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もともと、この駅まで来るつもりだったのは変わらなかったけど、今日にしたのはただの気まぐれで、決して狙ったわけではなかった。だから、彼の姿を見つけたのは本当に偶然だった。

「手塚?」

人の多い駅。東口を出ると駅ビルのすぐ横で、バス専用のロータリーが目に入る。そこで、不二は友人の姿を見つけた。
ラケットケースを背負っていた彼は、不二の声に気づいて振り返った。

「不二か。こんなところで会うとは珍しいな」

メールはたまにしているけど、直接会ったのは2ヶ月ぶりくらいだった。手塚の変わらない表情でも、どこか楽しそうに見える。

「ほんとに珍しいね。けど、手塚は部長同窓会じゃなかったの? 跡部主催の」

手塚がドイツへ行ってから、一時帰国の度に跡部が企画した中学の頃の部長メンバーが集まってテニスをするという企画。
今では手塚も日本に帰国して、世界を飛び回る日々だが、定期的に開かれていることには代わりはない。大学生になってからはテニスをやめた人やプロになり忙しくなった人もいるが、今でも声をかければ6人くらいは簡単に集まると聞いていた。

「ああ。まだみんな喋っていたが、試合は終わったからな。用事もあるので先に抜けてきた」

普段と変わらない調子で淡々と言う手塚。それでも、不二にはそれがただの用事ではないことにすぐに気づけた。

「デート?」

首を傾げながら問いかけると、手塚は咳払いをする。照れているのをごまかす時の仕草で、昔から変わらない。

「まあ、世間ではそういうのだろうな」

ふいと顔を背けて気恥ずかしそうに言う手塚に、不二は目を細めた。
手塚のこんな表情を引き出せる彼女とは、一体どんな子なんだろう。
気になって仕方がなくても、不二は直接聞くこともできなかった。なぜか、手塚から恋人の話を聞くことに対して怖れを抱いている。その話を聞こうと口を開いても、胸がざわついて落ち着かない症状に襲われていた。

「彼女さん、大切にしてあげなよ」
「当然だ。不二こそ、そういった相手はいないのか?」
「んー、いないよ。今は今で十分楽しいからね。それに、弟に構ってやるので精一杯」

適当に言い訳を並べてはぐらかそうとする。
本当は、一緒にいたいと思える女性がいない。唯一、横に並びたいと思ってているのは不二の目の前にいる人物で、その希望が叶うことは一生ないことに気づいていた。
誰でもいいと割り切れるほど、まだ大人にはなりきれなかった。

「そう言って弟に絡むから、弟に逃げられるんだろう」
「あ、やっぱりそれが原因かな。大学入ってからは余計に家に帰ってこなくて。……っと、そろそろ、行かなくて大丈夫?」

ふと、ロータリーの中央に掲げられている時計を見て言った。針は13時15分前を指している。

「そうだな。少し歩かなければならないから、もう行くことにする」

本当は引き留めたくて仕方なかったけど、ずっとだらだらと離れられない気がして、不二は自分から切り出した。相手に離れられるよりも、自分から離れた方がよほど気持ちが楽だった。

「じゃあ、また。今度は僕とも試合しようね」
「ああ」

右手を振って見送る。もうこちらを振り返ることはないだろうとわかっていても、不二は人混みで手塚の姿が見えなくなるまで手を下ろすことはできなかった。
自分に対しては見せたことのない、照れた顔や優しい笑顔。無愛想な彼のわずかな表情の違いに、その彼女はどこまで気づいてあげられているのだろうか。

絶対に、僕だったらひとつも見落とさないのに。

そう言葉が浮かんだところで、不二は思考を働かせることを止める。これ以上考えると、自分の汚いところまでさらけ出しそうで恐ろしくなった。
ゆっくりと、深呼吸をしたかのように息を深く吐く。唇をきゅっ、と結んで手塚の消えた方向に足を向けた。


作品名:hung up 作家名:すずしろ