Family complex -少し未来のはなし-
Family complex-少し未来のはなし(仮)ー
その日、ギルベルトは真夜中に仕事から帰って来たらしい。
気づいて起きようとしたが寝ていいと言われたので、微睡みながらだったが、髪を撫でる手と「おめでと」という声を聞いた気がした。
暖かい夜だった。
朝起きるとギルベルトは隣りでまだ眠っていて、布団を抜け出した菊はそういえば今日は自分の誕生日だったと思い出した。
今年も忘れないでいてくれたらしい。隣りの、どこかまだあどけない顔を見て、温かな気持ちを噛み締める。
歳も40を間近に控えた今となっては誕生日も今更だとは思うが、折角の日だし、今夜は何かご馳走でも作るかと考えながら身支度をする。そういえばギルベルトは予定を明けておけ、と言っていたから、彼なりに何かを考えてくれているのかもしれない。それならそれでもいい。
いつも通り朝食を軽く済ませると、さて仕事をしようと書斎に向かった。
あの帰宅時間だとギルベルトはまだ起きてこないだろう。掃除と洗濯はその後だ。少しでも静かに寝かせてやりたい。
AM10:32
玄関のインターフォンが鳴らされて、菊はパソコンのモニタから顔を上げた。気がつけば時計は10時を回っている。
誰だろうかと思いながらとりあえず玄関に出て戸を開くと、にっこりと笑ったエリザベータがそこに立っていた。
「菊さん、おはようございます」
「エリザベータさん」
隣りを見ると、夫のローデリヒもいる。
「ローデリヒさんも…お二人でどうなさったんです。あ、ギルベルトさんを起こしてきますね、まだ寝て…」
「いえ、あの子はいいの!菊さん、行きましょう! あのお店の予約が取れたんです」
「予約って…え?」
「ほら、この前二人で行ってみたいって言ってたお店ですよ!」
にこやかなエリザベータの様子に、菊は記憶を探った。そういえば確か予約制の店の特集を見て、そんな事を話したことがあったような。
「そうなんです!…あれ、もしかして何も聞いていません?」
なおも首を傾げる菊に、エリザベータは眉をひそめる。
「ええ…」
「あの子ったら…!」
エリザベータの表情を見て、菊は更に困惑気味に眉根を寄せた。補足をするように隣りのローデリヒが口を開く。
「昼食をご一緒に、と伝えて欲しいとギルベルトに言っておいたのですが」
「そうなんですか? おやまあ」
「予定、入れちゃいましたか?」
心配そうなエリザベータに、菊は笑みを浮かべると首を振った。
「何も。ギルベルトさんも、今日は空けとけって仰っていましたし」
「良かったあ」
エリザベータは胸をなで下ろした。それから菊の腕を掴んで、じゃれるように引っ張る。
「それなら一緒に行きましょう、ね」
「エリザ、お待ちなさい。本田さんはまだ支度していないようですし」
ローデリヒがたしなめる。
「じゃあ、急いで支度してきてください。待ってます」
未だよくわからなかったが、促されるまま菊は一旦自室に戻って服を着替えた。
誘いを断る理由もないし、できればエリザベータの笑顔を曇らせたくはない。
ギルベルトはまだ寝室で寝ていた。
「エリザベータさんたちとちょっと行ってきますね」と言うと、「んー」という寝ぼけた返事があった。
詳しくは聞かなかったが、ランチというくらいだからきっと夕方までには戻ってこれるだろう。ギルベルトもそれまでには起きているだろうし。
「予約は11時なんです」
運転席のエリザベータは、嬉しそうに言った。
「あの、私がご一緒してもよろしいのですか…?」
後ろの席の菊が助手席のローデリヒを見遣る。こういう場合は夫婦で行くのが定石ではないのだろうか?
「もちろんですよ!だってその為に予約したんですもの!」
「…あの?」
ますます菊が不思議そうに問いかけると、ローデリヒは後ろを振り返った。
「今日は貴方の誕生日と聞いたので」
「菊さんには、本当にいつもお世話になっているから、二人でお祝いしようと思ったんです!」
「なんと、まあ…」
菊は目を見張った。
「よろしいのでしょうか」と思わず声に出していると、「もちろんですよ!」とエリザベータが力強く言った。
「ルートヴィッヒも随分お世話になっているようですしね」
ローデリヒも穏やかに頷いている。
「いえ、私はお世話という程の事は…」
「本田さんのところに行くの、いつも楽しみにしているみたいなんですよ、あの子」
「そんな、楽しませて頂いているのはむしろ私の方で」
慌てたように首を振る菊に、夫婦は前方の席で朗らかに笑った。
今まで彼は何度も菊の家に来たが、ルートヴィッヒを「世話」したという記憶は殆どない。
初めてきた時からそうだったが、彼は一人で大概の事はできる子なので、菊は食事を作ったり洗濯をしたりしたに過ぎないのだ。
その上、ルートヴィッヒが来るとギルベルトが色々とはしゃぐので、菊もそれに便乗して楽しませてもらっている。
菊は今までの事を脳裏に思い描き、思わず微笑みを浮かべた。色々とあったけれど、楽しい事ばかりだった気がする。
「…貴方にお願いして、本当に良かったわ」
ハンドルを握るエリザベータが、ミラー越しにその顔を見てしみじみと言った。
「エリザベータさん…」
「これからもお世話をかけると思うけど、よろしくお願いしますね」
「もちろんです」
菊が微笑んで頷いた時、車に付けられているカーナビが、目的地がもうすぐだと告げる。
「あ、この先を曲がればもうすぐみたい。美味しいといいわね」
エリザベータがにこにこと笑う。菊も「そうですね」と言い、ローデリヒも頷いた。
