Family complex -少し未来のはなし-
AM11:00
臨時休業、と札の出された店の奥で一人モップ掛けをしていたフランシスは、裏手にある勝手口を開く音に顔を上げた。
「おいケーキ屋、来たぞー」
「ケーキ屋の兄ちゃん、おはよう!」
「フランシス、おはよう」
三つの声は、今日来る予定の3人の小学生のものだ。時計を見ればほぼ時間通りで、なかなか優秀ではないかと内心で思う。
「よお、お前ら。おはようさん」
「間に合ったねルーイ!」
「ギリギリな。俺は5分前には着く予定だったのに、お前らときたら…」
「うっせえな、細けえことはいいんだよ!間に合ったんだし、いいじゃねえか」
「おい、それは俺が…」
「ちょっと、ルーイも兄ちゃんもやめなよお」
…前言撤回だ。
店に入や否や、いきなり言い合いを始めたルートヴィッヒとロヴィーノに、フランシスはため息をついた。
これは前途多難かもしれない…。
PM 2:05
フランシスの電話にギルベルトから着信があったのは、子供3人と昼を食べて少し経った頃だった。
子供達が、なんやかんや言いながら賑やかにスポンジケーキの泡立てをしている後ろで着信を取ると、ギルベルトがすぐに話し出す。
「はいはい、どうしたの」
「ガキ共はそっちに行ってるかよ?」
「来てるよ。そっちは大丈夫か?」
「…寝坊した」
「あらま」
だと思った、というのは言わずにフランシスは苦笑する。
焦りと絶望が入り混じったような、実に情けない声の向こうでは、何やらがさがさと音がしているから、おそらく電話をしながら作業しているのだろう。
約束は18時。今は14時を過ぎようとしているところだ。
「トーニョは?」
「まだ来ねえ。もしかしてあいつも寝てんじゃねえだろうな?」
「…あー、俺が電話してみるわ」
フランシスは苦笑いを深めると、ギルベルトは「頼む」と言った。
必要なものがあるというので、それをメモして電話を切る。
「大丈夫かねー、ほんとに」
ため息を付くと、調理台の前にいたルートヴィッヒが心配そうに振り返った。
「兄さん、何かあったのか?」
「あー、ちょっと寝坊したみたいよ」
困ったようにフランシスを見上げているルートヴィッヒに、大丈夫だと笑ってやる。
「兄ちゃん、このくらいでいいの?」
ボールを持っていたフェリシアーノが振り返ってフランシスの方を見た。
「ふるい終えたぞ」
粉を担当していたロヴィーノもフランシスを見る。顔や身体に粉がかかっているのはまあご愛嬌だ。
それぞれエプロンを身につけた子供達は、緊張気味の面持ちで調理台に立って、それぞれ真剣に作業をしている。
まるで学校の調理実習のようだとこっそり懐かしく思いながら、フランシスはボールの中を見た。指ですくった生地の状態を見て、「お、いいんじゃないの」と頷く。
まったく、子供達はちゃんと時間通りに来て、トラブルもあったがそれでもだいたい順調にこなしているというのに大人達の体たらくときたら。
フランシスはため息をついてから、アントーニョの携帯番号を呼び出した。
PM2:40
「ヴェー!」
「あっずるいぞフェリシアーノ!バニラエッセンス舐めたな!」
ロヴィーノがフェリシアーノの肩を掴む。
生クリームを泡立てていたと思っていたら、いつの間にかバニラエッセンスの瓶を持っていたフェリシアーノは、涙目になってそれを兄に押し付けた。
「うえー苦いよお、なにこれ~」
「ほ、ほんとだ苦ッ…!!」
フランシスが苦笑して、ロヴィーノから瓶を取り上げる。
「あーあ。それ舐めちゃったんだなお前ら」
「いい匂いするのに、苦い~」
涙目のフェリシアーノは、シンクに走っていくと水道の蛇口を捻ると水でうがいしている。ロヴィーノも続く。
「まったく、めちゃくちゃいい匂いのするものは油断すると苦いんだから気をつけないと。女の子とかな」
「ヴェー…」
「何だか、分かるようなわからないような忠告だな」
「お前、可愛くないねー…って、おい、それ洗剤!」
隣りのルートヴィッヒが非常に冷静なツッコミを入れて来る。その手元を見て、フランシスは慌てて駆け寄った。
「え、洗うんだろ?」
「イチゴは洗剤で洗わないの!水で十分です!お前もとんだ優等生だな!」
作品名:Family complex -少し未来のはなし- 作家名:青乃まち