ベイブ・イン・ザ・ラボ
その2
バーナビー達アンドロイド研究者のラボは、シュテルンビルト郊外にある。今日はこのままドライブに出かけたい快晴だったのだが、虎徹の提案はバーナビーに容赦なく却下され、せめてもと窓の外を流れる景色でも楽しもうかと思ったら市内とと郊外を繋ぐ橋を渡りきると目的地には割とすぐに到着してしまった。
「……」
辿り着いたラボは白色で統一された無機質な空間で、そこを歩く人々は大抵白衣を着ているから否が応にも病院を思い出す。虎徹は息苦しさを感じて顔を顰めた。虎徹の入館許可を貰うために受付の奥に消えたバーナビーを待って、そろそろ20分になる。広いうえに閑散としたロビーの一角にあるソファにトラと虎徹の二人で落ち着いていたが、一向に戻って来ないバーナビーに虎徹はだんだん落ち着かなくなってくる。昨夜は誰でも入れるみたいな事を言っていたくせに、やっぱり無理なんじゃないかと呆れながら、何度目になるか忘れた腕時計の確認すると、隣から上着の裾を引っ張られた。
「コテツ」
「んん?」
「私はもうコテツとは一緒に居られないのか?」
メンテナンスと偽って連れ戻されたとでも考えたのだろうか。不安を滲ませた瞳に見上げられて、逆に虎徹の心は解れた。
「……今日はお前のメンテに来ただけだって」
安心させるように笑って頭を撫でてやると、強張っていたトラの表情が少し和らぐ。
「マスターに診てもらって、コテツの役に立てるようにもっと頑張る、から」
「トラ…?」
ぎゅ、とトラに手を握られて感じた気がかりの訳を探そうとして、ばたばたと足早に近付いてくる荒い足音に虎徹の意識は逸らされてしまった。
「おまたせしました、虎徹さん」
「……おかえりバニー」
戻ってきたバーナビーはやけに爽やかな顔をしていて、いい汗かいた後っぽいのは気のせいだろうか。簡単そうに言っていたけれど、許可を取るのは本当はすごく面倒な事なんじゃないかと、虎徹はバーナビーに許可証の入ったストラップを首に掛けてもらいながら思った。
案内されたメンテナンス室は思っていたよりこじんまりとした印象で、言わずとも顔に出ていたのか診るだけならこのぐらいで十分なんです、とバーナビーは笑った。部屋に着いてから上着を白衣に変えたバーナビーは、メカニック担当だった時も思っていたが色香2割増しになって、虎徹は不覚にもドキリとしてしまった。
「トラ、こっちへ」
バーナビーに促されたトラは大人しく従って、見た目は簡易ベッドに横になる。すると、こちらの様子を窺うように視線を寄越してきて、その意図を悟った虎徹はすかさず微笑んだ。ベッドへ近寄って、トラの手を握る。
「だーいじょうぶだって。メンテなんかさくっと終わらせて、さっさと家に帰るぞ、トラ」
「了解した」
気のせいか嬉しそうに頷いたトラの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、複雑な顔のバーナビーに咎められてしまった。
「あまりトラの頭に触らないでください」
「どーして?」
「頭部にはメインコンピュータがあるので、衝撃に弱いんですよ」
重大な事実に、トラの頭を撫でていた手が止まる。
「え、そーなの? トラ嫌がんないから、俺、今まで結構触ったり撫でたりしてたよ!?」
思い返せば犬猫を撫でるような手つきでわっさわっさと撫でた事もあった気がするが、拒否されたのは初めて触れた時だけだったかもしれない。故障とかしてませんように、とひっそり心の内で虎徹は祈る。
「自己防衛機能が作動するはずなんですが…トラ?」
「虎徹に触られるのは気持ちいい」
「ん?」
「だから作動させなかったと…」
トラからさらっとすごい事を聞いた様な気がした虎徹だったが、バーナビーは完全スルーの上、重いため息をついて肩を落としてしまった。
「えっと…なんかごめん?」
「マスター、ごめんなさい」
虎徹とトラの謝る声が偶然にも重なると、バーナビーは悔しいと嬉しいが混じった様な複雑な表情をしたのち、謎の深呼吸をしたら一瞬にして表情を切り替えた。眼鏡を中指で押し上げると、メカニックにしておくには惜しいイケメンを遺憾なく発揮させて言い放つ。
「これから問題が無ければ大丈夫です。さ、始めるので電源を落としますよ」
作品名:ベイブ・イン・ザ・ラボ 作家名:くまつぐ