こらぼでほすと 約束2
七月の初めまで、大陸のほうへ押しやられていた梅雨前線が、とうとう南下した。そこから、しばらくは長雨だ。そうなると、寺の女房は、いかに漢方薬治療で体調が良くなっていても、ダウンする。即座に本宅へ移動させられて、医療ポッドに叩き込まれた。
ユニオン本国を含む北米大陸を放浪していた刹那は、大きな隕石落下の跡地を見学していた。誰も居ない赤い大地に、ぽっかりと空いた穴は巨大で歩いて一周するのは面倒なほどだ。そこで腰を下ろして、しばらくぼんやりしていた。七月に入ったことは知っている。そろそろ戻らなければならない。親猫は確実にダウンしている。その連絡もキラから入っていた。だが、なかなか帰ろうという気分にはなれなくて、こんな世界遺産の見物なんてものをやらかしている。
マイスター候補は見つけられなかった。
つまり、必然的に親猫の実弟が、その候補になってしまった。そのことで気が重い。親猫は、そうすればいい、と、その情報をくれたわけだが、内心は穏やかではないだろう。とはいえ、マイスターは四人必要だ。アレルヤは生きているから、確保できれば復帰できる。だが、素人の親猫の実弟は、マイスターに相応しいのか、と、尋ねたられたら首を傾げるしかない。実力はあるし、MSの経験もある。だから、そういう意味では合格だが、刹那自身が背中を預けられるかどうかというのは、別問題だ。親猫なら預けられた。暴走する刹那を止めてくれたし、退路の確保や障害の排除もやってもらった。その連携が以心伝心できていたから、何も困ることなんてなかった。だが、それは長年、組織で一緒にやってきたから備わったものだ。そういうものを望んでも無理なのは理解している。
そして、親猫の実弟を死なせることもできない。親猫から家族を奪った自分が、さらに唯一の生き残りの肉親を死なせてしまうことがあったら、さすがに親猫も憎むだろう。そんなことになったら、刹那の帰れる場所はなくなってしまう。
・・・・・絶対に死なせない。そのための努力はする。だから・・・すまない、ニール。あんたの弟を引き摺り出す・・・・・
内心で呟いて、覚悟は決める。たぶん、親猫は何も言わない。組織が円滑に動くために、それを差し出すと言ったのだから、刹那がやることを止めないだろう。夕焼けで、さらに真っ赤になった大地は人が居ない。静かな場所だ。風が拭いて、マントを揺らすが、それも大したものではない。ゆっくりと夕日は大地に沈んでいく。それを眺めて、黒子猫は、これからのことを考えていた。
戦って戦って生き残ったら、その先にあるものは、なんだろう。親猫からの宿題は、まだ明確な形にはなっていない。悟空は、戦いが終わって戻って来たら、やってみたいと思うことを考えればいい、と、教えてくれた。そういう意味でやりたいというか、やるべきだろうと思うのは、寺の桜を見ることだ。今年も見れずに終わったし、来年も無理だろう。たぶん、アローズを壊滅させたら、その時間は持てるはずだ。そうなると、刹那にとっては三年以上は先の未来ということになる。親猫と桜を見て、それから・・それから・・と考えて、珍しく声を出して笑った。それから、また看病することになって、次は、どこかへ出かけて、その次は・・・と、親猫と暮らしてやっていたことが、次々と浮かんだからだ。四年の時間、刹那は戻れば親猫やキラたちと何かをしていた。その時は戦うことはない時間だ。そう思えば、未来に、同じものがあれば嬉しい。
・・・・そんなところか。生き残ったら、ニールとゆっくり過ごそう・・・・
これから再始動するが、それが終わる時がくる。それまで生き残れば、親猫と桜が見られる。それを約束しておこうと思った。戦うだけではない生き方というところまでは到達していないが、それも追々に理解するかもしれない。マリナは戦いを否定して生きている。それも、ひとつの方法だ。刹那には無理かもしれないが、それについても模索することは大切なことかもしれない。戦いで戦いを終わらせる方法では、歪みは霧散させることはできないからだ。
そこまで思い立って、ようやく刹那も腰を上げる。フリーダムを隠しているところまで戻ることにした。すでに夕焼けは終わり、宵闇が押し寄せている。ゆっくりと外輪部分から降りて、クルマに乗り込んだ。
三蔵は七月中盤から八月頭にかけて、本来の統括寺院である本山へ出向く。いつもなら、入れ替わるようにニールが寺へ戻って留守番を預かるのだが、今回は長雨が七月に降ったから、そこいらのバトンタッチができないなんてことになっている。なんとか医療ポッドからは出してもらえたが、いきなり寺へ帰るなんていうのは、ドクターも許可しない。いつものにように、トダカ家で、しばらく静養するか、本宅で、そのまま静養するように指示された。
