hung up
もともと、この駅まで来たのは写真展が目的だった。駅ビルの10階に入っている小さなギャラリーで昨日から始まった写真展は、不二の好きな写真家が主催している。、バイト代で写真集も買っているくらいには憧れていた。
エレベーターを探す。慣れない駅でキョロキョロしている不二。そこで、ぽんと肩を叩かれる。
「不二クンやんか」
「あれ、白石? ……と幸村?」
「久しぶりだね」
私服にラケットケースを担いだ二人組はやけに目立った。
一瞬、なぜここにいるのかと考えたところで、彼らもまた跡部に呼ばれたメンバーだと納得する。
「こんなところでどーしたん?」
「ああ、このビルで写真展をやってるみたいで見に来たんだ」
「写真好きや言うてたもんな」
ケータイメールやPCでの通信サービスのチャットでよく白石とは連絡を取っていた。お互い、気兼ねなくいろんな話をして、趣味も大体把握している。不二にとって、大学以外では一番親しい友人だった。
「うん。白石は、テニスだよね。さっき手塚にも会ったよ」
「そうなんや。手塚クン、今日は先帰ってもうたからな」
「この後、彼女さんとデートらしいよ」
笑顔で言う不二に、白石の表情が一瞬だけ曇る。
「それって、」
「へぇー。手塚って彼女いたんだ。隅に置けないね」
楽しそうに話に入ってきたのは幸村で、不二もそれに応じる。
「会ったことはないんだけど、年下でかわいいらしいよ」
「じゃあ、今度手塚に会ったら聞いてみようかな」
「話してもらえたら、僕にも教えて」
白石は楽しそうに話す二人にため息を吐いた。
「人の恋愛話もええけど、喋りこむやったら、どっか落ち着いたところ行かん?」
広いと言っても通路のど真ん中。過ぎ行く人が面倒くさそうに三人を避けてあるいている状況だった。
幸村と不二は顔を見合わせて苦笑する。
「そうだね、俺たちはお昼もまだだしどこかお店に入ろうか。不二はもうお昼食べた?」
「うん。家で食べてきたけど、コーヒーくらいなら一緒にさせてもらおうかな」
駅ビルの地下に入っていたファミレスの中に腰を落ち着ける。
最近の近況や趣味の話。振り返っては、中学時代の大会や合宿の思い出話に花が咲いていた。それぞれの近況だけでなく、その周り人の近況も知れて、ひどく懐かしい気持ちになった。
気づけば、ずいぶんと時間が経っていた。
「あ、そろそろ写真展行かないと入れなくなるや」
時計を確認すれば、駅ビルの展覧会の終了時間まで1時間を切っていた。
もうこんな時間か、と白石と幸村も時計を確認する。
「長い時間付き合わせて悪かったね」
「ううん、楽しかったから気にしてない」
「じゃ、そろそろ行こか」
お会計を済ませて店を出ると、白石が改札へ足を向ける。同時に、幸村は不二に肩を叩く。
「ねぇ、写真展って当日券とかあるの?」
予想外の問いかけに、不二は思わず目を丸くした。
「あ、うん。僕も当日券で入る予定だったから」
「じゃあ、俺も一緒に見ていこうかな。時間はあるしね」
絵画展なら観にいくと言われても不思議に思わなかったけど、写真展と言われれば違和感があった。
「写真だから、幸村が見てもおもしろくないかもしれないよ?」
「見てみないとわからないだろ。それに、不二の好きなものに興味があってね」
変わってるな、と純粋な感想を抱いただけで、不二は特に疑問にも思わなかった。そのまま、一歩先を歩いている白石を呼び止めた。
「白石は行く?」
「あ、俺はいいわ。光がこっち来とるから、このあと会う予定やねん」
「そっか、じゃあ財前にもよろしく言っといて」
「おー」
白石と分かれて、二人で駅ビルのエレベーターに乗り込む。
写真展を見終わって、帰り道。手帳を見たいという幸村に不二もついてステーショナリー売り場をついて回った。
話題は先ほどの写真展について。不二が写真家について熱く語っていることがほとんどだったけれど、幸村は絵画は見てまわることも多く、時折、絵画について間に織り交ぜながら、うまく会話が続いていた。
「そういや、不二はこの後は家に帰るのかい?」
「その予定だけど、幸村は帰らないの?」
「ん、帰るよ。ただ、よかったら俺んちで鍋しないかな、って」
駅ビルを出て、切符売り場に向かう途中だった。突然の発案に、不二はきょとんとする。
「鍋?」
「そう。最近、鍋を食べたいなーって思ってたんだけど、一人で鍋をする気にもなれなくて」
「ああ、今は一人暮らしって言ってたね」
他の人は、と聞きかけて、幸村の部屋にはあまり人が寄り付かないという話を思い出した。
寂しいのかな、と思うのと同時に、温かいものを食べたい気分になってきたので、不二は少ししてから承諾する。
「家には連絡入れておくから、鍋しようか」
「ほんと? よかった。あ、何鍋がいい? 俺は……」
母親に晩御飯を辞退するメールを入れて、不二は幸村と鍋の材料を買いに行くことになった。