Kid the phantom thief 前編
―Ⅵ―
新一がその小さい体で組織を壊滅させた。
と同時にAPTX4869に関するデータも手に入った。
そうして灰原は解毒薬を作り上げた。
だが、いざ投与しようと新一の体を検査すると、
新一の体がボロボロになっていることが分かった。
通常の細胞の寿命よりも早く細胞の一つ一つが消滅していく。
この状態である種の成長促進剤を投与してしまったら、死に近づくようなものだった。
そのことを説明すると、新一は暫く考えた後、元の体に戻ると言った。
「あなた本当に分かってるの!!!!?」
灰原の怒鳴り声が地下の研究室に響く。
「あぁ、分かってる。」
「馬鹿じゃないのっ!!?」
「・・馬鹿じゃねーよ。」
「・・・どうして・・。」
「研究続けてんだろ?」
「・・・・。」
「俺の細胞のための。」
「どうしてそれを、」
「お前のことだからな。きっとそうだろうと思った。」
「・・・・・。」
「俺はお前を信じてる。」
「・・・でもっ!!」
「大丈夫。死なねぇよ。」
「・・馬鹿じゃないの。」
「だから馬鹿じゃねーよ。」
新一は自分が元の体に戻り、新たに作られる薬を試すことで、
灰原も元に戻れる未来を残したかったのだ。
そんな思いがあることはもちろん、灰原自身お見通しだった。
どこまで優しすぎる人なんだと思う。
だが、その優しさに少なからず支えられている。
今こうして罪を犯したにもかかわらず生き続けていられるのは、
工藤新一のおかげだから―――
そうして新一は元の体を手に入れた。
以前のように激しい運動は出来ない。
発作のようなものもある。
それでも、新一は元の体に戻れたことを喜んだ。
周りの人達も喜んだ。
知っていたものはもちろん、知らないものも喜んだ。
そしてある日、蘭は抱えていた想いを告げたのだ。
灰原を始め、周りの人達は全員が全員上手くいくと思っていた。
毛利探偵事務所では園子に集められた面々がパーティーの準備をしていた。
だが、事務所に帰ってきたのは蘭一人だった。
蘭が寂しげな笑顔で言った『失恋しちゃった』という言葉に園子が誰よりも泣いていた。
泣き続ける園子を蘭が慰めるという不思議な光景だった。
呼ばれた少年探偵団や博士が帰るまで蘭は一回も泣かなかった。
博士の家に帰ると、新一が居た。
灰原や博士が聞くよりも早く、新一は話し出した。
「俺、他に好きな奴居るんだ。」
その言葉に博士だけでなく、灰原も驚いた。
誰から見ても、新一と蘭はお似合いで、いつも想い合っているようだったから。
だが、現実は同じ想いでも違う気持ちだった。
新一から告げられた新一の好きな人は、驚きの人物だった。
『怪盗キッド』
同姓ということもそうだが、正体も本名も本性も分からない。
神出鬼没の大怪盗、そして犯罪者。
ライバルとして認めることはあっても、そういった想いを抱く相手になるとは思いもよらなかった。
新一もそれが良く分かっていたからこそ、今まで打ち明けずにいたのだろう。
組織を壊滅に追い込むとき、怪盗キッドの協力無しでは成し得なかった。
その際、今まで以上に怪盗キッドと時間を共にして気づいたのだという。
博士と灰原が返答に困っていると、新一も困ったように笑った。
「吃驚だよな・・・。」
「・・・新一。」
「でも、たぶん蘭は気付いてた。」
「・・・・。」
「好きな人が居るんでしょうって、言われたんだ。」
「そうか。」
「あいつには本当に敵わないな。」
「そうね。あなたじゃ無理だわ。」
「キッドのことは言ったのか?」
「いや、言えなかった。」
その後も二人は今まで通りだった。
それは見た目だけで、心には大きな違いがあるのだが。
蘭が以前と変わらぬ笑顔で新一に接していくうちに、新一もいつもの調子を取り戻していった。
そしてどっちつかずの『幼馴染』から『親友』という新しい距離感で二人は進み始めた。
蘭は新一に関して知らないことが多い。
それでも、工藤新一の根本を支えているのは間違いなく彼女のように感じる。
私は彼女のようにはなれない。
だから、あなたと幼馴染なんて・・やはり耐えられない。
新一が自宅に帰った後、博士が下りてきた。
「新一の調子はどうじゃ?」
「・・良くはないわ。」
「そうか。」
「キッドになることは、かなり負担が大きい。」
「・・・・・。」
「本当は今すぐにあんな服燃やしてしまいたい。」
「・・・・哀くん、」
「キッドを恨んでしまいそうだわ。」
「わしもじゃよ。」
「・・・・博士?」
「どうしてあの子の前で死んだんじゃ・・・
どうしてあの子の幸せを奪っていくのじゃ・・・と、どうにもならん事を考える。」
「・・博士・・。」
「子供達の幸せが年老いたわしにとって何よりの幸せなんじゃ。もちろん、哀くんの幸せもじゃ。」
「・・・・博士っ私は、」
「そろそろ寝る時間じゃな。うん、おやすみ。」
「博士っ・・・・・私、幸せよ。」
パタリ――
閉じられた扉の向こうから足音が聞こえない。
きっと扉の前に居るんだろう。
灰原は扉まで近づき、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「・・博士、私は幸せだからね。ありがとう。」
しばらくしてパタパタと遠ざかっていく足音が聞こえた。
きっと言葉は届いただろう。
いつも元気だった。
焦ることはある。失敗もある。
それでもいつだって笑顔で居てくれた。
でも、博士は博士で何が出来るか何ならしてやれるかといつも苦しんでいた。
初めてそのことに気づいた。
必ず薬を完成させなくては―――
それが皆の幸せになるのだから。
作品名:Kid the phantom thief 前編 作家名:おこた