「慌てなくても、今年は、お里でゆっくりしていてください。僕らが、留守番をやります。」
さすがに、寺をすっからかんの状態にしておくわけにもいかないから、沙・猪家夫夫が、一時的に寺へ住むということにした。期間は二週間から三週間だから、それぐらいのことなら、どうということもない。その説明に、八戒と悟浄は本宅へ出向いていた。
「いいんですか? ああ、でも、荷造りが・・・」
「それはやってもらえると有り難いです。・・・というか、出発までに三蔵に顔を見せてやってください。不機嫌極まっていて、とても迷惑なんです。」
ここんところの寺の坊主は、とても不機嫌だ。なんせ、世話好き女房が不在なものだから、いろいろと不便だし、誰も来ないので会話もないなんてことになっているからだ。
「なんで不機嫌なんだか。」
「あなたが不在だからでしょう? 」
「ああ、まあ、家政夫がいないと何かと不自由でしょうからね。でも、三蔵さん、ひとりが好きだと言いますけど。」
「以前は、そうだったけど、今はママニャンがいないと寂しいんだろうぜ。」
「そう言ってもらえると嬉しいな。とりあえず、ドクターから許可もらってくれませんか? 今から帰って荷造りして送れば、三蔵さんたちが到着するまでに届くでしょう。」
「ええ、ドクターには一時帰宅の許可はいただいてます。お願いします。」
三日後には出発だから、本日中に荷物を出さないと間に合わない。まあ、多少、遅れて届いても問題ないが、できるならスムーズに着替えはしていただきたいと思うのが、寺の女房の考えだ。
寺へ戻ったら、居間の一角にカップ麺とか酒瓶とかタバコが山積みにされて、大きな箱が鎮座していた。悟空が積める準備はしていたらしい。ニールの顔を見ると、悟空もへにゃっとした笑顔になって抱きつく。
「おかえり、ママ。」
「ただいま、悟空。ごめんな? とりあえず荷物だけ積めるよ。」
「ああ、こっちこそ、ごめん。なんとかしようと思ったんだけどさ、酒が割れそうでさ。」
「コツがあるんだ。積めるの、これだけか? 着替えと宿題は? 」
持ってくる、と、悟空は自室へ走っていった。とりあえず、坊主のほうの着替えや袈裟も出すか、と、立ち上がったら、背後からケツに蹴りだ。
「なんですか? 」
「亭主に挨拶はないのか? 」
「さっきしました。正装は二着? 三着? 」
ユニオン本国を含む北米大陸を放浪していた刹那は、大きな隕石落下の跡地を見学していた。誰も居ない赤い大地に、ぽっかりと空いた穴は巨大で歩いて一周するのは面倒なほどだ。そこで腰を下ろして、しばらくぼんやりしていた。七月に入ったことは知っている。そろそろ戻らなければならない。親猫は確実にダウンしている。その連絡もキラから入っていた。だが、なかなか帰ろうという気分にはなれなくて、こんな世界遺産の見物なんてものをやらかしている。
マイスター候補は見つけられなかった。
つまり、必然的に親猫の実弟が、その候補になってしまった。そのことで気が重い。親猫は、そうすればいい、と、その情報をくれたわけだが、内心は穏やかではないだろう。とはいえ、マイスターは四人必要だ。アレルヤは生きているから、確保できれば復帰できる。だが、素人の親猫の実弟は、マイスターに相応しいのか、と、尋ねたられたら首を傾げるしかない。実力はあるし、MSの経験もある。だから、そういう意味では合格だが、刹那自身が背中を預けられるかどうかというのは、別問題だ。親猫なら預けられた。暴走する刹那を止めてくれたし、退路の確保や障害の排除もやってもらった。その連携が以心伝心できていたから、何も困ることなんてなかった。だが、それは長年、組織で一緒にやってきたから備わったものだ。そういうものを望んでも無理なのは理解している。
そして、親猫の実弟を死なせることもできない。親猫から家族を奪った自分が、さらに唯一の生き残りの肉親を死なせてしまうことがあったら、さすがに親猫も憎むだろう。そんなことになったら、刹那の帰れる場所はなくなってしまう。
・・・・・絶対に死なせない。そのための努力はする。だから・・・すまない、ニール。あんたの弟を引き摺り出す・・・・・
内心で呟いて、覚悟は決める。たぶん、親猫は何も言わない。組織が円滑に動くために、それを差し出すと言ったのだから、刹那がやることを止めないだろう。夕焼けで、さらに真っ赤になった大地は人が居ない。静かな場所だ。風が拭いて、マントを揺らすが、それも大したものではない。ゆっくりと夕日は大地に沈んでいく。それを眺めて、黒子猫は、これからのことを考えていた。
