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ふしぎなまほう~恋と上司と、時々、エンジェル~

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「お前ら奇跡見たいよな! という訳でブリ天様からのありがたあいニューイヤープレゼントだ、受け取りやがれ!!」
「ロマ、―――!!」
 こういうやり取りがあったのはつい数時間前だ。西伊会談の場所に突如その姿を現し、やるだけやって酒気帯び運転のブリタニアエンジェルはさっさと姿を消した。ロマーノをかばってその光線を浴び、ばったりと床に倒れ込んだスペインにロマーノは肝を潰したが、しばらくの後に目を覚ましたスペインが発した言葉でさらに肝を潰した。
「びっくりした顔もかわええなあ。好きやで」

 数分の観察の結果、どうやらスペインは嘘がつけなくなってしまったらしいという結論に達した。無害そうな結果(スペイン)は一旦放って、まずは原因(イギリス)をなんとかしようとしたスペインの上司の一人に「あんたらのゴタゴタはあんたらが解決してください!」と泣きつかれたロマーノは渋々イギリスの携帯に連絡を入れた。この会談にヴェネチアーノは来ていない。人が珍しく真面目にやったらこれだ神様って使えねえとロマーノが心の中でぼやき終わってもイギリスは電話に出なかった。天使は携帯電話などという無粋な文明の利器を持たないのかもしれない。現実逃避気味にそう考えたロマーノはふと一つのことを思い付き、覚悟を決めて窓辺で祈った。
「ブリタニアエンジェルのコノヤロー様、どうか迷える子羊をお導きやがりくださいま」
「お困りのようだな!」
 一秒も無かった。ロマーノが顔を上げると、窓の外には白い羽を羽ばたかせたブリタニアエンジェルが浮いていた。覚悟はあっという間に霧散したが、飛びそうになった意識をどうにかかき集めてロマーノは天使にお伺いを立てた。
「うわあああんスペインをとっとと元に戻しやがれいや戻してくださいごめんなさい!」
 ブリタニアエンジェルは酒のせいだか照れのせいだかは分からないが、とにかく赤かった頬をさらに赤くして言った。
「そんなに言わなくてもお前らにはもう何もしねえよ。だが悪いな、俺は世界中に奇跡を届けるのに忙しくてスペインの魔法を解いてる暇は無えんだ。本当はお前にかけようと思った魔法だったからちょっと効き過ぎちまってるかもしれねえな……二十四時間ぐらいしたら元に戻るんじゃねえか? 何で効き過ぎたかって? お前ほどの奴を素直にするのとスペインみたいな奴を素直にするのとじゃ労力が全然違うだろ。まあ近くにいたからお前も多少影響されてるかもな。べっ別に気分がいいから世界中を幸せにしてやろうなんて思った訳じゃねえからな!! 俺のためなんだからな!! 勘違いすんなよばかぁ!!」
 最後にそう言い残してブリタニアエンジェルはその場から消えた。長口上を一方的にまくしたてられたロマーノはとりあえず「スペインにかけられた魔法はほっとけば解ける」ということを理解した。しかし何かが引っかかる。どうやらそれは傍にいたスペインの上司とロマーノの上司も同じらしい。三人して首を捻り、引っかかりの正体について考えた。
 何故スペインの魔法は解けない? 天使に時間が無かったから。何故時間が無い? 天使は世界中を回るから。何故世界中を回る?
 世界を魔法(きせき)で満たすため。
 イギリスの言葉が綺麗にリフレインした。
「お前らにはもう何もしねえよ」「お前らには」「お前らには」―――。
 ロマーノは二人と顔を見合わせ、刹那、全員弾かれたように部屋備え付けの電話に飛びついた。一台しかないそれを誰が使うかで口汚く罵り合った後、各々自分の携帯を使えばいいのではないかということにようやく気付いた三人は気まずさを払拭することもしないまま携帯電話を取り出した。
 連合王国の兄貴ズ曰く「愚弟の愚行には関与しない」。アメリカ曰く「下手なコスプレはやめなよって言ったら泣きながら去っていった」。フランス曰く「あの野郎お兄さん特製のドルチェを……!!」。日本曰く「青い薔薇を頂いたのですが……」。以下略。どうやらイギリス扮する天使は世界中を飛び回ってはいても同じ魔法をかけてはいないようだった。他人事ながら密かにロマーノは息をつく。ロマーノ達みたいなのに限らず、みんながみんなが正直病(ロマーノは勝手にこう呼ぶことにした)にかかってしまったら外交とか政治とか外交とか政治とかがとってもまずいことになるからだ。腹芸も何もあったものじゃない。
 ロマーノは電話を切って上司達を見た。ロマーノの上司は
「どこそこの武器庫の銃から花が咲いたそうだ」
 と言い、スペインの上司は
「なになに湖が虹色になったそうですわ」
 と言った。ロマーノはやけくそになって
「軍のお偉いさんが発狂するな」
 と嘯いた。
「なあ、話し合いは終わった?」
 そこにひょいっと割り込んできたのはスペインだった。
「まだ終わってねえけど、お前は大丈夫なのかよ」
 ぞんざいにロマーノは聞いたがどこか居心地悪げだった。自分をかばって、という負い目があるのだろう。
「何ともあらへんよ。さっきはびっくりしただけやしな。それよりロマーノは何ともあらへん?」
 スペインのぐりぐりとした目がロマーノを捉えた。
「大丈夫だぞこのやろー」
 俯いてしまったロマーノの頭をスペインが優しく撫でる。
「そんな顔せんといて。ロマに何もなくてよかった。俺はお前を守れて幸せやで」
 ロマーノは弾かれたように顔を上げた。
「っ守られる側のことも考えろ……! お前が倒れた時、俺、俺……」
 ロマーノは涙こそ流さなかったものの、ほとんど涙声でそう言った。
「ごめんな……俺の自己満足かもしれへんけど、やっぱりお前が傷付くのは嫌やねん。俺は何度でもお前を守るよ。お前が健やかであってよかった。俺の愛、ロマーノ、どうかそないな顔をせんといて」
「……スペイン……!!」
 ピンクのハートが乱れ飛ぶ。上司達はフライドバターを口いっぱいに頬張ったような顔になっていた。本人達は気付かない。スペインの上司がわざとらしく咳払いをしてようやくロマーノは状況に気付いたようだ。ロマーノは真っ赤な顔でスペインの手をぱっと振り払った。
「こっこれはイギリスの魔法のせいでだな……!」
 二人の上司の心は一つになった。あれがお前の本心かはいはいのろけ乙、と。
 ついでに親指を立てた日本の幻覚を見た二人だった。
「二人とも疲れてますなあ」
 スペインがのほほんと発した言葉は上司を逆撫でするのに十分過ぎるものだった。スペインの上司はスペインをきっと睨み付けた。
「誰のせいやと思っとるねん!」
「イギリスのせいやで」
「ああそうか……ううぅ……もうイギリスに酒輸出したない……」
 よしよしと上司の背中を叩くスペインをロマーノは少々冷めた気持ちで見ていたが、ふと視線を感じて自分の上司を見た。彼の視線は言っていた。
 ―――お前も慰めてやれ。私は利害関係のあれやこれやでめんどくさいから。
 ロマーノは舌打ち一つでそれに応じた。スペインの上司の傍に寄り、背中を叩くことこそしないものの適当に慰めの言葉を掛けた。彼は「おおきに」と前置きしてから鼻をすすって言った。