その日、ギルベルトは真夜中に仕事から帰って来たらしい。
気づいて起きようとしたが寝ていいと言われたので、微睡みながらだったが、髪を撫でる手と「おめでと」という声を聞いた気がした。
暖かい夜だった。
朝起きるとギルベルトは隣りでまだ眠っていて、布団を抜け出した菊はそういえば今日は自分の誕生日だったと思い出した。
今年も忘れないでいてくれたらしい。隣りの、どこかまだあどけない顔を見て、温かな気持ちを噛み締める。
歳も40を間近に控えた今となっては誕生日も今更だとは思うが、折角の日だし、今夜は何かご馳走でも作るかと考えながら身支度をする。そういえばギルベルトは予定を明けておけ、と言っていたから、彼なりに何かを考えてくれているのかもしれない。それならそれでもいい。
いつも通り朝食を軽く済ませると、さて仕事をしようと書斎に向かった。
あの帰宅時間だとギルベルトはまだ起きてこないだろう。掃除と洗濯はその後だ。少しでも静かに寝かせてやりたい。
AM10:32
玄関のインターフォンが鳴らされて、菊はパソコンのモニタから顔を上げた。気がつけば時計は10時を回っている。
誰だろうかと思いながらとりあえず玄関に出て戸を開くと、にっこりと笑ったエリザベータがそこに立っていた。
「菊さん、おはようございます」
「エリザベータさん」
隣りを見ると、夫のローデリヒもいる。
「ローデリヒさんも…お二人でどうなさったんです。あ、ギルベルトさんを起こしてきますね、まだ寝て…」
「いえ、あの子はいいの!菊さん、行きましょう! あのお店の予約が取れたんです」
「予約って…え?」
「ほら、この前二人で行ってみたいって言ってたお店ですよ!」
にこやかなエリザベータの様子に、菊は記憶を探った。そういえば確か予約制の店の特集を見て、そんな事を話したことがあったような。
「そうなんです!…あれ、もしかして何も聞いていません?」
なおも首を傾げる菊に、エリザベータは眉をひそめる。
「ええ…」
「あの子ったら…!」
エリザベータの表情を見て、菊は更に困惑気味に眉根を寄せた。補足をするように隣りのローデリヒが口を開く。
「昼食をご一緒に、と伝えて欲しいとギルベルトに言っておいたのですが」
「そうなんですか? おやまあ」
「予定、入れちゃいましたか?」
心配そうなエリザベータに、菊は笑みを浮かべると首を振った。
「何も。ギルベルトさんも、今日は空けとけって仰っていましたし」
「良かったあ」
エリザベータは胸をなで下ろした。それから菊の腕を掴んで、じゃれるように引っ張る。
「それなら一緒に行きましょう、ね」
「エリザ、お待ちなさい。本田さんはまだ支度していないようですし」
ローデリヒがたしなめる。
「じゃあ、急いで支度してきてください。待ってます」
未だよくわからなかったが、促されるまま菊は一旦自室に戻って服を着替えた。
誘いを断る理由もないし、できればエリザベータの笑顔を曇らせたくはない。
ギルベルトはまだ寝室で寝ていた。
「エリザベータさんたちとちょっと行ってきますね」と言うと、「んー」という寝ぼけた返事があった。
詳しくは聞かなかったが、ランチというくらいだからきっと夕方までには戻ってこれるだろう。ギルベルトもそれまでには起きているだろうし。
「予約は11時なんです」
運転席のエリザベータは、嬉しそうに言った。
「あの、私がご一緒してもよろしいのですか…?」
後ろの席の菊が助手席のローデリヒを見遣る。こういう場合は夫婦で行くのが定石ではないのだろうか?
「もちろんですよ!だってその為に予約したんですもの!」
「…あの?」
ますます菊が不思議そうに問いかけると、ローデリヒは後ろを振り返った。
「今日は貴方の誕生日と聞いたので」
「菊さんには、本当にいつもお世話になっているから、二人でお祝いしようと思ったんです!」
「なんと、まあ…」
菊は目を見張った。
「よろしいのでしょうか」と思わず声に出していると、「もちろんですよ!」とエリザベータが力強く言った。
「ルートヴィッヒも随分お世話になっているようですしね」
ローデリヒも穏やかに頷いている。
「いえ、私はお世話という程の事は…」
「本田さんのところに行くの、いつも楽しみにしているみたいなんですよ、あの子」
「そんな、楽しませて頂いているのはむしろ私の方で」
慌てたように首を振る菊に、夫婦は前方の席で朗らかに笑った。
今まで彼は何度も菊の家に来たが、ルートヴィッヒを「世話」したという記憶は殆どない。
初めてきた時からそうだったが、彼は一人で大概の事はできる子なので、菊は食事を作ったり洗濯をしたりしたに過ぎないのだ。
その上、ルートヴィッヒが来るとギルベルトが色々とはしゃぐので、菊もそれに便乗して楽しませてもらっている。
菊は今までの事を脳裏に思い描き、思わず微笑みを浮かべた。色々とあったけれど、楽しい事ばかりだった気がする。
「…貴方にお願いして、本当に良かったわ」
ハンドルを握るエリザベータが、ミラー越しにその顔を見てしみじみと言った。
「エリザベータさん…」
「これからもお世話をかけると思うけど、よろしくお願いしますね」
「もちろんです」
菊が微笑んで頷いた時、車に付けられているカーナビが、目的地がもうすぐだと告げる。
「あ、この先を曲がればもうすぐみたい。美味しいといいわね」
エリザベータがにこにこと笑う。菊も「そうですね」と言い、ローデリヒも頷いた。
作品名:Family complex -少し未来のはなし- 作家名:青乃まち