振り向いたエステリーゼがそう返すと、リタが「た、ただいま…」と照れながら返す。
やり取りを見て、落ち着いた声でレイヴンは言った。
「とりあえず、お宿にいきましょうか。おっさん部屋とっといたから」
宿の一室に入ったフレン達は各々の情報を上げていく。
だが、
「……まさか、みんな同じ情報とはね」
苦笑しながら呟いたフレンは、それでも話を聞いた人によって違うその期間を絞り始めた。
一番最初にその人影を目にしたのが、レイヴンとカロルが聞いたアスピオの魔導師。
五か月前――つまりは、あの最期の闘いのひと月ほど経ってから現れたのが始まりなのだろう。
そのあとは、定期的に何人かアスピオに調査に来たものも含めてそれなりの数目撃者がいるらしい。
「ねぇ、これってさ帝都はこのこと知らなかったの?」
「はい……報告書にはこんなこと…」
「これだけ目撃者が居るのに帝都には話が行かなかったってのも驚きだけど…」
「リタも知らなかったんでしょ?」
「そりゃ…!!」
「リタはずっと研究していたから耳に入らなかったのよね」
ジュディスは眼をそらすリタの頭を撫でながら代弁した。
なるほど、それならリタは知るはずがない。研究熱心な彼女は、一度集中し始めると食事すら忘れるのだ。噂話に疎くて当たり前だ。
「それで、魔導器がなくなってるっていうのも同時期からなんだけど…」
「本当、どうしてこれだけ噂が広がってるし実害があるのに、帝国は知らないのかしら」
「そのことなんだけど…」
ふとフレンは、騎士団長としての顔で自分の中に上がった疑問を呟いた。
「今旧アスピオは、関係者以外は基本立ち入り禁止なんだ」
騎士団で封鎖しているはずだ、と彼は告げる。
「埋まってしまったとはいえ、あそこには魔導器やタルカロンがある。騎士団が常に駐留しているし、身分証を提示しないと入れないはずなんだ。なのに…」
「その報告って騎士団がしてるんだよね?」
「……ああ」
辿り着いた考えにフレンは眉根を寄せて苦い顔をする。
つまりこれは。
「騎士団のなかに何か企んでる連中が居るってことね」
ああ、そういうことだ。
フレン達は旧アスピオの瓦礫の中にいた。
レイヴンのあの言葉に、騎士団長として少し様子を見なければいけなくなったのだ。
この事件がユーリの行方知れずの件と関わりがあるのならいいが、その可能性もないだろう。
情勢が安定していないのは初めからわかっていたのだ。何せ魔導器がなくなってから世界はまだ半年ほどしか経っていない。それで安定するくらいなら、魔導器を捨てることを決めたあのオルニオンでの会議は意味をなさない。
だがまさか、騎士団内部でこういったことが起こっているとは思わなかった。
アスピオの入り口の前に駐留する部下に通してもらい、フレン達はその変わり果てた場所を見やる。
目前にあるタルカロンは、今は物言わぬままかつての恐怖はなりを潜めていた。
それでも静かなまま、聞こえるのは風の音と、自分たちの歩く靴音、足音。
「ほ、ほんとに誰かいるの…?こんなところに?」
「もう何もないのじゃ」
「ある程度残った資料は運び出したって言ってからね」
リタはそう言うと、かつて自分の小屋があっただろう方角を眺めた。いまやただの瓦礫となった、そこを。
「リタ…」
エステリーゼは心配そうに彼女の名を呼ぶが、リタは振り返ると「さぁ行きましょう」と歩き始めた。
しかし、不審な連中の影なんてものは見えない。
それなりに探したりしたがそれらしい痕跡もないため、これは当てが外れたかと思ったその時。
「わふ」
「どうしたんだ、ラピード」
微かに吠えたラピードは突然走りだした。驚きながらも静かに彼の後を追う。
立ち止った彼が威嚇する先には、真っ黒いローブを着た女。
その足元には、壊れているがリタにはわかる。魔核をなくした魔導器。
「帝国騎士団長のフレン・シーフォだ!そこで何をしている!」
「ふむ、―――が捕まったか」
作品名:さよならのじかん 3 作家名:あーね