戦って戦って生き残ったら、その先にあるものは、なんだろう。親猫からの宿題は、まだ明確な形にはなっていない。悟空は、戦いが終わって戻って来たら、やってみたいと思うことを考えればいい、と、教えてくれた。そういう意味でやりたいというか、やるべきだろうと思うのは、寺の桜を見ることだ。今年も見れずに終わったし、来年も無理だろう。たぶん、アローズを壊滅させたら、その時間は持てるはずだ。そうなると、刹那にとっては三年以上は先の未来ということになる。親猫と桜を見て、それから・・それから・・と考えて、珍しく声を出して笑った。それから、また看病することになって、次は、どこかへ出かけて、その次は・・・と、親猫と暮らしてやっていたことが、次々と浮かんだからだ。四年の時間、刹那は戻れば親猫やキラたちと何かをしていた。その時は戦うことはない時間だ。そう思えば、未来に、同じものがあれば嬉しい。
・・・・そんなところか。生き残ったら、ニールとゆっくり過ごそう・・・・
これから再始動するが、それが終わる時がくる。それまで生き残れば、親猫と桜が見られる。それを約束しておこうと思った。戦うだけではない生き方というところまでは到達していないが、それも追々に理解するかもしれない。マリナは戦いを否定して生きている。それも、ひとつの方法だ。刹那には無理かもしれないが、それについても模索することは大切なことかもしれない。戦いで戦いを終わらせる方法では、歪みは霧散させることはできないからだ。
そこまで思い立って、ようやく刹那も腰を上げる。フリーダムを隠しているところまで戻ることにした。すでに夕焼けは終わり、宵闇が押し寄せている。ゆっくりと外輪部分から降りて、クルマに乗り込んだ。
三蔵は七月中盤から八月頭にかけて、本来の統括寺院である本山へ出向く。いつもなら、入れ替わるようにニールが寺へ戻って留守番を預かるのだが、今回は長雨が七月に降ったから、そこいらのバトンタッチができないなんてことになっている。なんとか医療ポッドからは出してもらえたが、いきなり寺へ帰るなんていうのは、ドクターも許可しない。いつものにように、トダカ家で、しばらく静養するか、本宅で、そのまま静養するように指示された。
「慌てなくても、今年は、お里でゆっくりしていてください。僕らが、留守番をやります。」
さすがに、寺をすっからかんの状態にしておくわけにもいかないから、沙・猪家夫夫が、一時的に寺へ住むということにした。期間は二週間から三週間だから、それぐらいのことなら、どうということもない。その説明に、八戒と悟浄は本宅へ出向いていた。
「いいんですか? ああ、でも、荷造りが・・・」
「それはやってもらえると有り難いです。・・・というか、出発までに三蔵に顔を見せてやってください。不機嫌極まっていて、とても迷惑なんです。」
ここんところの寺の坊主は、とても不機嫌だ。なんせ、世話好き女房が不在なものだから、いろいろと不便だし、誰も来ないので会話もないなんてことになっているからだ。
「なんで不機嫌なんだか。」
「あなたが不在だからでしょう? 」
「ああ、まあ、家政夫がいないと何かと不自由でしょうからね。でも、三蔵さん、ひとりが好きだと言いますけど。」
「以前は、そうだったけど、今はママニャンがいないと寂しいんだろうぜ。」
「そう言ってもらえると嬉しいな。とりあえず、ドクターから許可もらってくれませんか? 今から帰って荷造りして送れば、三蔵さんたちが到着するまでに届くでしょう。」
「ええ、ドクターには一時帰宅の許可はいただいてます。お願いします。」
三日後には出発だから、本日中に荷物を出さないと間に合わない。まあ、多少、遅れて届いても問題ないが、できるならスムーズに着替えはしていただきたいと思うのが、寺の女房の考えだ。
寺へ戻ったら、居間の一角にカップ麺とか酒瓶とかタバコが山積みにされて、大きな箱が鎮座していた。悟空が積める準備はしていたらしい。ニールの顔を見ると、悟空もへにゃっとした笑顔になって抱きつく。
「おかえり、ママ。」
「ただいま、悟空。ごめんな? とりあえず荷物だけ積めるよ。」
「ああ、こっちこそ、ごめん。なんとかしようと思ったんだけどさ、酒が割れそうでさ。」
「コツがあるんだ。積めるの、これだけか? 着替えと宿題は? 」
持ってくる、と、悟空は自室へ走っていった。とりあえず、坊主のほうの着替えや袈裟も出すか、と、立ち上がったら、背後からケツに蹴りだ。
「なんですか? 」
「亭主に挨拶はないのか? 」
「さっきしました。正装は二着? 三着? 」
作品名:こらぼでほすと 約束2 作家名:篠義