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ベイブ・イン・ザ・ラボ

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その1



「トラ、そろそろ充電しましょうか」
 そうバーナビーが放った一言に、虎徹の隣に座って大人しくテレビを見ていたトラは即座に反応して振り向くと、トラにしては珍しく躊躇いながら虎徹の服の裾を掴んできた。
「う…」
 表情の変化が乏しいからよく分からないが、身を屈めるトラは虎徹を挟んで向かい側に座っているバーナビーから隠れたいようだった。彼の初めてとる行動に、虎徹はバーナビーと首を傾げ合う。
「トラ?」
「身体、重くなってきたでしょう?」
「……はい」
 トラの頼りなげな返事に、虎徹は安心させるように背中を撫でてやった。擦りながら、トラが虎徹たちの家にやってきてそろそろ一カ月が経とうとしているけれど、今まで充電を嫌がる事なんて無かった、よな、と虎徹は思い返す。
「トラ、どうしたんだ?」
「充電前に電源を落とされるのが、少し、怖いと感じる。感覚的すぎて、うまく言えないが」
『怖い?』
 アンドロイドの彼の思いもよらぬ言葉に、二人で意図せずハモってしまった。常に無表情に近いから、あまり感情の起伏を感じた事は無かったけれど、ちゃんと備わっているのかそれとも成長したということなのか。トラが主張してきた感情は良いものではなかったが、どちらにしてもその変化が嬉しくて、虎徹はトラの頭を撫でていた。
「そっか。なぁ、電源切らなくても充電できねーの? ケータイみたいに…っておいバニー?」
 肩口に振り返ったバーナビーは一人難しい顔をしていて、虎徹が散々名前を呼んでようやくこちらに気がついたが、応える調子もどこか上の空だった。
「……出来ない事はないです」
「ホントか!」
「ですが、すごく時間が掛かりますよ。それに、充電している間トラは動けなくなるので非効率です」
「非効率ってお前…」
 バーナビーは時々トラを“機械”扱いする。どんなに見た目は人間でもアンドロイドなのは事実なのだが、虎徹は眉を顰めてしまう。
「マスター、コテツ、ごめんなさい。我儘を言ってしまった。早く充電を」
「え、ちょ、トラ? 嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」
「非効率な事は、良くない」
「……」
 トラのマスターはバーナビー、という訳だから仕方が無いのかもしれないが、トラはバーナビーには従順だ。しかしその素直さに虎徹はやるせなさを感じて、虎徹はトラの手のひらをぎゅうと握りしめた。気休めかもしれないが、そうする事に意味があると思ったのだ。
「手、握っててやる」
「ありがとう、コテツ」
トラが柔らかく微笑んだ気がして、虎徹も笑って返す。バーナビーが電源を落とす瞬間にはやはり“怖い”らしく、頼りない力が握り返して来た。

 自分の寝顔を見下ろすなんて、幽体離脱でもしない限り無理だと思っていたけれど。実際なったらこんな感じなのかもしれない、と虎徹はしみじみトラの寝顔を観察する。首筋から伸びるコードが無ければ、寝ている人間そのものだ。
「怖い…かぁ。アンドロイドも成長、とかするんだな」
 眠るトラにタオルケットを掛けてやった虎徹は、ソファ近くの床に腰を下ろす。アンドロイドなので体感温度は無い、と以前トラは言っていたが、虎徹は彼が充電中にはいつも上掛けを被せてやっていた。
「いえ。そもそも彼に感情はプログラムしていません」
 トラに諸々の機器をセットし終わったバーナビーは、当然の様に虎徹の傍に座り込む。対面にあるソファは空いているのに。
「え、え?」
 バーナビーの言う事がいまいち理解出来ずに、虎徹は視線だけで意味を尋ねる。焦っているようにも見えるバーナビーは、そんな虎徹の問いを無視して虎徹を呼んだ。
「虎徹さん。明日、トラをメンテナンスに連れて行こうと思います」
「お、おぉ。いってらー」
「何言ってるんですか。虎徹さんも一緒に来て下さい。明日オフだったでしょう?」
「なんで? つかラボって関係者以外立ち入り禁止じゃねーの?」
「……虎徹さんには懐いてるじゃないですか」
 そう言葉尻に不満を含ませたバーナビーは、虎徹の手を握ってきた。先ほどまでトラの手を握っていた方だ。アンドロイドに嫉妬かよと、可笑しくて息を漏らした虎徹は握られた手にしっかりと力を込めてやり、手ごとバーナビーを引き寄せる。近づいた頬に口づけると、寄りかかる体勢になったバーナビーに首筋を噛まれた。
「それに、ラボは許可さえ下りれば誰でも入れるんですよ」
「そーなの?」
 甘噛みしたそこを舌でなぞられて、ざわりと背筋が騒ぐ。いつもならその誘いにのっている所だが、今日は我慢。虎徹はバーナビーの肩を掴んで引きはがす。
「明日、トラのメンテに行くんだろ?」
「……はい」
 不承不承頷くバーナビーの引き結ばれた唇に、虎徹は笑いながらキスを送った。